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普通の日記

作者: 文代 呉波

 七月九日、晴れ。今日の優ちゃんは大福だった。中にぎっしりと詰まったあんこが外からうっすら見えて、とてもおいしそうな白い大福が首から上についていた。「今日は大福だね」と優ちゃんに言うと、「なんか食べたくなってきた。帰りに大福買おうよ」と言われた。

 二限の数学の時間がとても退屈だった。専門用語がたくさんでさっぱり分かんないけど、ちょっとは分かるかもしれないギリギリのラインを攻めてくるところが、韓国語の授業を聞いているみたいだった。受けたことないけど。退屈だったときに、ちょうど前の席からあんこのいい匂いが漂ってくるから、まだ昼休みまで時間があるのにすごくお腹が空いてしまった。

 四限の化学の時間に、こっそりつまみ食いした。一時間がまんしたのを褒めてほしい。後ろ?背中側の下ほどを少しちぎって食べると、もちもちの皮と甘いこしあんが手を取り合って私の喉を通り過ぎていった。ちぎったところが元通りになっていたので、無限に食べれらるんじゃないかと思って、優ちゃんと先生にばれないようにしながらバクバク食べた。ちぎったところは食べたら元に戻って、無限には食べられるんだけど、いつまでたっても満腹感は得られない。たぶんお腹の中に入ると消えてしまうんだろう。なんだか物足りないけど、おいしいのをいっぱい食べられたので良かった。これでもう大福は一週間はいらないな。

 とは言いつつ、帰りに優ちゃんとコンビニに寄った。私はプリンとお茶を買った。優ちゃんは定番の白大福を買っていた。食べているところを見たかったな。


 七月十日、くもり。今日は水槽だった。透明な板が黒いゴムみたいややつでつながっている。中には何も入ってない。理解にかなりの時間がいることは分かったけど、そもそも理解できるようなことじゃないので諦めた。それでも数秒フリーズしていたのか、優ちゃんが私の方に来て心配してくれた。かくかくしかじか言ったら、やっぱり訳が分からない顔をして、肩をすくめた。

 朝は水槽に何も入ってなかったんだけど、お弁当を食べているときに少し水が入っていることに気づいた。帰るころには水槽に半分くらい水が張っていた。

 別れ際に、中の水を触らせてもらった。ぬるかった。この水はどこから来たんだろう。ピンポイントで雨でも降ったんだろうか。もっと常識的に、科学的に考えるなら、......空気中の水蒸気が冷やされて水になった。いや、でも水槽もそんなに冷たくない。となるとこの水槽は無から有を作るオーパーツだということになる。むしろそっちの方が違和感がない。

 昨日買った大福はおいしかったらしい。「食べてるときの写真あったらちょうだい」とダメもとで言ってみたら、やっぱり撮ってなかった。ふつう大福食べるときに自撮りなんてしないよね。というかしてほしいと思うことがおかしいんだよね。特に大福限定なところ。


 七月十一日、くもりのち雨。今日も水槽だった。水は心なしか昨日より溜まっている気がした。今日はフリーズすることなく無事に優ちゃんのもとまで近づけた。「水、増えたね」と言うと、「知らないよ」と困ったような顔で笑った。

 職員会議だかなんだかで、短縮授業だった。今日の授業はしっかり聞けた。毎日こうだったらいいのにって思うけど、やっぱりそううまくはいかないものだ。平日の授業は短くならないうえに、土曜まで学校があるなんて。巷で噂の完全週休二日にならないだろうか。まあまだ半人前の身ではあるんだけども。

 帰るころには、水槽の中の水はもう溢れそうだった。優ちゃんが歩くのに合わせて水面が前後に移動して、こぼれるんじゃないかとハラハラしながら一緒に歩いていた。水がこぼれて滑って転ぶというのも面白いかとも思ったけど、痛いのは嫌だ。

 玄関で靴を履き替えて、校門を出たときに、ついに水がこぼれた。バシャッ、と音がして水が落ちるのに合わせるように、夕立にあった。大きな音を立てて地面にたたきつけられる雨の中、優ちゃんは一言、「最悪だよ」と言った。

 私も優ちゃんも傘を持っていなかったので、走ってバス停へ向かった。水槽に雨が叩きこまれて、さらに激しく動いているので、水面がぐちゃぐちゃになっている。私は運動神経が悪いので、たびたび遅れそうになりながらも、なんとか優ちゃんについていった。バス停につく頃には、もうへとへとだった。ベンチが空いていてよかった。


 七月十二日、雨。優ちゃんとバスの中で会った。今日は傘だった。バスを降りてからは傘をさして歩いた。頭の傘は使わないのかと聞きたくなったけど、いくら傘になったといえども濡れたくないかと思い直した。

