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530部隊よ這い上がれ! 僕らは戦う清掃員  作者: またきち+
510階 小さなオアシス
16/22

西尾シオナ(それでもこの人は特別だから)


 シオナは愛らしさを全開にして微笑む。

「さっさと出ていけ。殺すぞ?」

「凄い笑顔で非難されているんですけど! 天使な顔して凄い悪魔なんですけど!」


 シオナに背中を押されてサイは病室の外へ放り出された。さきほど開いた扉が開かない。

「ちょっと! シオナくん! 返事してください。お兄さんに用があるんです!」


 サイの肩を柚子が叩いた。謎めいた微笑みで言った。

「シオナに会ったの?」


 サイは強制的に医務室に連れ込まれた。柚子と話すのはほぼ初めてで、少し緊張する。


「自己紹介がまだだったわね。総務部、地域連絡調整課の柚原です。医官を兼ねて、たまに530部隊に遊びに来ているの。私のことは気軽に柚子と呼んでちょうだい。


 こんな部隊に貴族の出身ではさぞかし大変でしょう。相談に乗ってあげるわよ?」


「相談?」

 そう言われても、いきなり全部を話すことなんてできない。たぶん味方だろうけれど?


「オレはペットとして扱われているのが嫌なんです。サイって、ちゃんと名前で呼んでほしいです。西尾さんに拾われた時にフォンデール家の名前は捨てましたし、家や身分は無いけど、ちゃんと人間扱いしてもらいたかったんです。


だから隊員になって認めてもらおうとしたのに、西尾さん撃たれてしまって。それにみんなを殺そうとしていたというし。


 何が本当なのか分からなくて。李は西尾さんが魔神だって言って聞かないじゃないですか。でも西尾さんはいい人ですよ……」


「つまり自信がないのね! 普通だったら、おい西尾、ペット扱いすんな! ぐらい言うわよ? 西尾くんは確かに有能だから、比べたらダメよ? 細胞一個からデキが違うんだから」


「何気に西尾さん神ですね」


 柚子はサイの手を取った。

「それよりもサイ、あなたは李を更生させたことに自信をもつこと。けっこう頑張っているじゃないの。西尾くんに対抗できるのはあなただけよ」


「照れるじゃないですか。調子コキますよ?」


「いいわよ。エバーグリーンの指輪は継承者の証。西尾くんが何年も探していたのに、あっさり見つけた。あの西尾くんを出し抜いたのよ?」


「継承者?」

「アルバーンの継承者。私は見たことも聞いたこともないけれど、西尾くんは”唯一の手段として継承者になる。魔神に対抗するにはそれしかない”そう言っていたのに、出し抜いちゃったんだから!」


「オレが……西尾さんのできないことをやった?」


「そうよ。 彼はこの三年、本気でエバーグリーンを捜して地下にもぐっていたわ」


「西尾さんもこの指輪が欲しかったんだ……でも奪い取ろうとはしませんでした」


「指輪を奪い取るだけではダメだと分かっているからよ。

、エバーグリーンの本当の使い方は 継承者しかできないこと。それはサイが死ぬまで、サイにしか発動できないこと」


「あ!――でもオレは……」

 柚子は微笑んだ。


「不死身でしょ?」

「――はい。多分」


「西尾くん、アルバーンにしてやられたの。


 指輪を填めていなくても不死身の人間に、指輪の継承権を与えたら、西尾くんは永遠に継承者になれない。

 分かっていても諦めきれなかったのでしょう。だから賭けたの。サイが再生している間に指輪を奪えたら、チャンスはあるかもしれない。そんな悪い事を考えていたから、李に撃たれちゃったのよね~」


「西尾さんは魔神と対抗したかった。李が魔神扱いするから、オレ不安で……」

「李の言っていることも嘘ではないわ。彼は魔神の第一位の継承者候補でもある」


「西尾さん、強いですからね」


「実際はそうでもないのよ。彼は今でも病に苦しんでいるもの」


「そういえば病室に行ったら弟さんしかいなくて……。可愛い弟さんですよね、身体も弱いみたいで……西尾さんの潔癖症は弟さんのためだったと分かった時、あのへんな性癖にも感動しちゃいました」


