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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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06 ひょんな出会いが訪れる



「――ちょっと、そこのとっても仲良しなお二人さん?」



 ふいに、背後から声をかけられて、一瞬びくっとなる。

 場所は事故現場前。ちょうど久遠の手を取って居る場面。

 わりと真剣やってるところを見られたと気づいて、のたうちまわりたくなるほどの羞恥が込み上げてきた。


 恐る恐る振り返る。

 吉祥公園の垣根の陰から、現れたのは、中折れハットを目深にかぶった、スーツ姿の年若い女性だった。胸でけえ。



「は、はい。なんでしょう?」



 動揺しているせいか、思いきりどもってしまった。

 女性は獲物をみつけた猫のように口元をつり上げて、腰元から黒い手帳を取り出した。縦開きの下側には警察のエンブレム。上には、一部指で隠れてはいるが、あきらかに彼女らしき写真。



「いやあ、お姉さんは――見ての通りの人間なんだけどね? 人が休日返上で事件の捜査してるのに、捜査現場をダシにしてイチャイチャしてる若造どもが居たから、嫌がらせかてら、職務質問かましちゃおうかと思って声をかけたわけだけど」


「ぶっちゃけすぎだ!?」



 しかも殺人の捜査って、この人刑事かよ世も末だなおい!?



「はっはっは。というわけでバシバシ答えたまえボーイ。キミたちこの近所の子? 学校はどこかな? いまデート中? つき合ってどれくらい? もうヤった?」


「後半ー!? もう最後の方あきらかに職質とは関係ないんですけどー!?」


「遠州久遠。家は郵便局を越えて二筋先です。千字文高校せんじもんこうこうの二年生です。幼馴染で散歩中です。ヤってはいません」


「久遠もなんで律儀に答えちゃってんの!?」


「はっはっは、なかなか気持ちいい受け答えだね美少女ちゃん――気に入った!」



 にい、と口元をつりあげた女刑事は、くい、と中折れハットのツバを持ち上げた。

 現れた顔は、とんでもなく美しく、輝いていて――ん? この顔、どこか見覚えが……



「――ん? うえ!?」



 気づいて、思わず声をあげる。



「……賀古みらい」



 久遠がつぶやくように言った。


 賀古みらい。

 逢坂市が生み出した現役アイドルにして、旅客機自己から唯一の生存者となった悲劇のヒロイン。



「自宅で療養中って話だったのに、なんで?」


「抜け出して来たのさ!」



 びしぃ、っとポーズをとる女刑事。


 というかその格好コスプレなのかよ! 捕まるぞ!



「――ってのは冗談でね、賀古みらいは、いまも入院中。お姉さんはみらいの姉、だったりするんだけど」


「ただの一般人だった!?」


「一般人じゃない! れっきとした警官です! コスプレじゃありません!」


「ならなんで意味ありげに素顔をさらしたんだ!?」


「ちょっと驚かせようと思って!」



 ダメだこの刑事。

 というか賀古みらいの姉って年いくつだよ。

 警察で刑事部なら、若くても二十代中盤は行ってるはずだぞ。賀古みらいが今年19だから、けっこう年離れてるな。



「いぇいいぇい! みんなありがとー! みらいだよー!」


「うわキツ」


「うわキツとか言わないでよ傷つくでしょ!?」


「アイドルでも何でもない若造りのお姉さんがやってるかと思うとよけいキツいよね……」


「若造りとか言わないでよたしかに二十歳はちょーっと過ぎてるけど! ……おっかしいなあ。これ職場でやったら大ウケ確実なんだけど」


「そりゃおっちゃん相手ならウケるでしょうとも」


「し、辛辣すぎる……おかしい。ちょっとウケをとりたかっただけなのになんでこんなに傷つけられてるの?」


「いや、ちゃんと仕事しましょうよ」


「仕事をしながらウケも取りたかったんだよう……」



 関西人か。

 常にいかにウケるか考えてて、話をすればオチをつけずにはいられない関西人か。



「いや、でもお巡りさんてぶっちゃけ地域の人たちとのコミュニケーションが仕事みたいなもんよ?」


「殺人事件捜査してるならあんた刑事部の人でしょうが」


「突っ込み厳しすぎるぜうぉい……まあ、ちゃんと捜査もしてるんだけどね。いまはとにかく情報が欲しいって感じなんだ。キミたちも、なにかあったらお姉さんの所に連絡くれないかな?」



