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灯篭流し。

作者: 晦

出会いと別れをともにした、Kへの最後の作品です。

こんなに長いと読まなそうだけれども。

 自宅から一番近い駅は僕が自らの通う大学への通学路の上にある。と言っても、今回の物語の発端は古河で行われた大きな花火大会の後友人宅で一泊した次の朝の帰路にあるのだが。

 駅の近くの、僕の父親と古い縁のあるおじさんが営む野菜やらお惣菜やらを売っているお店では、主に高校生をターゲットにして駐輪場もやっている。そこには、現在電車通学をしている僕と、僕の妹も自転車を置かせてもらっている。花火大会を楽しんだ後、友人宅で夜通しゲームを楽しんでいた僕はこの朝、眠い目をこすりこすり駐輪場で自転車にまたがると、いつものルートで家へ急いだ。このルートは家にたどり着くまでの速さや道のりの短さ、効率などを気にして作ったものではない。そんなことよりも、走っていて気持ちのいいコースを選んで作ったもの。

 川沿いのしだれ柳の並ぶ道を走る。この川はその季節ごとの催しによって装いを変える。5月には川の上一面に鯉のぼりが、冬にはこの川にかかる橋やその他いたるところに真っ白な装飾用LED電球が散りばめられる。今の季節。8月の初めは、特に季節による特別な装いはないのだが、この日は見慣れないのぼり旗が立っていたので不思議に思った。自転車に乗ったまま流して見たのではっきりとは見えなかったが、「灯篭流し」というワードだけは確認できた。こののぼり旗が見慣れなかったので、今年から新たに行われる行事かと思っていたが、自分の過程が限りなく無宗教に近いことや、今まで身近に死者がいなかったこともありただ目に入らなかっただけではないかと思い直した。この夏、何故僕の目に「灯篭流し」ののぼりが目に入ってきたのか。それは、僕が長い間恋い焦がれる彼女の存在が大きく関係していると自己分析する。

 彼女、K(このKは彼女の名前とは関係ないがここではプライバシーの問題と便宜上、Kと呼ばせていただく)と交際を解消して二ヶ月ほどが経ち、僕は新しく大学生としての生活が始まり慌ただしくして目を回していた頃の話。僕が所属を決めたサークルの新歓が行われていた夜だった。新歓が行われたお店から出て、みんなで集合写真を撮っていた。不意に鳴った僕のスマホには、見慣れない番号。どこか嫌な予感がして受話器をとった。

「もしもし。」

ちいさな電話の向こうの声は、紛れもなくKだった。Kは、すすり泣きながら僕に話しかけた。要約するとこうだった。僕らが別れて二ヶ月。特に僕に対する未練があったわけではなく、今も楽しく過ごしている。しかし、親族に不幸があった、と。僕とKは交際を解消する際、お互いに連絡先を消したことを確認していたのでそのことを聞いたら、スマホの中の写真を整理していたときに偶然に僕の電話番号が載っているスクリーンショットを見つけたと。そのスクリーンショットを撮った記憶はないが、このタイミングでその画像を見つけたことで僕にこの連絡をしなければならないという使命を感じたのだという。僕は納得した。僕にとっては、交際を解消し連絡を取り合わなくなってからも想い続けていた人からの久々の電話だ。内容はとても残念で悲しいことだった。

 あの電話の後、慰めるという名目でKとまた連絡を取り合っている。そのことがあって、僕の目には「灯篭流し」の四文字が目に入ってきたのだろう。この灯篭流しに一緒に行こうとKを誘ってみようか。そんな事を考えながら、大きくペダルを踏み込んだ。

古河花火、綺麗だったよ。とりあえずそんなメッセージを送って、そこから灯篭流しに誘った。まず来てくれるとも思っていなかった。しかし、意外にも簡単にOKをもらうことができた。嬉しい思いとともに、そこでKに伝えようと決めた気持ちに、心を締め付けられた。