 柚子は急にサイの襟を掴んだ。

「西尾シオナ、弟バージョン!?」

「は?」


 柚子は手近なマイクのスイッチを入れ、叫んだ。

「起床!!」


 他の部屋に繋がるマイクであるらしく、すぐに西尾から電話連絡がきた。

「柚子さん。何でしょう」

「ヤキが回ったの? それともどういう風の吹き回し?」


「何のことでしょう」

「サイに見せたんだ。私にも何年も見せなかったのに」


「おっしゃっている意味が分かりません」

「可愛くて、身体が弱いと言っていたわよ」


 直後に扉が大きな音と立てて開いた。鍵をかけたはずだがしっかり解錠されている。


 サイは振り返ると、そこに細身の若者がいた。サイよりは少し年下で細面の美男である。サラサラの黒髪に長い手足、スタイルの良さは病院用パジャマでも隠せない。


 走ってきたのか、息が荒れていた。柚子に礼儀正しく一礼すると、いきなりサイの襟首をぎゅうぎゅうと掴んで吊るし上げる。


「忘れろ! もしくは一回死んで記憶を消滅させろ! できないなら殺して再生させてやろう」


「うがっ!くっひぃ!!(苦しい) 柚子はん! た、すけ!! 誰!?」


「誰だと!? ――貴様!」

 柚子は笑っている。


「サイは防護服と防寒具の貴方しか見たことがないのよ?」

 締め上げていた手の力が緩んで、サイが床に崩れ落ちた。同時に青年が咳き込み、血を吐き、膝をついた。


「ほら、また無理をするから……」

 柚子に介抱されている姿をサイは見ていた。


「西尾……さん?」


 サイの呟きに反応した西尾の睨み。それだけで殺された気分だ。

「西尾さん! 西尾さんがぁ!!」


 素早い拳がサイを殴りつけたが、咳が出てしまいあまり力が入っていない。

「西尾さんが小さくなった? 大きくなった!!」


 柚子は西尾を簡易ベッドに運ぶと笑った。

「あらあら、裸足で来たの? 手袋もしないで」


「最最最、最優先事項です。熱が高すぎて、どうかしていたなんて理由にならない……」

「いずれ露呈することでしょ。継承者のこと伝えたわよ?」


 西尾はゆっくり頷いた。

「何千回か死ねば、記憶も無くします。とりあえず腹が立つから一度は殺します。記憶は必ず抹消させます」

 サイは悟った。やはり西尾に他ならない。


「そんなに心配なの?」

「確証がほしい。緑が情報を漏らしたら私は……」


 柚子は笑った。

「本当に熱が高いのね。またサイの前で弱みを曝け出して。しっかり聞いたわね?」


 サイは元気に頷いた。西尾はぎりぎりと眉を吊り上げたが、一気に力を失った。

「くそ。くそ。ゴミどもめ。しんだ。つんだ。おわっ……た」


 柚子は西尾の額を撫でるだけで、一気に眠りに落ちていく。催眠効果のある魔法石の指輪が効いている。潤んだ瞳が閉じると、涙がほんの少し出ていた。


「悔しかったんだ」

 サイは少しほっとした。


 その時、西尾が寝言で言った。

「殺してやる」


 サイはかなりぞっとした。


「この姿も本当の西尾さんではないのですか?」

 柚子は首を傾げる。


「これは自分を守るための手段。自己防衛のひとつなの。だから病室で見た姿は誰にも漏らさないでね。

 もし他人に漏らすようなことがあったら、たぶん西尾はどこかへ消えてしまう。彼にはまだ治療が必要だわ」


「潔癖症の?」

 柚子は笑った。

「それもあるけど、大事なことは本人から聞いてね」


「西尾さんからですか? いや、ちょっと待って。この姿でも西尾さんは年下だから……西尾でいいですよね! いやでもちょっといきなり先輩っぽくなるのも……殴られるかも」

 

「西尾潮那。それが彼の名前。思いきってシオナって呼んであげたら?」

「西尾さんはたぶん喜ばないと思いますよ。まず一回殺されます」


「彼にもそろそろ上を目指してもらわないといけないわ。潮時かな。花梨が李を上に向かわせたのはそういう意味なの」

 そういう意味と言われてもサイにはさっぱり分からない。


「李に何を指示したのですか?」

「上層に行って、いろいろと調べてもらっているの。花梨は情報が集まって他の仲間を招集したら、もっと上の階にキャンプを置くつもりよ」


 サイは目を輝かせた。

「本当ですか! 上に行ける!」

「まずは仲間を集めてからよ」


「呼んできます! すぐに上に行きましょう!」

「みんな好き放題しているものだから、自分が530部隊所属だということも忘れているかもしれないわよ?」

 

「一人や二人じゃないみたいだな……わかりました」

「手始めに簡単ところから、ライガを連れてきて。500階の大衆酒場あたりにいると思う」


 サイは奮起した。

「了解!」

 柚子は満足げに微笑む。


「本当に助かるわ。でも気を付けてね。軍の連中は荒っぽいわ。拉致されかねないわ」


 柚子は引き出しから透明な魔法石を取り出した。

「変身用の魔法石よ。黒髪になれって願うと黒髪になるわ」


「イケメンになれって祈ったら?」

「骨格を変えるほどの力は無いわ。変身の途中で魔法の効力が切れたら、中途半端な顔ができあがるでしょうね」


 サイは青ざめつつ、必死に真っ黒な髪になれと祈る。柚子は浮かない顔をしている。

「緑色って本当に効力が強いわ。黒緑だけど……まぁ、いいでしょう」

 無事にイメージチェンジして、サイは満足げだ。


「ごめんなさいね。西尾くんにはもう少し休養が必要なの。全員揃った頃には準備が整っていると思うから、頑張ってね」


 サイは意気揚々と500階へ向かった。






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