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530部隊よ這い上がれ! 僕らは戦う清掃員  作者: またきち+
500階 紛争地帯
19/22

(19)クロムウェル元帥(本物の悪が上にいるし)


 太陽が中天まで昇り、地平の果てまで見渡せる。

 アスタロットにおいて、唯一地上に立つ塔からの眺めは権力者の証だ。


 クロムウェルは窓からの日差しを浴びつつ、最上階から景色を眺めていた。眩しそうに目を細め、眉間に皺を寄せている。彼がさらに年老いて見えたのは、深い穴の底に、重大な問題を抱えているからである。


 彼は駐留軍においての最高権力者、総司令官である。その責任ゆえの悩みがあった。


 穴のあいた場所は、かつては平原であったという。

 東京という名前の街で、歴史上、最初で最後の魔法使いがいた。その名をオズワルド・アルバーンという錬金術師である。


 アルバーンはただの石を魔法石に変えた。石から炎を噴き出させ、大地から水が湧いたという。魔法が珍しくない今の時代においても、大量に魔法石を生み出せる者はいない。

 今の民衆は魔法が使用できれば、自分は魔法使いだと思っている。正しくは、石が人の意思に反応しているのであって、人類は何ら進化していない。むしろ魔法石によって退化しているのである。


 人々は石に頼るよりほかに生きていく方法がない。アスタロットの真実は夢の魔法都市ではなく、石炭や石油に代わる採石場。そして資源は枯渇するもの。


 魔法石が尽きる。

 それも、もうすぐの話である。


 魔法石がなくなれば軍は弱体化し、本国から撤退命令が出る。それはこの地の崩壊を意味する。


 採掘は絶対条件だが、魔法石は魔神を封じ込めるために生まれたもの。搾取し続ければ魔神が復活する。クロムウェルは過去の採掘でできた大きな穴を見て、アスタロットの滅亡を予感している。ゆえに悩みは深い。この運命を避けることは全ての者が生き残る道だ。



「元帥、失礼いたします」

 サングラスをかけた男が入室した。壮年で、黒い制服で引き締まってみえる。簡単に挨拶と敬礼をする。クロムウェルは微笑んだ。

「リートルード君、待っていたよ」


 クロムウェルは太陽の日ざしを浴びて眩しいくらいである。白い制服は幹部の証であり、絶対に汚れない仕事に就く者だ。リートルードは漆黒の制服で、血と泥の汚れを隠す色。白い幹部らは自らを汚されることのない絶対階級と呼ぶ。黒い制服を着た黒服組が、いかに功績を上げようとも差別する。


 そんな中でもクロムウェルは彼に期待している。

 元攻略隊であり、多くの功績を上げて有能だ。本来ならば少佐であるハモンドよりも上になるのが通例だが、大尉でいるのは単純に行動の自由が効くからだという。


 リートルードは長い間、魔法石増加計画に携わってきた実行者である。魔法石を永久に増やすこができれば問題は解決する。

「今までよく頑張ってくれた。あとはハモンド次第だ」


「プランBは予定通り、最終段階に突入いたしました。

研究所では月に二桁台でモンスターが生まれております。何体かは攻略隊が倒しておりますが……。モンスターを歩兵換算するにあたって十倍と仮定し、残存数を500とすると、ダンジョン内での兵力は五千を超えるでしょう」


「駆逐しろ。我々が求めるのは製造方法だけだ」

「ご安心ください。ロズデールがモンスター掃討作戦を立てています。ハモンド少佐がそれを黙って見過ごせば裏切りではないと思えますが……」


「ハモンドは狡猾だ。多少モンスターが減っても他の手もある」

「少佐の狙いは地下で覇権を握ることでしょう。深い場所の魔法石を支配することができれば、上層階の魔法石などゴミ同然です。そうなると軍の弱体化は免れません」


 クロムウェルは笑った。

「彼は軍の魔法石が底をついたと思って攻め込むようだが、フェイクだよ。ある商人から良質な魔法石を大量購入できた。

 しかも、520階で大量のエバーグリーンが感知されている。公には機械の誤作動ということにしたが、サイ・フォンデールの可能性が浮かんだのだ」

「サイ・フォンデール?」


「コーベットは540階で緑色の人型モンスターをみかけ、魔法石を生み出していたと言っていた。まだダンジョン内をうろついている可能性が高い。ハモンドよりも必ず先に捕獲しろ」


