ベースキャンプ(戦う理由は人それぞれで)
横たわる西尾は三人の美人に囲まれていた。
応急処置をしている女子医務官は柚子と名乗った。
勇ましくも幼な顔の女子戦闘員は李明明である。
二人の女子より煌びやかな麗人は花梨(男性)である。
柚子は防護服を裂いて、素肌に魔法石をあて、治療を施している。
「時間が経っていて状態は良くないわ」
花梨は言った。
「最強なんだから、ちょっと撃たれたぐらい何とかならないの?」
「そんなわけないでしょう? 彼は誰よりも繊細なの! そこの天然ちゃんとは違うのよ」
パンツ一枚で走り寄ってきたサイはどうして良いのか分からない。
「メイちゃん、本当に西尾さんのこと撃ったの?」
李明明は普通に頷いた。
「ちゃんと殺せたかどうか確認にきたの。柚子さんお忙しいところすみません、トドメ刺したいんで、どいてくれます?」
李が腰の拳銃を取り出すので、花梨はため息まじりに言った。
「マスクは取らないとダメじゃないの? 酸素吸入もできなければ、殺しの本人確認もできないよ?」
柚子は怒った。
「花梨、どちらの味方なのよ!」
「今はどちらかといえば柚子さんかな。ボクの作戦どおり、明明ちゃんは天才スナイパーとしてリサイクルされた。西尾くんはまだ早いと言っていたけど、けっこうプロとして活躍できるじゃないか。その歳で恩人でも躊躇わずに撃つなんて、なかなかできるものではないよ。まさにゴミ。いや、人間のクズ。戦闘員にはなれるけれど、清掃員としてはイマイチだね」
李は花梨に拳銃を向けた。
「柚子さんの味方になるなら、撃ってもいいわよね? ついでに全員死んでもらってもいい?」
花梨は笑った。
「ボクら全員、とっくに死んだも同じ。殺したって大差ない。
医者として生きる道をはく奪された女、魔法石に人生を狂わされた少女、世界の歪みに殺された最強の男、そしてボク。あ、サイくん。君もいたね。君は……何でもいいや」
「何でもいいって、対応が塩すぎじゃないですか?」
「とにかく全員、オエライさん方にとっては要らない人間。明明ちゃんがそいつらの味方なら、ボクらも付き合い方を改めなければいけないね?」
「誰が軍の幹部なんかに! あいつらが父を陥れたのよ。絶対に許せない! ハモンドが裏切ったから、私の父は……」
花梨は柚子と視線を合わせる。
「それなら、ボクらは同志だ。西尾くんには魔神討伐という目的があり、実行力がある。彼の力は将来必ず必要になる。拳銃を納めなさい」
李は唇を噛み耐えた。するとサイが銃の前に立った。
「西尾さんは良い人だよ。ちょっと変わっているけど」
李の拳がサイの顎をヒットした。
「あぐう!」
「あんたなんかに言われたくない!! 私の方がいっぱい知っているんだから。西尾は魔神! 殺して何が悪い!!」
サイは怒らず宥めることにした。
「西尾さんには助けてもらったでしょ? ね、終わりにしよう?」
「あいつは大量殺人犯よ!」
花梨は非常に厳しい顔をしたので、それは真実だとサイは察した。
――マジかよ。超こえぇ!!
