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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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09 遠州久遠は物語る



 その日の夜。

 訓練を終え、自分の家に戻った久遠は、スマートフォンを手に、パジャマ姿で戻って来た。



「よし久遠、補習だ。年頃の女の子が一人暮らしの幼馴染の家に、パジャマ姿で入っていくところを近所の人に見られた場合、その幼馴染は一体どうなってしまうか、ちょっと考えてみろ」


「その女の子と結婚する……かな?」


「いろいろ突っ込みどころはあるが……最終的な結果としてありうる未来ではあるからよしとしよう。なら、俺がお前と結婚するような結果に至る可能性のある行為を、久遠、お前はなんでやったんだ」



 俺の言葉に、久遠はかくり、と首を傾けて。



「……望む所だから?」


「よし、そこに座れ久遠」



 リビングまで引きずっていき、ローテーブルを指さす。

 久遠はテーブル脇のソファにちょこんと座った。そこじゃねえよ。

 仕方なく、俺は向かい側の座椅子に座る。



「お前な、不用意だし無防備だし思慮が足りな過ぎる! 絶対計算でやってないだろうとは思うけど、もしお前がこれを計算づくでやってたとしたら、今後お前とのつき合い方を考えるからな!」


「……大人のつき合いに?」


「違うよポジティブに取りすぎだ! 縁を切るとは言わないまでも、距離をとるってことだよ!」



 そう言った瞬間。久遠は虚脱して表情を失い。

 ぽて、と、ソファに倒れた。顔が蒼白だ。



「お、おい……」


「ごめんなさい。なにが悪かったのかわからないけど、ごめんなさい。刹那に見捨てられたら、ボクは死ぬしかない……」


「おい、落ち着け久遠。落ち込み過ぎだ久遠。言葉のあやだよ。べつに見捨てやしないさ。お前あんだけ鋼メンタルしてて、なんでこんなことでヘコんでんだよ」



 俺が言うと、久遠は跳び起きて、俺の真正面――ローテーブルの上に座った。近い近い。



「おい久遠、近すぎて落ち着かないからすこし離れろ」


「すまない。すこしだけ側に居させてほしい。側に居ても嫌がらない姿を見せてほしい。安心させてほしい」


「なんだ、大げさにもほどが……」



 いや、大げさじゃない。実際不安なのだと気づいた。


 心を失ってから、久遠は図太くなった。

 事実、そうなのだろう。


 ただそれは、心を失い、相手に共感する能力を失ったから。

 自分の言動を相手がどう受け止めるか、想像する材料として、理屈以外のすべてを失ってしまったから、久遠は理で押すしかなくなったのだ。


 想像してみる。

 話す相手が、どんなリアクションをとるか、まるで想像できない相手を。

 生まれが違い、育ちが違い、言葉が違い、宗教が違い、人種が違う。そんな相手と話す不安を、話してもまるで理解できない恐怖を、久遠はすべての人間に対して感じているのかもしれない。