 言いながら、刑事さんは電話番号をメモ書きして渡してくる。


 いいのかこれ。

 頭をかきながら、メモを受け取る。

 まあ人狼を捜査してる刑事さんだ。必要になることがあるかもしれない。



「わかりました……ところで、刑事さん、さしつかえなければ教えてほしいんですけど」


「うむ。なにかね」


「“人狼”はなにを思って、こんなかたちで人を殺し続けてるんですかね」


「さあ」



 さわやかに微笑んで、刑事さんは応える。



「テレビでもネットでも、専門家の犯罪者分析プロファイリングでも、いろいろと言われては居るよ? でも、本人の口から聞いてみなけりゃ、本当のことはわからない」


「……そうですか」



 彼女は、嘘は言ってないだろう。

 答えようがないってのは、真実には違いない。

 けど、なんだかはぐらかされてる気がする。まあ警察が捜査情報をほいほい話すわけにもいかないんだろう。



「ま、それこそ――テレビやネットで言われてる通り、犯人は異常者で偏執狂でおまけに怪力だ。お姉さんとの縁が出来たからって、キミたちは無理して独自に捜査する必要はない。犯罪者は現場に戻る傾向があるのは知ってるね? 気軽に殺人現場に来るのは感心しないし、ましてや夜にあてもなく出歩くなんて絶対にやっちゃだめだよ?」


「……そんなに念押ししなきゃいけないほど危険、ですか」


「うん。かなり危険かな。それに、せっかく知りあったんだから、また無事な姿で会いたいじゃない?」



 物騒なことを言う。

 違うか。物騒な件に関わってるんだから、そんな言われ方をするのも当然か。


 ちらと隣の久遠を見る。

 無表情でこちらを見てるのは、自身の“死”――人狼についてもっと知りたいということだろうが、これ以上は無理だろう。

 久遠がこの現場で殺された人間だと明かせば……だめだな。心を失ったとはいえ久遠は生きているし傷は治ってる。血液鑑定をすればわかるだろうが、そこに持って行ける信用を得るに足るものが、いまの俺たちには無い。



「じゃあ、またね。彼女ちゃんも」



 そう言って、婦警さんはひらひらと手を振る。

 このまま居座るのも不自然なので、久遠と視線を合わせて、現場を離れることにした。







 刑事さんと別れた後も、しばらく散歩を続けた。

 いつのまにか久遠は普通に歩けるようになっている。

「筋肉痛も治った」と言っていたが、やせ我慢してるだけだろう。治るにしては早すぎる。


 家に戻ったのは昼前だった。

 昼食のカレーを食べ終えると、俺たちはあらためて“人狼”について調べることにした。

 久遠の殺害現場を見て、あの刑事さんと出会って、事件の詳細が、いまさらながら気になってきたのだ。


 といっても、その手の情報を探す要領が、俺にはいまいちわからない。

 その点久遠はネットにくわしいし、慣れている。家からノートパソコンを持ってくると、スマホをいじりながら、リビングでカタカタとやり始めた。その動きはたどたどしいが、迷いがない。


 逢坂市連続殺人事件。

 5月21日の最初の惨殺を皮きりに、26日、28日、6月3日。計4件。犠牲者は4人。そして5件目、久遠が襲われたのは一昨日6月5日。

 場所はすべて泉下町内。それも市役所など多くの施設が集まる葦原あしはら駅前付近に犯行現場が集まっている。5件目の久遠のケースだけすこし離れているが、まあこのあたりも中心部の範疇だろう。



「遺体はすべて鍵爪状の武器により、非常に強い力で引き裂かれており、第一の事件が発生した当初は、迷い込んで来た熊の仕業かと疑われていた……が、事件が続く中、近辺に熊の活動痕跡は見当たらず、現在では人間による犯行と断定されている……か」



 久遠が見つけた、事件をまとめたサイトの情報を読み上げる。



「捜査関係者によると、犯人は不特定多数の人間に強い殺意を抱いており、身長は低いが非常に力が強い人間らしい……まあ、どこまで信じていいものか、わかったものではないが」


「誰彼かまわず殺したいってのは、ぞっとしないな。刑事さんが注意を促すわけだ……でも身長が低いってのはなんでわかるんだ?」


「切り裂かれた角度なんかでわかるらしいな。あいにく、その時の感覚など記憶に残っていないが」



 いや、残念そうに言うなよ。

 自分が殺された感覚なんて、忘れてよかったと思うぞ。

 生の実感を得たいからこそ死に興味を持つってのは、なかなか厄介な性分だ。



「“人狼”……いったいどんな人間なのだろうか」


「期待する風に言うな。というか、いま気づいたけど、夜回りして“人狼”を探すのは無理だぞ」


「いや、ボクもそこまで無謀ではないんだが……なぜだ?」


「この事件、警察がかなりの規模で捜査中だ。夜に出歩けば高確率で警察官に出会う。そして説教される」



 私服の警官だと一般人と見分けがつかない。夜ならなおさらだ。

 警察の目を逃れながら“人狼”探しなんて、無理ゲーにもほどがあるだろう。幸い久遠にその気はないようだが、一応念を押しておく。



「なるほど」


「まあ、行きがかり上、事件について調べたけど、まずは日常生活を送れるようにならないとな。そのための練習が最優先だ。明日はもう学校だぞ」


「といっても、体の動きは、我ながらスムーズになったと思う。歩行も及第点だろう。他になにがある?」



 無表情で首を傾ける久遠に、俺は頭をかきながら言った。



「そうだな。とり急ぎ、表情を作る練習……かな」



 正直、いまから苦戦の予感しかしない。





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