 数日経った。一日一日過ぎていくたび、少しずつ実感が湧く。Kとまた二人で出かけることのできる嬉しさと、悲しさ。待ち合わせは、あの頃と何も変わらない僕の家からの最寄り駅。細身の木を囲うように丸く設置されたベンチ。そこに座って、君の乗る約束の電車がたどり着くのを待つ。遠くから車輪のガタンガタンという音が近づいてきて、真上のホームで止まった。数分後、北口にKの影が現れた。

「待ちました?」

一つ年上のKは、少しぎこちない様子で敬語を使った。あの頃なら、背後からこっそり近づいて来て

「っよ!」

って言ってきていたのになぁなんて、また寂しいことを思い出してしまった。

「待っていませんよ。」

おどけて敬語で返してみた。本来ならタメ口で罵倒し合ったりする仲なのだが、この日の僕たちは少し普段とは違った雰囲気だ。いや、気づかないうちに僕がピリついていたのをKが敏感に感じ取ったのだ。時刻はもう夕方の五時。もうすぐ灯篭流しを始めとしたお祭りの時間だ。会場となる僕おなじみの川まで、二人でゆっくり歩くことにした。

 Kの小さな歩幅に合わせて、てくてく歩いていく。

「なんだか懐かしいね。こうやって二人で歩くのはいつぶりだろう。」

この後のことに緊張して考え込む僕の沈黙。重くなりかける雰囲気を気遣ったKが僕に話しかける。

「そうだねぇ。」

そして僕は自分の世界から無理矢理引き釣り出されてはっとするも、いきなりのことに当たり障りのない言葉でしか返せない。なんだかこの感じが嫌に懐かしい。


 高校時代。当時交際していた僕とK。自転車通学の僕に対して、電車通学のK。お互いが放課になると、二人寄り添って高校の最寄り駅である、綺麗な桜が川沿いに咲く無人駅へ歩いた。いつも何か考え込みがちな僕が黙り込んで、暗く濁った空の遠くの方をぼーっと見つめると、Kは僕の顔を覗き込んで、何かしら楽しい話題を僕にふりかけてくれるのだった。


 「ねえ。なんで灯篭流しなの?」

少し痛い質問をされた。確かにそうだ。僕がKの立場だったら、悲しみに暮れる時にこんな暗いようなイベントに呼ばれてしまったら、怒って来さえしないだろう。かと言って、正直に理由を語ってしまっては、この後の僕の計画が総崩れになってしまう。また悩んで黙り込んでしまった。

「ちょっとー。」

覗き込まれる。呼ばれた。考えた挙げ句、正直に話すことにした。ああ、なんでいつもうまくいかないんだろうか。作戦は失敗だ。

「実はね、あの新歓の日あなたからの電話を受けてからずっと考えていたことがあるんだ。」

「なに?」

「・・・。あなたの泣き顔は少し卑怯だと思うんだ。」

「は?どういうこと?」

「卑怯じゃないか。なんかさ、どうにかしてあげたくなるんだ。」

Kがなにかしら言おうとするのを手で静止する。

「まだ言いたいことはたくさんあるんだ。ちょっとまってて。」

もう空はすっかり藍色。川のライトが光り、あたりはまばらにオレンジを帯びる。

「あれから僕らたまに電話でバカ話をするようになったけど、君は酔ってるときとかすごく楽しようなときがあって、それも卑怯だと思う。あんなに愛くるしくなることはなかなかないんだよ?」

「ないんだよ?って言われてもさ。私にどうしろっていうのさ。」

「どうしろってんじゃないよ。わかってるよ、結局は受け取る側の問題じゃんね。」

話していると、いつの間にかひとがわらわらと集まってきていたようだ。もう、今にも灯籠を流し始めそうな雰囲気だ。構わずに続ける。

「そういう、解決を求めてる話じゃないんだよ・・・。」

Kの頭上にはクエスチョンマークが大きくできている。

「ごめんやっぱいいや。とりあえず見ようよ。」

もう灯篭流しが始まっている。浴衣を着た男女、小さな子供連れの家族やおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいる。僕らも傍から見ればまだカップルに見えるんだろうかとかくだらないことを考えていた。

