西尾シオナ(それでもこの人は特別だから)
シオナは愛らしさを全開にして微笑む。
「さっさと出ていけ。殺すぞ?」
「凄い笑顔で非難されているんですけど! 天使な顔して凄い悪魔なんですけど!」
シオナに背中を押されてサイは病室の外へ放り出された。さきほど開いた扉が開かない。
「ちょっと! シオナくん! 返事してください。お兄さんに用があるんです!」
サイの肩を柚子が叩いた。謎めいた微笑みで言った。
「シオナに会ったの?」
サイは強制的に医務室に連れ込まれた。柚子と話すのはほぼ初めてで、少し緊張する。
「自己紹介がまだだったわね。総務部、地域連絡調整課の柚原です。医官を兼ねて、たまに530部隊に遊びに来ているの。私のことは気軽に柚子と呼んでちょうだい。
こんな部隊に貴族の出身ではさぞかし大変でしょう。相談に乗ってあげるわよ?」
「相談?」
そう言われても、いきなり全部を話すことなんてできない。たぶん味方だろうけれど?
「オレはペットとして扱われているのが嫌なんです。サイって、ちゃんと名前で呼んでほしいです。西尾さんに拾われた時にフォンデール家の名前は捨てましたし、家や身分は無いけど、ちゃんと人間扱いしてもらいたかったんです。
だから隊員になって認めてもらおうとしたのに、西尾さん撃たれてしまって。それにみんなを殺そうとしていたというし。
何が本当なのか分からなくて。李は西尾さんが魔神だって言って聞かないじゃないですか。でも西尾さんはいい人ですよ……」
「つまり自信がないのね! 普通だったら、おい西尾、ペット扱いすんな! ぐらい言うわよ? 西尾くんは確かに有能だから、比べたらダメよ? 細胞一個からデキが違うんだから」
「何気に西尾さん神ですね」
柚子はサイの手を取った。
「それよりもサイ、あなたは李を更生させたことに自信をもつこと。けっこう頑張っているじゃないの。西尾くんに対抗できるのはあなただけよ」
「照れるじゃないですか。調子コキますよ?」
「いいわよ。エバーグリーンの指輪は継承者の証。西尾くんが何年も探していたのに、あっさり見つけた。あの西尾くんを出し抜いたのよ?」
「継承者?」
「アルバーンの継承者。私は見たことも聞いたこともないけれど、西尾くんは”唯一の手段として継承者になる。魔神に対抗するにはそれしかない”そう言っていたのに、出し抜いちゃったんだから!」
「オレが……西尾さんのできないことをやった?」
「そうよ。 彼はこの三年、本気でエバーグリーンを捜して地下にもぐっていたわ」
「西尾さんもこの指輪が欲しかったんだ……でも奪い取ろうとはしませんでした」
「指輪を奪い取るだけではダメだと分かっているからよ。
、エバーグリーンの本当の使い方は 継承者しかできないこと。それはサイが死ぬまで、サイにしか発動できないこと」
「あ!――でもオレは……」
柚子は微笑んだ。
「不死身でしょ?」
「――はい。多分」
「西尾くん、アルバーンにしてやられたの。
指輪を填めていなくても不死身の人間に、指輪の継承権を与えたら、西尾くんは永遠に継承者になれない。
分かっていても諦めきれなかったのでしょう。だから賭けたの。サイが再生している間に指輪を奪えたら、チャンスはあるかもしれない。そんな悪い事を考えていたから、李に撃たれちゃったのよね~」
「西尾さんは魔神と対抗したかった。李が魔神扱いするから、オレ不安で……」
「李の言っていることも嘘ではないわ。彼は魔神の第一位の継承者候補でもある」
「西尾さん、強いですからね」
「実際はそうでもないのよ。彼は今でも病に苦しんでいるもの」
「そういえば病室に行ったら弟さんしかいなくて……。可愛い弟さんですよね、身体も弱いみたいで……西尾さんの潔癖症は弟さんのためだったと分かった時、あのへんな性癖にも感動しちゃいました」
柚子は急にサイの襟を掴んだ。
「西尾シオナ、弟バージョン!?」
「は?」
柚子は手近なマイクのスイッチを入れ、叫んだ。
「起床!!」
他の部屋に繋がるマイクであるらしく、すぐに西尾から電話連絡がきた。
「柚子さん。何でしょう」
「ヤキが回ったの? それともどういう風の吹き回し?」
「何のことでしょう」
「サイに見せたんだ。私にも何年も見せなかったのに」
「おっしゃっている意味が分かりません」
「可愛くて、身体が弱いと言っていたわよ」
直後に扉が大きな音と立てて開いた。鍵をかけたはずだがしっかり解錠されている。
サイは振り返ると、そこに細身の若者がいた。サイよりは少し年下で細面の美男である。サラサラの黒髪に長い手足、スタイルの良さは病院用パジャマでも隠せない。