 いや、不安を感じる心すらない久遠が覚えているのは、絶望的なまでの危機感だけ、なのかもしれないが。



「安心しろ。なにが起こったとしても、俺はお前の味方だよ」



 そうだ。心のない久遠に悪意なんてあるわけない。

 ただ、上手くやれていないだけなのだ。心を失ったから。


 そんな彼女を支えてやれるのは、久遠のヒーローである、俺だけだ。



「ありがとう、刹那。キミに対して、ボクはどんなお礼をすればいいのか……」


「礼ならもう貰ってるさ。俺をヒーローだと思ってくれている、それだけで十分だ。だからパジャマを脱ぐな。下着をつけろ。にじり寄るなあーっ!」



 久遠が変わってしまって数日。

 こんな彼女に対する距離感は、まだ掴み切れない。







 とりあえず、どたばたは落ち着いた。

 ローテーブルを囲み、淹れてきたコーヒーに口をつけながら、あらためて久遠に問う。



「そういえば、久遠。なんの用で戻って来たんだ?」


「そうだ。刹那に見てほしいものがあったのだ」



 言って、久遠はスマートフォンをテーブルの上に置いた。



 ――そういえばスマホ片手に来てたなこいつ。



 画面を見ると、メールのメッセージ画面が開かれている。


 差出人は、“刑事(アイドル姉)”。

 わからんでもないが、なぜ登録名をひねった。



「というか、アドレス交換してたのかよ。いつの間に」



 日曜日、刑事さんに渡された電話番号は、俺が持ってたはずだが。



「今日のことだ。番号は見て覚えていたので、コールしてアドレス交換した」



 マジか。記憶力半端ないな。

 そういえば久遠のやつ、テストの成績はよかったな。

 コミュ障気味でもあったから、授業評価自体はそれなりだったみたいだが。


 感心しながら、ふたたび画面に目を落とす。

 件名は、“美少女ちゃんへ”あの刑事はあの刑事で、久遠の名前覚えてやれよ。


 文面は……逢坂市連続猟奇殺人事件について。

 事件のあらましが、文章としてまとめられている。


 情報量としては、けっして多くない。

 ネットやテレビでやっているほど、深く考察されているわけではない。多くの可能性を示しているわけではない。


 ただ事実を淡々と。

 明快にまとめているだけだ。

 わかりやすく。ただわかりやすく。まるでなにかに気づいてほしいとでもいうように。



「……こんなもの送ってきて、あの刑事どういうつもりだよ」


「友好のあかし……ではないかな」


「なら賀古みらいの情報を送ってくれればよかったのに。プライベートな写真とか」


「それは刹那の趣味だろう」



 ジト目はやめてください。

 お前の表情は大げさすぎてドキッとするんだよ。



「じゃなくて、あの刑事さんとは“黄泉返り”の情報を共有する約束をしたわけじゃないか。なのに送られてきた情報は“人狼”に関してって、変じゃないか? 中学生時代の賀古みらいの写真とか送ってくれてもいいじゃないか」


「……いま、刹那の危険な嗜好を垣間見た気がする」


「違う。俺はただの巨乳好きだ」


「ボクのなら、存分に触ってくれていいぞ」


「ありがとうございます……じゃない。そんな雑な誘惑に釣られねえよ!」


「しっかり触ってからそう宣言する刹那の器量は、もしかしてとてつもなく大きいのではないかと思えてきた」



 ふう……熱いコーヒーを口にして、息をつく。

 久遠は、不満を示す表情なのだろう。ほほを膨らますと、無表情に戻って口を開いた。



「刹那。しかし、あの刑事が“人狼”についての情報を送って来た理由は、明白ではないかと思う」


「どういうことだ?」


「簡単だ。あの刑事はちゃんと“黄泉返り”についての情報を送ってきてくれたのだ……つまり」



 久遠は言った。



「――“人狼”は“黄泉返り”だ」



 ……たしかに。

 飢えた熊の仕業かと疑われるような、獣じみた犯行。

 あれが、“黄泉返り”特有の異常な執念から来るものだったとすれば……納得ができる。



「あの刑事は、そう推測したのだろう。だからその情報を、第一に共有してくれた。危険な同胞について、忠告してくれたのだ」


「そこまで推測できるお前が、一般常識についてまったく抜けてることが疑問なんだが……」


「理屈で解くのは問題ないのだ。相手のアクションを分析することも問題ない。だが、感情が絡むと無理だ。読みがズレる。理解出来ない。だからいまの推測も、正確じゃないかもしれない」



 それを聞いて、考える。

 久遠の推測に破たんはない。

 賀古みらいについてよりも、“人狼”についての情報を優先して送って来たのも、その危険性を考えれば間違いではない。

 妹の情報を送らなかったのも、一度に複数の情報を送ることによって、メッセージの焦点がズレる危険を避けたと考えれば、理解できる。



「……いや、久遠の推測は間違ってないと思う。“人狼”は“黄泉返り”だ。そして“人狼”の持つ衝動は、殺人に――猟奇殺人に繋がる危険なものだ」



 あらためて、メッセージに目を通す。

 獣の爪、あるいはそれに類する武器による惨殺。

 相手を切り裂き、撒き散らし……野生の獣が獲物をもてあそぶようにして、殺す。


 被害者となった大柄な男性などは、特にひどい。

 おそらくは体格に見合ったタフネスが、かえって災いしたのだろう。

 それを考えれば、小柄でインドアゆえにスライム並の耐久力しか持たない久遠は、背後から、ただの一撃。まだしも楽に死ねている。


 それが救いだとは、思わないけれど。



「……刹那、ひとつ、物語をしようと思う」



 と、久遠は唐突に言いだした。



「物語?」


「ああ、物語だ。推理ではない。当て推量ですらない。心のないボクが、相手の気持ちを推し量る事なく乱暴に、勝手に、一方的に、事象を繋げてこじつけ、ひとつにまとめ上げた、それだけの――物語だ」



 物語、と聞いて、どこか納得する。


 遠州久遠には心が無い。

 心が無いから他人の心がわからない。

 思いやることが出来ない。推理することが出来ない。


 だけど、久遠には物語がある。

 滝口刹那をヒーローとした、遠州久遠をヒロインとした、膨大な量の物語が。

 それを作るために読んだであろう、さらに膨大な量の、物語の記憶が。記録が。



「それが真実に迫っているか、ボクではわからない。だから聞いてくれ、刹那。ボクが作った物語を。“人狼”に関する、一連の物語を。ある姉妹の物語を」



 宙に描くように、久遠は両手を広げ――語り始める。



「その物語の……タイトルは?」



 俺が尋ねると、久遠は口の端をつり上げて。使う場面を間違えた悪魔の表情を浮かべて、言った。



「“誰か止めて”、だ」




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