僕は、一度流れかけた作戦を無理やり実行に移してみた。

「思うんだよね。もう君は僕に興味がない。こう言えば君は否定するんだろうけど、僕はそう思ってる。だから僕はもう君をどうしようとかはないよ。復縁とかさ。だけどどうしても思っちゃうんだよね。思うっていうか反応するっていうか、もはやそういう感覚なんだけど、君と話せば笑わせたくなるし、泣いていれば元気づけたくなるし、会えば抱きしめたくなってしまう。抱きしめるとかはしないけどね。」

「どうしたの急に。あと、興味ないとかじゃないからね。もとからLINEは誰にでもそっけないタイプだしさ。」

「ううん。そこじゃないんだよ。重要なのはそこじゃない。」

「ん?どういうこと?」

「とりあえず続けるね。あの日、君から電話が来た。まるで運命みたいだと最初は思った。でも、話していくうちにそういう感じじゃないなって思った。君の泣き声が聞こえてきた。涙をすする音が聞こえてきた。そうしたら、どうにかしなきゃって使命感に襲われた。」

沢山の灯籠が、脇で流れていく。オレンジ色の光がやんわりと水面を照らしている。鯉が優雅に泳いでいる。僕ら二人は、いつの間にか道で立ち止まって話していたようだ。幸い車が通る場所ではないので、人目は気にせず続けてしまった。

「でも、こんな話俺にどうすることもできないもんだってことも一緒に思った。だからどうしようって。それで、何もできないまま何日何周何ヶ月って時間が流れていって僕も感じた使命感を忘れてた。でも、この前の古河花火の帰りにのぼりを見つけたんだ。この灯篭流しの。灯篭流しって言えば、お盆のご先祖様みたいなイメージがあるけど、調べたらそんなに細かく限定されてるようじゃなかったから、おこがましいとか迷惑だと思われるとは思ったんだけど、嫌な気持ちになったらそっちから断るだろうと、誘ってみた。」

「なるほど、それが私を灯篭流しに誘った理由ってわけね。まったく、あなたはいつも話が回りくどいよね。」

「やっぱりそう思うよね。」

Kを灯篭流しに誘ってからずっと考えていた文句だから、多少文学オタクの感じが出てしまっている感じだろうとは思っていたけど、アドリブで話すと支離滅裂になりそうなのでそのまま話したのだ。

「それでね、もし来てくれたら、話そうと思ってたことがあるんだ。あ、告白とかじゃないから身構えないでね。」

「はいはい。」

Kはそう答えて笑った。とてもかわいいと思った。


桜の木の下で泣いた日をふと思い出した。美しい記憶。思えば僕は、ずっと思い出にすがって、すがって引きずられて生きてきた。あの日だって、僕があの駅に行った理由は高校時代の数少ない思い出を巡って、少しでも虚しい感情が消えればいいと思ったからだった。今だって、Kと連絡を取り続ける理由も、Kへの思いを断ち切れないでいる理由も。いや、思いが断ち切れていないかは正直わからないのだ。今、Kのことをあの頃みたいに大好きですか?と聞かれても、即答でハイ大好きですと言える自信がない。本音を言えばそうなのだ。隣にいればすごくかわいいと思うし、抱き上げたいとか頭をわしゃわしゃ掻きまわしたいと思う。でも好きとはっきり言えないことは、僕の思いが薄れたからなのか、少しおとなになったから言葉の責任感を感じるからなのかわからないのだ。いや、本当の本当を言えば、そんなきれいな理由じゃないのかな。本当は、自分に気がないと言うことが丸わかりな、わかりやすいKの言葉を浴びるうちに、自分がネガティブな感情に飲み込まれてしまったのだろう。素直になれば、きっとそうなのだ。悲しいけど、やっぱり僕は弱い人間なんだな。


 「綺麗だね。」

遠くの方でカップルがにこやかな顔を明かりに照らされて話している。浴衣が綺麗だ。

「灯篭流しって、死者の魂を弔って行う行事らしいんだ。大昔にはほんとに重要視された行事だったのかな。わからないけど、今は割と形式的できれいな景色を楽しむような感じだよね。」