走ってきたのか、息が荒れていた。柚子に礼儀正しく一礼すると、いきなりサイの襟首をぎゅうぎゅうと掴んで吊るし上げる。
「忘れろ! もしくは一回死んで記憶を消滅させろ! できないなら殺して再生させてやろう」
「うがっ!くっひぃ!!(苦しい) 柚子はん! た、すけ!! 誰!?」
「誰だと!? ――貴様!」
柚子は笑っている。
「サイは防護服と防寒具の貴方しか見たことがないのよ?」
締め上げていた手の力が緩んで、サイが床に崩れ落ちた。同時に青年が咳き込み、血を吐き、膝をついた。
「ほら、また無理をするから……」
柚子に介抱されている姿をサイは見ていた。
「西尾……さん?」
サイの呟きに反応した西尾の睨み。それだけで殺された気分だ。
「西尾さん! 西尾さんがぁ!!」
素早い拳がサイを殴りつけたが、咳が出てしまいあまり力が入っていない。
「西尾さんが小さくなった? 大きくなった!!」
柚子は西尾を簡易ベッドに運ぶと笑った。
「あらあら、裸足で来たの? 手袋もしないで」
「最最最、最優先事項です。熱が高すぎて、どうかしていたなんて理由にならない……」
「いずれ露呈することでしょ。継承者のこと伝えたわよ?」
西尾はゆっくり頷いた。
「何千回か死ねば、記憶も無くします。とりあえず腹が立つから一度は殺します。記憶は必ず抹消させます」
サイは悟った。やはり西尾に他ならない。
「そんなに心配なの?」
「確証がほしい。緑が情報を漏らしたら私は……」
柚子は笑った。
「本当に熱が高いのね。またサイの前で弱みを曝け出して。しっかり聞いたわね?」
サイは元気に頷いた。西尾はぎりぎりと眉を吊り上げたが、一気に力を失った。
「くそ。くそ。ゴミどもめ。しんだ。つんだ。おわっ……た」
柚子は西尾の額を撫でるだけで、一気に眠りに落ちていく。催眠効果のある魔法石の指輪が効いている。潤んだ瞳が閉じると、涙がほんの少し出ていた。
「悔しかったんだ」
サイは少しほっとした。
その時、西尾が寝言で言った。
「殺してやる」
サイはかなりぞっとした。
「この姿も本当の西尾さんではないのですか?」
柚子は首を傾げる。
「これは自分を守るための手段。自己防衛のひとつなの。だから病室で見た姿は誰にも漏らさないでね。
もし他人に漏らすようなことがあったら、たぶん西尾はどこかへ消えてしまう。彼にはまだ治療が必要だわ」
「潔癖症の?」
柚子は笑った。
「それもあるけど、大事なことは本人から聞いてね」
「西尾さんからですか? いや、ちょっと待って。この姿でも西尾さんは年下だから……西尾でいいですよね! いやでもちょっといきなり先輩っぽくなるのも……殴られるかも」
「西尾潮那。それが彼の名前。思いきってシオナって呼んであげたら?」
「西尾さんはたぶん喜ばないと思いますよ。まず一回殺されます」
「彼にもそろそろ上を目指してもらわないといけないわ。潮時かな。花梨が李を上に向かわせたのはそういう意味なの」
そういう意味と言われてもサイにはさっぱり分からない。
「李に何を指示したのですか?」
「上層に行って、いろいろと調べてもらっているの。花梨は情報が集まって他の仲間を招集したら、もっと上の階にキャンプを置くつもりよ」
サイは目を輝かせた。
「本当ですか! 上に行ける!」
「まずは仲間を集めてからよ」
「呼んできます! すぐに上に行きましょう!」
「みんな好き放題しているものだから、自分が530部隊所属だということも忘れているかもしれないわよ?」
「一人や二人じゃないみたいだな……わかりました」
「手始めに簡単ところから、ライガを連れてきて。500階の大衆酒場あたりにいると思う」
サイは奮起した。
「了解!」
柚子は満足げに微笑む。
「本当に助かるわ。でも気を付けてね。軍の連中は荒っぽいわ。拉致されかねないわ」
柚子は引き出しから透明な魔法石を取り出した。
「変身用の魔法石よ。黒髪になれって願うと黒髪になるわ」
「イケメンになれって祈ったら?」
「骨格を変えるほどの力は無いわ。変身の途中で魔法の効力が切れたら、中途半端な顔ができあがるでしょうね」
サイは青ざめつつ、必死に真っ黒な髪になれと祈る。柚子は浮かない顔をしている。
「緑色って本当に効力が強いわ。黒緑だけど……まぁ、いいでしょう」
無事にイメージチェンジして、サイは満足げだ。
「ごめんなさいね。西尾くんにはもう少し休養が必要なの。全員揃った頃には準備が整っていると思うから、頑張ってね」
サイは意気揚々と500階へ向かった。