表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
530部隊よ這い上がれ! 僕らは戦う清掃員  作者: またきち+
550階 闇の世界
1/22

穴の底

 

人生にどん底というものがあるなら今がそうなのかもしれない。


 サイ・フォンデール 

  (享年20年とちょっと)




 それは誕生日の次の日。フォンデール家の三男であった最後の朝。


 今で思えば豪華な朝食だった。焼きたての白いパン、時間と手間をふんだんにかけた黄金色のコンソメスープ。新鮮な無農薬野菜たち。

 それらを食べる気がしないと一蹴し、誰かに後から殴られて気を失った。




 気が付くと素っ裸で、ゴミ溜めの中にいた。

 日の当たらない、腐った匂いのする場所には光すらなかった。


 手探りで、いろいろなゴミに触れているうちに何かのスイッチが入って、光が生まれた。

 その小さな光を頼りに、闇とゴミの中から局部を隠せるものを探す。


 女子マネキンの破れかけのヒモパンツを見つけた時は迷った。男なら誇り高くフルでいくべきか、貴族として恥部を晒すことを恥とし、隠せるもので隠しておくべきか。


 とにかく彷徨った。

 いくら歩いても暗闇とゴミばかり。

 いくら探しても出口と希望が見つからない。


 ――オレはゴミか。オレは捨てられた。


 救助隊が来るかもと希望を持った時もあったが、這いずる蟲の音しかしない。水も食事も無く、毒虫に噛まれて身体が熱い。


 なんでこんな目にあっているんだろう。

 なんでこんな所にいるんだろう。


 なんでこんな最後なんだろう。


 ――どうせ死ぬけど。考えたって、どうしようもないけれど。やはり考えてしまう。だって人は考える生き物だから。


 二十年生きてきて、それなりに楽しんだけれど、自分以外の人間にとっては価値のない年月だった。


 二人の兄は善良で真面目で、自慢の息子だ。軍人としてエリートで世間の役にたち、出世街道まっしぐら。


 オレは反発心から出世は望まなかった。苛立って、喧嘩ばかりする馬鹿だったし、学校も中退した。


 長兄と次兄は父親似で勇ましくイケメンで、女にも優しかった。オレはいつもサングラスで顔を隠していた。母親に似て瞳の色が特殊だから、自信がなかった。


 できない息子なのは分かっている。それでも親は期待をしてくれた。


 なのに誕生日、オレは人生最大の裏切りをした。


 没落するフォンデール家を救ってくれるはずの優しい兄の許嫁。彼女に遊び半分で手をつけたらしい。らしいというのは酒に溺れて全く覚えていないからだ。



 その翌日から、こういうことになった。

 あの時の素っ裸だったから、今も素っ裸なのだろうか。


 フォンデール家の名を汚したのだから、もう二度と名乗ってほしくない気持ちは分かる。……でも!


「せめて、パンツだけは残して!!!」


 絶叫して、無駄に体力を消耗した。


 もう歩けない。

 もう前へ進めない。


 どうせパンツなんて穿いたって、穿かなくたって見る人がどこにもいない。

 

 あぁ、これが人生最後の叫びなのだ。全力は尽くした。

 サイ・フォンデールはここで終わる。


 力が尽きて、ゴミの中で倒れた。

 何も見えない暗闇のなか、意識を失うのだ。


 失う。

 失う?

 失ってないけど、そのうち失うだろうな?


 ――オレは昇天する。でも行くのはきっと天国だ。良い事はあまりしなかったけど、絶対に天国だ。こんなに辛い想いをしたんだから、絶対に天国に行くべきだ!


 次の人生やり直すのに、良い事は前払いしてもらわなきゃ、モチベーション上がらないだろ。馬のツラにニンジンだろ。


 ほら、一筋の光が見えた。きっとあれは天国への入り口だ。


 サイは最後の力を振り絞って、光に手を延ばした。


 ――あぁ、神サマがいるなら。次はもっとマトモな人生にしますって。だから頼むよ。


 その時、腹に激痛が走った。


 ――やべ、死ぬ時って痛いの?

   これで終わり。終わり?


「うひゃあ。冷……たい! つうか、痛いよ!! 穴開いて血でてるし!」


 暗闇から誰かに金属の棒で何度も突かれた。

「隊長、これはリサイクルしますか?」

 あどけない少年の声がした。


 ――人間! 助けがきた!


「しない。持って帰るのに重すぎる」

 サイは必死だ。


「こんなに活きのいい好青年をリサイクルしないなんて、モノの価値が分かってねぇな。テメー顔貸してみろ、オレが動けるようになったらな……一発ぶんなぐって」


 久しぶりに人に会って話した。顔がぐしゃぐしゃになるほど嬉しくて、込み上げてくる熱い想いが叫びになる。


『助けてくれよ!』


「隊長、腐ってます。変態が泣いてます」


 少年が手元の灯でサイを照らした。

「名前言える?」


「サイ・フォンで……ぁる」

 フォンデール家の名前。それがオレが最後にもっていて、唯一捨てられるものだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