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530部隊よ這い上がれ! 僕らは戦う清掃員  作者: またきち+
530階 星空キャンプ
10/22

隊員が試練(西尾も戦っている)


「べくじょょん!」

 西尾のくしゃみである。何度もティッシュペーパーで鼻を拭いたせいで、皮膚がこすれて痛い。熱が高くて、くらくらする。水分補給を定時でするべきだが、冷えた飲み物を冷蔵庫までが取りに行くのも億劫だ。テーブルにはいつものように豪華なディナーが無駄に生成されている。


 自動給餌装置のスイッチを切り忘れた自分が許せない。

「役たたずめ」

 悪口を叩いても独り言になった。


 汗だくのシャツが気持ち悪い。できればシーツも換えてさっぱりしたい。あまりにも身体がだる重い。いかに魔力があろうとも、今はウイルスに負けた敗残兵。ベッドに倒れて、症状が治まるのをひたすらに待っている。


「西尾くん、入るわよ」


 床に脱ぎ捨てたられた防火服を乗り越えて、女が入ってくる。服を畳む余裕もなく、外出着のままベッドに倒れている西尾の姿に驚いている。

「死んだ!?」


――生きています。


「あらあら、相当具合悪いのねぇ。花梨が様子見てこいというから来たけど正解ね」


 西尾は返事もできず、視線だけ返した。あきらかに不審な視線であるが。


 心から思う。来てもらいたくなかった。


 柚子は医務官までなりかけたが、今はただの医官である。研究者として有能ではあるが、実務経験が少ないために風邪の対処すら怪しい。

 薬箱を散らかしているだけで、いっこうに薬と水が枕元に届かない。西尾はこれ以上室内を荒らされたくない一心で、ベッドから這って出てきた。


「そこは傷薬だけ。内服薬はこっちの棚!!」


 整頓されたキッチンで、柚子ははしゃぎながらお粥を作った。西尾の赤鼻に軟膏を塗り、薬を飲ませる。冷蔵庫の冷たいミネラルウォーターではなく、料理用のただのぬるーい水道水。


 一応、感謝はするが、これから何も無いとは限らない。


柚子はダイニングテーブルの食事を眺めている。テーブルランプを中央に料理を挟んで二人分の皿や椅子があるせいだ。


 ランプの芯はガラスの筒で、中身は五色の魔法石が光り綺麗だ。タイマーがセットしてあって、定時になると各色一個がテーブルに出てきて魔法が発動する。赤は肉、緑は野菜というように、料理が現れる仕組みで、冷凍食品を魔法石に変化させたものだ。


「お腹すいていたの! ちょうどいいわ」

「俺の分もどうぞ」


「花梨も呼ぼうかしら。勿体ないわよ。あの新しい子でもいいけど、出掛けちゃったのよね」


「プライベートルームですから、誰も呼ばないでください。柚子さんだから入室を許可しているのです。サイを甘やかすつもりはありません。あれだけは絶対に嫌です」


「私は良い友達ができたかと思ったのよ? もう少しこう仲良く……なれないかしら。そうでなくても西尾くんは人づきあいできないのだから、あれくらい図太さなら大丈夫だと思うのだけれど」


 西尾の睨みに柚子は黙った。

「説教するおつもりならば、帰っていただけますか」


 柚子は部屋の片隅に立つトルソー(マネキン胴体のみ)を見た。白い軍服はレイピアベルトをしておりと細身の剣まで差してある。服を置くというよりは、肉感的でその場にいるような立体感だ。


「西尾くんには、ああいう何も考えない子と一緒のほうが楽だと思うのよね……」


 西尾は違う意味で熱が上がりそうだ。

「柚子さん、鍋が……吹きこぼれています」

 柚子が来ると、いつも掃除する場所が増えている。


「かえって苛立つだけです。サイ・フォンデールは厄災です。私の計画にズレが生じてしまった」


「それは李のこと?」

 西尾は眉根を寄せた。


「いいえ、違います。李がどうかしたのですか?」

「520階に二人で行って不死鳥の羽を取ってくる任務に出たじゃない?」


「李と二人で?」

 西尾は頭を抱えた。朦朧としていたせいか、大事な部分をスルーしていたらしい。


「西尾くんは李のことまだまだ外に出せないと言うけれど、花梨は待っていられなかったのよね」


 魔石中毒患者がサイを見てどう思うかなんて分かり切っている。

 あの天然お人好しが襲われることは確実だ。それでも同じ檻に入れたのは、ちょっとしたテストのつもりだった。監視はしていたからいざとなれば助けに入ることも可能だった。


 それを邪魔したのがウイルスだ。目に見えない人類の強敵め。


 西尾はふらふらと立ち上がった。

「520階は火山のせいで磁場が狂っているんです。魔石中毒患者はただでさえ、妄想や幻視の症状がでるのに。狂った勢いでサイ・フォンデールを襲うかもしれません。そのようなことになったら、あの子はさらに傷ついて、元に戻れなくなってしまう」


 西尾は防火服を手に取り、ズルズルと引きずった。

「柚子さん、下さい」


 西尾は柚子に手を伸ばし催促する。柚子はその手を掴むと、ベッドへ放り投げた。


「!? 柚子さん?」

 宙を飛ばされながら柚子の憤怒の表情を確認した。


「上官命令!――寝てろっ!! 花梨の作戦に狂いは無い」

「……。命令ならば」


 西尾はまっすぐ天井をみたまま、すぐ上の階で起こるであろう事を予測する。どう転んでもこのままではまずい。


「李が狂って、サイを襲ったらどうなることか。いや、その逆の方がもっと恐ろしい。520階の床をぶち抜くことになりますよ」





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