「そうなのかな、初めてだからわからないや。」

「僕も。でさ、あの電話の後。っていうかあれからずっと、連絡とってる間ずうっとさ。言いたくても、君の顔色を伺って言えなかったことがたくさんあるんだ。さっきの卑怯だって話もその一つなんだけどさ。今日、全部言おうと思って。」

「うん。初耳だったねさっきの話。」

「でしょ?じゃあ、話していくよ。」

「はい。どうぞ。」

「まず、僕、多分やっぱり君のことが好きなんだと思う。だけど、君と話すたびに、君の僕への素っ気ないような態度に気が滅入っていしまって、次第にネガティブになってしまって、この好きだって気持ちを、自分でもわからないうちに心の奥の方に押し込めてしまっていたんです。」

「ほ、ほう・・・。」

「それで、じゃあどうしたいんだろうって、どうやれば僕は幸せなんだろうって考えるようになったんだよね。それで、昨日あたりやっとわかったんだよ。ん?違うな。わかったっていうか、気づいたんだよね。」

「うん。それで?」

緊張して、つばを飲み込んだ。ゴクリと大きな音がする。周りの人々は、次第に大きい通りのお祭りの方へ流れていく。人が減って、熱気もなくなっていく。ただただ川沿いの該当が二人を照らす。寂しい蛍光灯の青白い色だ。

「君が、幸せに生きてくれればそれでいいと思ったんだ。これから先の君の人生、色んな人が登場して、そして消えていくと思う。そんな君の人生の登場人物の中の何人か、正確に人数はわからないけど、君と恋に落ちると思う。君ももう二十歳を過ぎて、結婚って言うのが具体的になってくる年齢になってそういう話をこれからの恋人と考える場面も出てくると思うんだ。そんな時に、一瞬でも、今から僕が言う言葉を思い出してもらえたら嬉しい。意外と大人っぽい君のことだから、そんなの当たり前だよって返されるかもしれないけど。」

「なに急に話が重たいな。」

「あなたのことを、幸せにしたいと言う人がいると思います。あなた自身が、この人には私じゃないとだめだなとか思うこともあると思います。でも、結婚を考えるときにはそうじゃなくて、この人と幸せになりたいと、そう思える人を選んでほしい。」

「ん?」

「意味わからないかな?でも、そう思ったんだ。あなたにそうしてもらえれば、俺はそれで救われるかなって。せめてものみたいな。偉そうだしエゴたっぷりの話なんだけどね。」

いつにもなく熱くなって語ってしまっていることは、言葉の合間合間の休憩時間に冷静になって自分を見返すとわかる。Kがじっとこっちを見てる。なんだか見覚えのあるこの光景。両頬に熱い何かが走った。

「まったく馬鹿だねえ。泣きながら思ってもないことを言ってさあ。本音を言えないやつの言うことの意味がわかるわけ無いだろう?」

二人にとって予期せぬ方向からの声。Kも僕も同時に振り返る。暗闇の中に、おばあちゃんが立っていた。


おばあちゃんは、ここらへんに住んでいる人から変なおばちゃんと陰口を叩かれる人だと思い出した。この川辺の青果店を経営している夫婦の、旦那さんの方の母親らしいという話を聞いた覚えがある。僕もよくこの道を通る人間の一人なので、この変なおばあちゃんとも何度か話をしたことがある。一番最近話した時の記憶では、おばあちゃんは、

「私が若かった頃は、かわいいかわいいって色んな人に言われたもんだけど、結局おじいちゃん(このおばあちゃんの夫にあたる)の言ってくれる褒め言葉は飯がうまいってことだけだったんだよ。でもね、あの人は恥ずかしがり屋だったから。他の男どもが言ってる落とし文句が気に食わなかったんだろうねぇ。ジジババになって、だあれも私をかわいいなんて言わなくなったら、急にお前はすごくかわいいなあって一度だけ。言ってくれたんだよ。」

この話を、五回ぐらい僕に話してくれた。このおばあちゃん、もとは何も変な人ではなかった。つい最近、ボケてしまって変な人だとか、そんな悪口を言われるようになってしまったのだった。僕は、そんなおばあちゃんの雰囲気がすごく好きだった。それに、その顔にたくさんできたシワの向こうを覗き込むと、とても美人な顔が隠れていることがよく分かるとも思っていた。