花梨は李の言葉を一蹴した。
「垣間見ただけで物事を判断するな。彼が本当に魔神であったら、ボクがただではおかないよ」
李明明は数歩下がった。花梨の言動にはそれだけの圧力がある。
「本日より、李明明をアスタロット駐留軍、第530部隊、特別清掃班に任命する。君はもう西尾の所有物ではなく、立派な人材だ。おめでとう。頑張りたまえ」
李明明は呆気にとられ、そして敬礼した。
「ただし、これからはむやみに西尾くんのような一般市民に手を出してはいけない。わかった?」
「了解いたしました。でももし魔神の兆候がありましたら、処分して宜しいですね?」
「なかなか食い下がるね」
「西尾がここにいる全員を殺そうとしたこと、忘れませんから!」
サイはしばらくしてから気付いた。
「西尾さんは隊員じゃないの!?」
柚子は言った。
「彼は私の患者さん」
西尾は応急処置の後、510階にある530部隊のベースキャンプに運ばれた。そのまま面会謝絶で顔も見れないままである。
サイは李に謝らせようと面会を頼んだが断られ、三日目の朝に李は出掛けてしまった。
そして見送ってから気付いた。
「あれ? 何でオレは隊員じゃないんだろ? そもそも隊員になりたいって言ったのはオレだよね!! いっぱい活躍したはずなんだけど!」
サイは花梨を捜した。ベースキャンプといえどもホテルや病院並みの施設が揃っているのは花梨の魔法石のおかげで、通常のキャンプ施設より充実している。狭いながらも安全が確保されていて、キャンプの中は快適だ。
柚子の説明によると、ダンジョン攻略隊は500階の広大な土地に大きいだけの貧層なベースキャンプを置いているが、530部隊は清掃専門部隊のため、肩身が狭い。
攻略隊からすれば、魔法石採掘部隊も来れないような場所に、ただの清掃部隊がいることは目障りなのだ。
それが花梨には好都合で、510階にひっそりと豪華なキャンプを置いている。その理由は高レベルな魔法石の在庫をごっそり抱えているからでもある。
サイが花梨を訪ねると、しつこく緑色の魔法石をねだられた。
「ちょっと待って下さい! そんないきなりいっぱい出してと言われても困ります!」
「何だ、君は隊員になりたくないのかい? なりたいって言っていたよね! だったら出すもの出して!!」
「そんなの金で身分買うのと同じじゃないですか。だったら要りませんよ! オレは西尾さんのペット扱いから卒業したかっただけなんですから」
花梨はつまらなそうにふてくされた。
「西尾くんよりボクの方が偉いのに!」
サイは頭を下げた。
「すみません。オレ、まだこの世界のこと知らないから、勝手にポンポン出して人を喜ばせるのはちょっとできないかな。――いや、花梨さんは素晴らしい人だと思いますよ。とにかく西尾さんの了解が得られれば、オレも頑張りますから」
「西尾くんに対する信頼が篤いけど、いいの? 彼は危険人物かもしれないよ」
サイは頷いた。
「オレは飼い主の指示に従います」
花梨は微笑んで言った。
「キミが西尾の正体を知ったら……気が変わるかもね。面会許可を出そう!」
サイは意味が分からなかった。
病室なのに鍵がかかっている。渡された魔法石を翳すと扉を開いた。
「サイです。入りますよ?」
入るなり、防護服の着替えが壁にかけてあり、エアシャワーの洗礼を浴びた。まるで食品工場の入る時のようにきっちり髪の毛一本落とさない状況に置かれた。
「まぁ、予測の範囲だけど」
病室はとても白くて綺麗で、塵ひとつない空気はすがすがしいのだろうと想像する。マスクとゴーグルをしなければならないサイには何一つ感じられない。
ベッドまわりの白いカーテンはきっちり閉められて、中の様子うかがい知ることはできなかった。
「西尾さん、お怪我の具合はいかがですか?」
カーテンに映る影は、すこし小さく見えた。
そっと覗いてみると、華奢な少年が眠っている。
「………?」
サイはあまりの衝撃に、大きな声が出た。
「えぇえええ? 子供!!」
少年はゆっくり目を開けた。
「誰?」
黒髪に愛らしい瞳で見つめられると、サイの方が照れてしまうくらいに、可愛らしい少年だ。
「オ……オレは。サイ」
少年はベッドから抜け出すとサイの汚れを拭いた。
「あぁ、こんな適当では、兄に叱られてしまうよ」
「兄?」
少年は頷いた。
「僕の名前は西尾シオナ。お兄ちゃんなら、出掛けているよ」
「兄弟、いたんだ」
シオナはサイに近づくと咳き込んだ。
「大丈夫?」
シオナはサイから離れて、マスクを捜した。
「ごめん、僕、汚れに弱いんだ。もう帰って」
サイは辻褄が合った気がした。
西尾の潔癖と思えるほどの綺麗好きは、全て弟への愛だ。