戦う清掃員(思い出したのだが)
「やめてだってよ。カッワイイー。やめるワケないじゃん」
防火服に身を包んだ男の笑い声がする。それが驚きの声に変わったのは暗闇に人の姿を見たからだ。
「山の上に誰かいるみたいだな。え? あいつ素っ裸だぞ! 人間? いや、人鳥のモンスターか? 尻に羽が生えているぞ」
「この高温で生きるモンスターなんているものか。まさかあれが不死鳥? すごい残念な復活だなぁ」
後方から男が現れた。ひと回り大柄で防火服に身を包んでいるが、背中に大きく“少佐”とマジックで追記してある。
「あれはただの変態だ。不死鳥の復活ではない。しかしあの緑色のトサカは捕獲の価値がある」
部下と思われる二人の男は研究生であり戦闘は不得意だ。そしてお互いに顔を見合わせた。
「捕獲……するんですか? 変態鳥人間を?」
「君たちは研究したいと思わないのかね? この高温でも生きる人型だぞ。
この暑さで多少頭がおかしいのは大目に見たまえ。
元帥は早急に結果を求めておられる。アスタロットは魔法こそが力。研究で得られるのは名誉だけではない。財力も権力も思いの儘。あの方に認められれば、私のようになれるのだ。精進したまえ」
元々反抗などできない身分である。姿勢を正して敬礼した。
「ハモンド少佐のありがたき御言葉。心に銘じただちに捕獲して参ります!」
研究生の後方で轟音がした。何かがぶつかる音である。弾丸のような速さで何かが来た。後方を振り返ると延々と暗闇が続いている。
「あの緑色の魔法石の卵は?」
研究生は青ざめた。これは非常にまずい。
緑色の魔法石は希少なゆえに、研究するにしても微量な粉で行ってきた。それが今回偶然にも巨大な結晶が見つかり、しかも中から人の声がする。
実際はテントの周囲に魔法石がへばりついているだけなのだが、外側から見ればそれは卵。伝説級の発見で、人型モンスターの雛が入った貴重なサンプルだ。
「親鳥が奪っていった。追いかけろ!」
サイは勢いのまま坂を下っているわけだが、ひとつの奇跡に気付いた。
防護服を着ている人間より軽装なので早い。不思議なことに全く疲れないし、息切れもしない。
「体力ついたなぁ」
それが不死鳥の羽の効力であることをサイは知らない。
サイの感動をじゃまするようにテントの中から怒号がして、小窓からメイメイが睨んでいる。半分酔ったような狂気の表情と、ガリガリと爪を立てる仕草に餌として狙われていることを実感した。
「メイちゃん、しっかりしてよ。オレのこと思い出してくれよ」
サイは猛烈な勢いで山を駆け降りている。最初は怒りに任せて足を踏み出したものの、今ではほとんど転がり落ちているようなものだ。
「あーぁあぁー!」
ターザンの雄叫びなら恰好がつくが、ただの叫びだ。追いかける男たちは車に乗り換えて追っていたが、暗闇の奇声に鳥肌が立った。
「少佐! 何か良い方法はありませんか!」
ハモンドは散弾銃を取り出した。
「狩猟が趣味でね。今夜は鳥鍋だ。不死鳥もどきを食べて我々も永遠を手にいれようではないか。この土地に生きるものは不死の傾向がある。その最たるものが不死鳥だ。何度も生死を繰り返し、魔力を放つ。元帥は永遠の支配をお望みだ。そこには緑色の魔法石が関連している。
我々は研究者だ。この魔法の謎を解く知能を保持するのだから、試験的にも我々が一番に不死になるべきだろう?」
「鳥鍋ですかぁ」
正直食べたくないが、命令は絶対なのだから反論はできない。
ハモンドが引き金を引き、サイが痛みにのけぞった。魔法石のテントも故障したのか浮力を失い、ゴロゴロと地面を転がった。
「さすがです。ハモンド少佐!!」
サイは何発も弾をくらった。痛みにしばらく動けずに倒れていると頬にあたる地熱を感じた。そう熱くはない。ここまでたどり着いたなら、メイメイだけでも逃げられる。
割れた魔法石とテントの扉を蹴破ってメイメイが出てきた。
「メイちゃん、逃げて! 敵が来ているよ!」
サイは勇気を振り絞って決意した。
「清く、正しく、美しくだ」
メイメイが逃げる時間が必要だ。なるべく長く敵をひきつけておく。
――大丈夫。オレは死なないんだよな?