 優ちゃんの写真を撮って見せると、優ちゃんは「別に普通じゃん」と言って、何事もないかのように歩き続けた。いいものが撮れたと思ったけど、これが普通なのかな?学校の中に入っても、頭の傘は開いたままだった。

 授業中は、黒板が見づらくて苦戦していた。傘を閉じる機能はついていないように見えたので、なんとか首を動かして頑張った。

 今日の優ちゃんは気分が優れないようで、いつもよりぼーっとしていた。

「雨の日ってなんかだるくなっちゃって、動きたくなくなるんだよね。学校に行きたいし、頑張って起きるけど、行きたくないな、とも思っちゃう。朝は自分と戦って毎回延長戦で勝ってると思う。私が学校に行くんじゃなくて、学校が私のところに来ないかな」

 優ちゃんの新しい一面が見られた気がした一方で、心配する気持ちもあった。みんな何かしらの悩みを持っているんだな。少しでも悩みを知って助け合えたらいいな。

 今日はどこにも寄り道せずに帰った。やっぱり家にいると安心する。でも、そうじゃない人もいると考えると、私は幸せなんだと思う。その幸せを噛みしめつつ、早めに寝た。


 七月十三日、雨。蒸し暑い。今日の優ちゃんはカエルだった。普通のカエルはよくよく観察したことはなかったけど、人間レベルの大きさだと迫力がある。首から下は人なので、カエルが制服を着ているというよりは、普通の人がカエルのマスクをつけている感じだった。そんな感じのことを優ちゃんに言うと、「あんたの普通って一体何が普通なの」と一蹴された。笑って誤魔化した。

 少なくとも普通の人はカエルのマスクをつけて学校に来ない。それは分かる。それでもそう見えてしまうんだからしょうがない。検査しても異常はなかったし。すごい特殊能力ではあるけど、変わるのは優ちゃんの頭だけで、ほかの人は至って普通だし、世界一いらない特殊能力でギネス記録に載るんじゃなかろうか。そんな称号欲しくはないけど、貰えるというのなら貰っておこう。これを俗に、捕らぬ狸の皮算用と言います。

 金曜日なので気分が軽い。もうすぐ夏休みなのでさらに気分が軽い。今なら空も飛べそう。期末テストも終わって、消化試合のような授業なので、空気が違う。受験シーズンには見られないことを願うばかりだ。

 家に着いてからも、優ちゃんの言葉がずっと心に残っていた。普通って何だろう。多くの人にとっての常識?他と比べてだいたい共通するもの?なんだかしっくりこない。大多数が間違えていることだってあるだろうし。他と比べるなんてできないことだってあるだろうし。もやもやした気持ちをどうしようか考えつつ、ベッドに向かった。


 七月十六日、くもり。今日は満開のアジサイだった。太陽はその威力をますます強めるばかりで、雲の盾でも暑さは太刀打ちできない。もう梅雨は明けて、夏に入ったと言ってもいいくらいのときに、アジサイの花だなんて。季節感がずれている。

 アジサイは、土によって花の色が変わるらしい。ピンク色のアジサイは、中性かアルカリ性の土に咲く。優ちゃんの体は中性かアルカリ性なのだろう。自分で書いていてなんだか気持ち悪い。

 優ちゃんに、「普通ってなんだろうね」と、ぽつり、聞いてみた。優ちゃんは黒板を写していた手を止めて後ろを振り向き、「あんた、まだ考えてたの?もう月曜日だよ?」と言った。

「しょうがないじゃん、気になるんだから。他にももやもやしてることはあるけど、今はこれが一番」

「ふうん、まあ気になるならしょうがないか。でも普通の人は『普通って何か』なんて考えないよ。哲学者みたい」

 今日の私は哲学者のようだ。私は、自分には哲学に関連するような知識がないことを自覚している。これは矛盾?それともパラドックス?もっと勉強したほうがいいのかな。現代社会のテストはそれほど悪くはなかったはずなんだけど。理科はもっと勉強しないといけない。

 暗い空だとアジサイはあまり映えない。太陽の光が差し込んで、そこにほんの少しの露があればいいと思う。そんな都合よくはならないだろうけど。


 七月十七日、晴れ。今日はケーキだった。ふわふわのスポンジに白い生クリームを塗って、イチゴと薄い板チョコの乗った、六等分されたのであろうショートケーキ。もしかしたら私は、優ちゃんの気持ちを見ることができるのかもしれない。それが読んで字のごとく、優ちゃんが感情を顔に出しやすいのか。うまいこと言った。「今日はケーキだよ」と言うと、優ちゃんは「私がその日に食べたいものを的確に当ててくるよね」と少し不機嫌そうに言った。「優ちゃんは、感情が顔に出やすいのかな」と聞くと、「そう言われたことはある」と素っ気なく答える。

