それぞれの正義(みんなやりたい放題)
殺すなら、全てを壊してしまえばいい。
西尾はそう思った。
生きるためなら、全てを石にしてしまえばいい。
サイはそう思った。
相反する二つの行為が、ほぼ同時に行われている。
アルバーンは憂い、魔神は喜悦する。
再製VS破壊!
西尾のいる530階は地鳴りと地響きで、今にも崩れそうだ。階下の540階には穴が開いており、冷気が流れ込んできている。
くそ熱い溶岩をマイナス50度の冷たい世界に流すと、大量の水蒸気が生まれる。西尾の目的は水蒸気爆発である。急激な水の蒸発により、その体積は1700倍にも達し、巨大な破壊力が生まれる。シュートホールを含め、アルバーンが封印している地下へも影響を及ぼす。
地下のM3魔法石まで破壊されれば、アスタロットどころか魔神が復活し世界が終わる。
だからこそ李明明はライフルのスコープに加え、天才的な観察眼で西尾を狙った。
いかに強い西尾でも数キロ先にいる敵の存在には気づかない。しかも西尾の周囲には魔法力の素となる魔素が異常集中しており、明明には非常に狙いやすい状態にある。
明明の心は怒りに燃えている。だが指先と頭脳は冷静さに徹する。
「魔神の末裔め!」
全てを奪った魔神に属する者を明明は決して許さない。だが今まで西尾に庇ってもらった恩もある。
530階の天井にヒビ割れが生じた。時間の猶予は無い。
明明は一度、躊躇った。
しかし覚悟を決め、引き金を引く。風向きも計算に入れ、わずかに弧を描きながらも、吸い込まれるように西尾の背中を貫いた。
西尾は地に膝をついて倒れた。
完全防備、ガスマスクをした状態で状態はよく分からないが、確かに西尾本人を打ち抜いた。
西尾は呟いた。
「……史上、最悪」
先ほど、くしゃみをした。
その後、肺を撃たれ、血を吐いた。
おかげで顔がベチョベチョだ。
血だけなら慣れているが、鼻水ミックスは耐え難い。ウイルスや汚物を含んだ体液が皮膚、鼻腔、口腔内で拡散し、体内が水蒸気爆発さながらに酷い。
マスクを外すこと。
ティッシュペーパーを常に箱で携帯しておくこと。
着替えを用意していなかったこと!
風邪で朦朧としていたなんて、言い訳にもならない。
――あぁ。もうダメだ。
西尾は気を失っていく。
「にちにち…こ…せいそう…」
その頃、サイは緑色の魔法石に包まれていた。
思ったよりも状況は悪くない。井戸の底のように丸く空洞になり、熱くない適温で、ヒーローパンツは無事だ。隣ではハモンドが気絶している。
アルバーンがテレパシーを送ってきた。
――キミはラッキーだねぇ。過去に何人も力を授けてきたけれど、我が力を重ね掛けしたのはキミだけだよ。通常の二倍以上のタフさと能力を手に入れて、調子こいて西尾と戦うのは無謀だと思っていたから、多少手を加えてあげたけど、まさか西尾を倒すとは!
「西尾さんが――倒れた? 風邪?」
――寝ぼけたことを。李明明を正気に戻して、西尾へ送り込んだのはキミだろう?
「メイちゃんを逃がしただけだ」
――また、上手い言い訳! さすが我が弟子!
「弟子? 門弟になった記憶はないぞ。おい、西尾さんに何をした? 事によっちゃぶっ飛ばすぞ! オレはあの人にさんざん世話になったんだ!」
――まさか、おバカだから飼いならされちゃった? あれが何も考えない男だと思っているのかい? キミのことを助けたのも計算のうちに入っているに決まっているだろう!
アルバーンのことをサイは嫌になった。
550階で初めて会って、モンスターに襲われるところを助けてもらい、洋服をもらい、風呂や住居を与えてもらった。自分の悪いところはちゃんと指摘してくれたし、能力が伸びたのも氷原で鍛えられた。そこには微塵の嘘も無かった。
「オレは自分の見たものを信じる! 正体を現さない奴の言葉には騙されないぞ!」
アルバーンの返事は無かったが、結晶が鏡のようになり、リプレイ映像が出た。
『ほら、このとおり。西尾は死んだよ。李明明の銃弾によって』
サイは上を見た。上から話しかけてきた人物を見定めることはできなかった。
「嘘だ! 明明はいい子だ! 人殺しなんてしない!」
サイは拳を握りしめた。
『ならば自分の目で見て、確かめてごらん』
ふいに足元の結晶が崩れ、下へ真っ逆さまに落ちていく。
「!」
こうして落ちるのは何度目か。
いつも!
いつも落ちてばっかりじゃないか!
サイは悔しかった。
そして、自分に言いきかせた。
“這ってでも、上がれ! 上がれ! 上に行って、その正体、突き止めてやる!!
絶対にあきらめるものか!”
サイは壁に爪を立てた。何度も弾かれ、落ちても上だけを見た。
足も踏ん張り、どうにかスピードが緩くなってくる。
喜んだ瞬間、足がすっぽ抜けた。
足場がない。
穴の終わりは530階の天井であった。
「あ」
サイは離れていく穴を見て、切なくなる。
下を見ると、人影が見える。数人に囲まれて、一人の男が横たわっている。
「西尾さん!!」