「了解しました。フォンデール家といえば、数年前に滅亡した一族ですね」

「こともあろうにフォンデール公はデュリテ・アルバーンを二十年も匿っていたのだ。まったく腹立たしい!」

「なるほど。デュリテの子供がサイ・フォンデール。しかも、かつてない生産能力」


 クロムウェルは微笑んだ。

「この騒ぎで、眠っていたアルバーンが刺激され、M3魔石が増大しております。上層階にも影響し、周辺の岩盤が魔法石に変化いたしました。各層において増殖率150%以上を維持しております」


コアの様子はどうなっている?」

「異常ありません」


「それは良かった。しかし魔神を焚きつけて、本当に大丈夫か? 危険は無いのか?」


 リートルードは含み笑いだ。

「妙な質問ですね。M3とは魔法力を持った母なるモンスター。誤解があるようです。実際にアレをご覧になれないのですから致し方ないことですが。――まさか、魔神の居場所を勘違いされておられませんか?」


 リートルードはクロムウェルの隣に立ち、窓から空を見た。

「良い天気ですね。魔神がよく見える」


 クロムウェルは振り返り、四方を見渡す。

「どこだ!」

 リートルードははるか上空を見ていた。


「大昔ですが、デュリテはこう言っておりました。『何人も彼に触れること能わず。故に神なり』彼は封印された状態で昼は太陽の光に隠され、夜は闇に紛れている。常にアスタロットの上空を漂い、大地に降りることは叶わない。触れた物を物質転換できるゆえに、いかなる物質にも触れさせない。それがオズワルド・アルバーンの封印です」

「では地下にいるのは何なのだ!」


 リートルードは笑った。

「オズワルド・アルバーン」

 クロムウェルは真実を知らされていなかったのだ。納得できない顔をしている。


「そうでしょう。アスタロットのほとんどの人間がそう思っています。しかし考えてみてください。魔神を封印しているなら、ずっと封印し続ける魔法使いが必要でしょう。昼も夜も、四百年以上、眠ることなく封印を続ける。それには自分自身が生命体をやめて、石になるしかない。

 すなわち、コアとはアルバーンの肉体。周囲に湧くモンスターから肉体を護っている。M3魔石は保護膜のようなものです。モンスターは魔法石を守護しているのです」


「にわかには信じられん……それでは魔法石の掘削はアルバーンを弱らせるだけではないか!」


「私が攻略隊にいて、初めてM3魔石を見た時も同じように混乱しました。まさかアルバーンが封じられているなんて! とね。我々は侵略者だそうです」


「そして自身の首を絞めている。笑えるな。それでは魔神はただ封じられているだけの存在だ」


「私はそれでも良いと思っています。封じ込められた対象が魔神であろうが、アルバーンであろうが大した違いではない。彼らはほとんど現世に影響を及ぼすことができない。

 ただ、我々が掘削せずに魔法石を生み出せれば良い。それで世の中は平和に回りますから」


「それが君の目的か」

「そうです」


「ならばハモンドと同意見ではないかね? 彼も魔法石を生み出すことに生涯をかけていた。もっとも今は欲に目がくらんでいるようだ」

 

「ハモンド少佐とはどうも折り合いがつきません。おそらく生涯、分かり合えない存在なのでしょう。彼はマッドサイエンティストで、コントロールが効かないが、利用できる。

花道を作りましたし、今回、無事に罠に嵌ってもらえて光栄ですよ」


「ハモンドを動かしたきっかけは何だったのだ?」

「不死です。不死鳥の肉を食えば不死になるという情報。目の前の実験結果に惑わされ、欲に駆られて研究に没頭する。基本的に豚や牛を食べて、人が他の動物になるはずがない。信頼できる情報元ほど詐欺に使いやすい」