「まあ私の目は欺けないんですけどね」と言うと、「あんたは顔にも言葉にも出やすいな」と返された。そんなに誇らしげでしたかね。自分には分からない。

 授業の時間は、相変わらず平淡に過ぎていく。優ちゃんの頭が食べ物のときは、決まって早くお腹が空く。お腹が空いてつまみ食いしてしまう。大福とかケーキとか、甘いものだから食べる気になるんだろうけど、もしラーメンとかご飯とか、主食系だったら、私は食べる気になるのかな。食べたらなくなるから、やっぱり食べるのかな。その日になってみないと分からないな。

 ちなみに、私がつまみ食いしていることを、優ちゃんは知っている。最初はとても不審そうに「何をしているの?」と聞かれたが、「これおいしい!」と言ったところ、これ以降は話を振られなくなった。未だに変な人と思われているのかもしれないけど、私は至って普通のポンコツ能力者だ。


 七月十八日、晴れ。今日の優ちゃんはハトだった。「ハトの鳴きまねして」と言うと、抑揚も感情もない、まさに棒読みの「くるっぽー」が返ってきた。その後に流れた、無言の時間が笑いを誘って、吹き出してしまった。

 今日は平和な日だった。何もイベントやアクシデントがない、普通の日。いや、そんな日はあんまりないから、普通じゃないのかも。ここにきて「普通」についてまた気になってしまうなんて。

 お昼ご飯を食べたとき、ちょうどお弁当に豆が入っていた。「豆あげるよ」と言って、豆を一つずつ箸でつまんで、優ちゃんの弁当箱に入れていった。私が、途中何回か豆を落としたのを見て、優ちゃんは、「箸使いの練習でもしてるの?」と聞いた。そんなわけないじゃん。優ちゃんは、普通に豆を食べた。想像していたよりはるかに面白みがなかった。自分の想像力がすごいんだと思うことにした。

 今日はゆったり時間が過ぎた感じがした。四限の現代文の時間が自習になったので、眠気を必死にこらえながら、夏休みの課題を進めた。午前は乗り切ったといっても、お弁当を食べた後は、すごく眠くなってしまう。寝てしまったら、優ちゃんにクチバシでたたき起こしてもらいたかったけど、そんなことはなく、手で優しく肩をたたいて起こしてくれた。

 帰りも、いつも通りに、優ちゃんとしゃべりながら帰った。もうすぐ、こんな時間が一か月ほどなくなるのは残念だけど、一か月後が楽しみだ。


 七月十九日、晴れ。今日はひまわりだった。太陽に負けないくらいの大きなひまわりは、特に太陽の方へ向いているわけではなかった。優ちゃんと話すたびにこっちへ向く花は迫力がある。そして同時に、もう夏になったんだなと感じさせられる。

 今日で一学期の授業がすべて終わった。夏休み中でも補習はあるけど考えたくないね。夏休みなんだから、普通休むものでしょ。それとも、休まないのが普通なの?「普通」って理不尽だ。そうでも思わないと夏休みの存在が消えてしまいそうだ。

 七限のホームルームは、自由時間だった。多数決で、トランプをすることになった。四人でグループになって、メンバーを変えながら、なぜか準備してあったトランプで大富豪をした。

 優ちゃんは、圧倒的な力を見せつけて優勝した。無敗だった。優ちゃんは「運が良かっただけだよ」と気分よさげに言っていたが、なにかものすごい計算をしていたんじゃないだろうか。今日は、優ちゃんから尋常ではないパワーを感じ取った。帰りに、優ちゃんとコンビニに寄って、アイスを二つ買った。ちょっとした贅沢だ。


 七月二十日、くもり。終業式の日。今日は久しぶりに、優ちゃんの顔を見た気がする。切れ長の目と、肩まで伸びた茶髪が最高にクールです。「今日はちゃんと人間だよ」と言うと、「まるでいつも人間じゃないみたいじゃないか」と即答された。私から見れば、頭は人間じゃない状態が普通なんだけど。

「だから、あんたの普通って何が普通なんだよ」と聞かれたので、私はちょっとの間考えて、「なんとなく分かるけど、なんとなく分からないもの」と言った。いいこと言った気がする。優ちゃんは、「すごいドヤ顔してるけど、私にはさっぱり分からん」と笑い交じりに言った。

 式が終わってからは、さらにさわやかな気持ちになって、優ちゃんを急かして走って校門を出た。おそらく、その日校内で一番早く学校を出ただろう。残念ながら空には薄く雲がかかっていたけど、気分的には雲一つない青空の下にいた。走り疲れて立ち止まったとき、優ちゃんは息をきらしながらも、「楽しいな」と笑った。昨日のひまわりよりも輝いていた。


 これで、少しの間、日記を書くのを休もうと思う。また習慣づけられるかは分からないけど、今日までの日記には満足している。また学校で会うときは、優ちゃんは何になっているんだろう。今から楽しみで仕方がない。

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