正直、不安しかなくて身体が震える。やはり死ぬのは怖いし、絶対にものすごく痛いだろう。しかし負ける前提は良くないかもしれない。何度か戦えば勝てるかもしれないではないか。
――戦わなきゃ。いや、オレは戦って相手に勝つ! メイメイを守るためだ。きっちり悪いヤツをやっつけて、清掃してやる!だいたい相手だって痛い思いすれば逃げるだろ。オレだって痛いんだから、平等だ。オレが戦うのが一番いい。
「ここはオレに任せて、だから逃げろ!」
メイメイは近づいてくる。それが優しさならいいが、涎を啜って、正気を失っている。
「美味しそう」
サイの声はメイメイに届いていない。残念ながら敵が増えた気分だ。
「魔法石ならテントにくっついているだろ? そっちにしなよ」
サイは銃で撃たれた傷を見たが、痣にはなっていても出血はしていない。防弾チョッキ並みの皮膚になっているが、まだ動けない。
「なんて綺麗な魔法石。純度が高いのね」
メイメイはサイの髪に触れて撫でた。メイメイの唇がサイに迫ってくる。くせ毛の長髪でよく見てもいなかったが、メイメイの瞳は大きく、その色と輝きに轢かれる。まるで魔法石のようだ。
「綺麗な瞳をしている」
サイは美しさに誘われて抵抗を忘れた。サイの頭部を押さえつけ、林檎のように齧ろうとしている。
「――お父さん」
メイメイの動きが止まった。そしては荒々しくサイを突き放し、握りしめていた手を広げる。
不死鳥の羽を数枚握っているだけで、その効果が伝わってくる。
「その羽に触れる者を癒し、外部から魔法を遮断する。柔らかな羽毛に癒されて、狂気は消え安らかに心が安定する。その真実の力は魔法防御力」
メイメイはサイに手を差し伸べた。
「私の本来の能力は観察眼なの。中毒で魔法に敏感になりすぎちゃったけど、この羽は私にピッタリだね。だから今は全部がよく見えるよ。サイに決定的に足りないもの。敵の弱点。どうしたら私たちがあいつらに勝てるのか」
「正気に戻った!」
サイの手に触れてメイメイが笑った。
「ありがと、サイ」
メイメイは咳払いすると、観察眼で敵を見た。
「幹部以外は魔力が弱いから剣で叩けると思う。背中に少佐って書いてある人、強いから気を付けて」
「丸腰はきついなぁ」
「M3の力があるでしょ? 魔法石を身に纏う感覚で防御力を上げて、刀を創造してみて。長くて細い結晶ができるはず」
「M3?」
「地下にある巨大な魔法石がM3。マジックエレメンツのM。マザーのM、モンスターのM。アルバーンが魔神を魔法石に封印した、この街の始まりの石のことよ。もちろん緑色よ。アスタロットの地下には今でも魔神がいる。そしてモンスターを生み出しているんだって」
「だからオレは魔神の末裔って言われているのか」
「でもね、私にはそう視えないの。サイの力はアルバーンと同じだよ」
「アルバーン? あのお邪魔虫か」
「会ったことあるの?」
「無いけど、声は聞いた。あいつ無能だろ。何もしてくれなかったよ」
「そんなことない。サイは力の使い方を知らないだけ。西尾は教えてくれなかったの?」
「オレが魔神の末裔だからって強くなってほしくないみたいだ」
「おかしいわよ。西尾はサイが魔神の末裔じゃないことは分かっているはず。――そうか、私と同じ理由」
メイメイは舌打ちして防護服の男たちを見た。
「とにかくサイは魔法石で誘い出して、戦ってちょうだい。不死鳥の羽は持っていると傷がつくから私が花梨に届ける」
「オッケー、羽の件は頼んだ! オレは戦って時間稼ぐよ」
不死鳥の羽をメイメイに託し、サイは立ち上がった。
「じゃ、散開!」
サイが小さな緑色の魔法石を作り出し、パンツ一枚で道化のように踊れば研究生たちは目の色を変えて襲い掛かってきた。
「このアホー鳥が!! 鍋にしてやる!」
メイメイの観察眼は正確で、相手の弱点を教えられたので、攻撃が当たる。
二人がかりで必死な形相で殴られた時は危険を感じたが、ダメージも軽くメイメイが逃げるための時間稼ぎをする余裕もあった。
「勝った!」
研究生は防火服がボロボロになると、急いで逃げていった。
サイが追いかけようとすると、背中に少佐と書かれた男が立ちふさがった。メイメイが強いと言っていたが、雰囲気も体格もすでにこの時点で負けている。