 クロムウェルは考える。ハモンドが誰かを信頼するとは考えにくい。

「その情報元とは?」


 リートルードが惑う。それはクロムウェルが初めて見たの姿だ。

「古い研究者の資料です」


 曖昧な答えはさらに興味をそそる。

「不死の研究……過去にあの研究をしていたのは西尾夫妻。君はバルトとも同僚だったな」


 図星であった。ならばなぜ今頃になって死んだ研究員の資料を使ったかが問題だ。偶然ではなく、そこに恨みの感情が混ざっているのではないだろうか。


「西尾バルトが狂い、ミーナが死ななければ、ハモンドが今の地位にいることはなかっただろう。息子は今、どうしている?」


「彼らの状況は三年前から何一つ変わっておりません」


「息子ならばM3魔石における再構築理論も理解できるのではないかね? 亡き親の論文に死の謎が隠されているとしたら理解したいと思うだろう」

「そうかもしれません」


「520階の大量のエバーグリーンは数日後に元に戻ってしまった。今までの事例からして、一度生まれた魔法石は使用しない限り、消えないものだ。兄でないのなら、弟の仕業だ。親の論文を子が実証実験をしたのだよ。彼らには実力も動機もある」


「西尾が大量の魔法石を、跡形もなく使用したとおっしゃりたいのですね? サイ・フォンデールが使用したとは考えないのですか? 生むことができるのなら、使用も可能でしょう」


「そうなれば脅威だろうが、サイ・フォンデールはコーベットに徹底的に叩かれている。魔法行使力や戦闘能力は低いのだよ。ウエステイルの首輪が君にもついているというのか? 君はいつまで西尾の親代わりをするつもりだ?」

 

 リートルードは返す言葉を失った。クロムウェルの目論見は西尾と自身の関係を明るみに晒し、敵味方の区別をつけることにある。この状況において、クロムウェルに逆らうことは死を意味する。


「詳細はわかりませんが、彼は現在、療養中です」


「ハモンドでは到底達成できぬ実力だ。魔神の申し子の真の実力。大量のエバーグリーンをひとつの被害もなく、完璧に使用した。そこまでできるのなら、病は完治したと同じではないかね。

 情報部が精鋭であったから、西尾の暴挙を止めることができた。奴は500階層を丸ごと崩落させ、M3魔石までの道を破壊するつもりだったのだ」


 リートルードは青ざめた。

「そんな馬鹿な。彼に反逆の意思はありません」


「君は西尾の何を知っているのかね? 彼は自分の目的には純粋だ。三年前、彼らのために何人の精鋭が犠牲になったか、それを病であり、”止む無し”で決議したのは当時、最高会議議長であった私だ。そろそろ恩を返して欲しいものだ」


「いくら西尾に利用価値があったとしても、彼は子供です。彼は魔神にならないように必死で耐えております。元帥。どうか猶予を!」


 リートルードはこの時初めてクロムウェルに頭を下げた。腹の底を読まれるとは完敗である。


「西尾が魔神になるならば、サイ・フォンデールにはアルバーンのように石になってもらおうではないか。良い事ではないか。再びアスタロットは魔法石を大量に採掘できる。


 これでアスタロットは安泰だ。君の求める平和も訪れることだろう。

 西尾に会えることを楽しみにしているぞ。十二時間後までに、この部屋に連れて来い」


 リートルードは部屋を出た。その途中で白い制服とすれ違った。どこかの幹部であろうが子歌まじりの上機嫌だ。


『IN・IN・IN! INふぉめいしょん♪ J・O・H・O・情報BOO!』


 たくさん魔法石を装着したままスキップするので、ジャラジャラと音が鳴っている。香水の匂いがきつく、ただでさえ不愉快なのに拍車がかかる。


――なんだ、こんな変な奴いたか?


「失礼します。弐丸壱商会です。集金に……」



 リートルードはその足でトイレに閉じこもると、深く息を吐いた。表情を読まれないようにサングラスをかけていたのに、まったく役に立たなかった。


 選択肢はひとつしかない。申し訳ない気持ちもあるが自身と家族の命がかかっているのだから、これは仕方がないことなのだ。


――西尾を捕える? どうやって!!





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