 「誰?あの人。」

Kがこっそりと僕に耳打ちした。僕は、青果店のおばあちゃんとだけ言った。おばあちゃんは、曲がった腰をそのままにゆっくりとKの隣に立った。

「もう、こんなに悲しそうな顔を見てないのかい。馬鹿だねえ。こんなに近くにいれるのに、顔も見れないのかい。」

そう言うと、おばあちゃんはまたのそのそ歩いて行った。この言葉がどちらに言われたものなのかは、僕にはわからなかった。Kはポカンとした顔をしておばあちゃんの後ろ姿をじっと見ていた。多分、僕も同じような顔をしていたことと思う。

 そのまま何秒経ったろう。僕とKはほぼ同じようなタイミンでまた顔を見合わせた。でも、二人はさっきとは違う思いだったと思う。おばあちゃんの言葉に目を覚ましたように、お互いの表情を舐めるように見た。Kは、

「寂しそうな顔してるね。」

と言った。僕は、涙で赤くなった目をこすりながらそうかなあと返した。

「あのおばあちゃん、すごい人なんだろうね。私すきだわあ。」

僕は何も言わずにKを見ていた。おばあちゃんに話を流されてしまったようで、この後どうしようか悩んでいた。

「帰るか。」

ボソリと呟いた。Kが僕の顔を覗き込む。

「あなたはほんとにどうしようもないわあ。おばあちゃんがどっちの味方してたか、わかんないん?」

Kの顔がキラリと光った。少し眩しく感じて瞬きをした。

「ちゃんと、見てないくせに。ちゃんと見てくれてないくせに、本音も言わないくせに偉そうなことだけ言って。自分の気持ち押し殺して人の幸せ願おうとしてんじゃないよ。」

「え?なんで怒ってるの?」

「最初、灯篭流しって聞いてめっちゃイラッとしたわ。でも、なんで来たと思う?幸せになりたい人と結婚?そんなのわかってるんだよ。お前がその人になってくれればそれで済むんじゃないんか。結婚のこと気にする前に、私がどんな人と結婚するか考える前に、まず他の人に取られないようにしてみろってんだよ。」

突然に、泣きながら怒るKを前に、僕は驚いて、数秒言葉を失った。

「え?どういうこと?」

「なんでお前に興味ないのにお前とデートするんだよ!それともなにか?ちゃんと好きって言わないと何もわかんないのか?あなたはほんとにこういう話になると鈍感だよな。」

「いや、そんなわけ無いじゃんだって。」

「そんなわけないじゃんとかじゃないから。」

「おかしいでしょだって。」

「おかしいだと?」

「だって・・・」

「で?どうするんですか?」

「どうするっていうと?」

「付き合うんですか?付き合ってくれないんですか?」

なんでKはこんなに怒ってるんだろう。

「ぜひ。」

返事を聞いてからのKはとてもおもしろかった。手のひらを返したように態度が変わり、寄りかかってきたり、覆いかぶさってきたりして甘えた。僕の手を引いて、スキップでもしそうな勢いで小走りで駅に向かった。駅のホームで、電車に揺られて離れゆくその瞬間も、ニコニコ笑って手を降ってきた。


 今度は一人、ゆっくり自転車を漕いでさっきの川沿いを歩く。おばあちゃんの言葉を思い出していた。「悲しそうな顔」その顔の持ち主を、そこで理解した。僕はどうして、ただだらだらとKに悲しそうな顔をさせていたんだろう。鼻歌を歌う。斉藤和義の大丈夫。そんな気分だった。ふと、おばあちゃんのいるはずの青果店を覗き込む。シャッターが閉まって、電気もついていないようだ。もう寝てしまったんだろうと思った。

僕はこれから、他の人が、どんなに多くの人がKをかわいいと言っても、それを全部足しても勝てないくらいの、たくさんの「かわいい」をKに浴びせてやろうと思った。


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