奮起してメイメイの指示通りに防御力を上げ、手に武器を持つイメージをした。すらっと細身の刀剣をイメージしたのに、出来上がったのは武骨な棍棒だ。
「ま、いいか。はじめてだし」
とりあえず硬い武器で殴る。しかしコーベットがそうであったように、サイの攻撃は当たらない。少佐といえば中尉どころか大尉より身分が上だから経験もある。素人同然の剣など子供だましに過ぎない。
「完全に見切られているし、遊ばれているような……」
しかし時間さえ稼げればいい。不死鳥の復活で火山が爆発したらさすがに誰も生きていけないのだ。妙なことに少佐は余裕がある。
「お前、コーベットみたいにどっかに急に消えるつもりなのか!」
少佐は笑うだけだ。
サイは追い込まれて、後退や撤退を繰り返すうちに火口が近づいてくる。気温が熱くなれば有利に思えたが、歴戦の猛者は暑さをものともしない。
「我々の狙いは不死鳥の捕獲。暑さを畏れていては任務が達成できん! 貴様もただのモンスターではないようだな。魔法石を生み出すだけではなく、耐久力もある。
私は今の貴様の行動から研究者としてひとつの結論を得た。
二年前、騎士団を訪れた際、私は緑色の瞳の人間を見た。しかしそういう者は騎士団に在籍していなかった。その後フォンデール家がドラゴンに襲われ全焼した。あの家には以前から本物のM3魔石が存在している噂があったが、焼け跡を捜索しても見つからなかった。
家が焼ける直前、息子が一人、行方不明なっていて、私はその者が持ちだしたと思っていた。
――そう、右手の指輪だよ。エバーグリーン。永遠不朽を意味するとおり、君はその指輪のおかげで傷ひとつ負わないモンスターだ。
不死鳥の原理よりもはるかに素晴らしい収穫だ。これで元帥も御悦びになるだろう。
不死鳥が生まれてから死ぬまで二年。蘇るのに七日かかるが、今日で十日目。この三日のズレ。お前が上から落ちて、この階を通過する際はことのほか多くの力を使ったに違いない。それが不死鳥のサイクルを乱した。
生きていたんだな! サイ・フォンデール!! さぁ、指輪をよこせ!!」
「お前のは“へ理屈”だ。間違ってんぞ! これはクリスタルドラゴンの腹の中で拾ったんだ!」
少佐はうんざりした顔で手を突き出す。
「殺していいか? 俺は自分の理論を曲げられるのが一番腹立つんだよ。何も知らない小僧が!」
ハモンドは再び散弾銃を構えた。サイは緑色の結晶でできた棍棒で立ち向かった。
「じじいにまけるか!」
ハモンドはなかなか撃たない。
「ひとつ言い忘れていたが、私の本体は会議室だよ。魔法石による肉体コピー。まぁコピーは本物には劣るが、品質上は問題ない。まったくバルトも良い発明をしたものだ」
ハモンドが引き金を引いて、サイは倒れた。膝から崩れ、熱気がこもる火口に向かって落ちていった。
ハモンドは思わず舌打ちした。これでは指輪の回収もできない。
「つい頭にきちまった。拾うか?」
覗いてみると火口の下では溶岩が煮え、泡を吹いている。しかし足元にはサイの手があり指輪が輝いている。ハモンドは指輪を踏みつけ、サイの頭を手で押した。
「手っ取り早く指、ちぎっちゃおうか。大丈夫、すぐに熱くて死んじゃうから」
サイはその冷酷さに鳥肌が立った。
「!」
夢中で反対の手でハモンドを掴むと争いになった。
絡むように二人とも落ちていく。サイは切なくなった。
いくら不死身でも、溶岩の中からは這いあがれない。地獄の炎の中ひたすらに燃え尽き、再生しては燃えるのか?
――あぁ、失敗した。
落ちていく。
走馬灯のように記憶が流れていく。
……思い出した。前も落とされた。
誕生日の翌日、殴られて気が付くとシュートホールの前だった。その時も必死で逆らって、軍服の男の手を掴んだ。けれど手袋がぬげて投げ捨てられた。手の甲に傷のある男だった。
初めてアルバーンの声を聞いたのはその時だった。多分その時から不死身だ。
その後溶岩で何万回も焼かれて、死ぬほどの苦しみを味わって550階まで落ちた時には記憶を失ってしまったのだ。
――落ちるなら530階まで落ちてほしいな。また西尾さんに拾ってもらえるかな。