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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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05 静かな街をぎくしゃくと


 翌日、日曜日の朝。

 久遠は生まれたての小鹿のような足取りで起きてきた。

 昨日一日かけての特訓で、ギリギリ一般人並の動きになっていたのに、まるで一昨日にもどったかのようなぎこちなさだ。



「どうしたんだ久遠」



 尋ねると久遠は「筋肉痛らしい」と答えた。


 そういえばこいつ、完全インドアだったよな。

 昨日は遅くまで体を動かす練習をしていたが、全然平気そうな顔してたから忘れてた。

 というか、俺の10kgのダンベルをひょいひょい持ち上げる人間に、そんな気遣いが必要だとは思わなかった。



「実は今朝も早くから練習していた」



 ストイックかよ。

 筋肉痛だったろうによくやるな。



「このざまで言うのもどうかと思うが、明日は月曜日だ。それまでに歩く訓練をしておきたい」



 久遠が熱心に主張するので、朝食を食べてから、近所を散歩することにした。

 先に歩行の訓練をやっとくべきだったか、とも思ったが、よく考えれば一昨日みたいな不自然極まりない歩き方で近所を徘徊するとかダメでしょ。完全に不審者だ。


 そして。



「……なあ、久遠。やっぱ帰らないか?」


「大丈夫だ。問題ない」



 足をぷるぷるさせながら久遠は主張する。

 百歩譲って久遠本人に問題がなくても、こんな状態の美少女を引き回してる俺の外聞には多大な問題がある気がするのだが、久遠はそこまで気が回ってなさそうだ。


 時間は午前9時過ぎ。

 日曜の朝だが、幸いなことに人の往来はない。

 この状況でご近所さんと出くわせば、とてつもなく面倒なことになりそうなので、ラッキーではあるんだが。



「……それにしても人が居ないな。この時間なら、人とすれ違わないほうがおかしいんだが」


「そうなのか?」



 不審に思ってつぶやくと、久遠は不思議そうに首を傾ける。



「そうなのかって……そりゃ日曜なんだし、ここは人の多い住宅街だぞ。つーかお前も地元なんだから知ってるだろ」


「ボクは、休日は基本、家に引きこもっていたからな」


「そういや回覧板とか自治会の用事以外で、休日にお前見たことないな……一日中家に居てなにやってんだ?」


「物語を書いていた」


「物語……ああ、あの小説か」



 黒い帳面に書かれていた、久遠の小説。

 俺がヒーローで、久遠がお姫様の……久遠の想いが込められた物語。

 朽ちはてた俺の夢に新たな命を芽吹かせた、俺にとっても大切な存在……なのだが。



「あれ、昨日全部読んだんだけど、刹那がヒロインの胸を、ことあるごとに凝視してるのはどういうことだよ」


「モチーフに忠実なんだろう」



 一切文句が言えない。

 いや、見るよね? 普通だよね? 普通なことを強調して書くことないよね?



「ちなみに別の小説もネットに投稿していた。主人公は刹那だが」


「刹那くんが全国区に!?」



 え? 秘めた想いじゃなかったの? なんで公開してるの?

 趣味嗜好が赤裸々に吐露されてましたよ? 公衆の面前で全裸になるようなものですよ? 露出狂なんですか久遠さん!?



「アクセスを解析するに、海外の人もそれなりに読んでいるようだ」


「刹那くんがワールドワイドに!?」


「熱心なファンも居てな。“夢の国のげっ歯類”さんなどは、お腹一杯になるほどのキャラ語りで感想欄を埋めてくれるのだ」


「刹那くんよりワールドワイドっぽい名前の人に評価されてる!?」



 ものすごく気になるので、一度見てみよう。

 それにしても、悶絶ものの黒歴史をカミングアウトしているのに、本人は平然としてやがる。無敵かよ。事故に遭う前の久遠なら、金切声を上げながらのたうち回ってるぞきっと。







 それから、雑談しながら近所をぶらついていると、ふいに通りの影から、人が飛び出してきた。


 ミキ丸だ。

 ランニング中らしく、ジャージ姿だ。

 こっちに気づいたのか、ミキ丸は方向転換して、笑顔で近づいてきた。



「やあ、刹那くん。こんなところで会うなんて奇遇ですね!」


「いや、奇遇も何も……お前、ひょっとしてここまで走って来たのか? お前ん家駅ひとつ向こうだろ?」


「ええ。ちょっと気になることがあったの……で……」



 言いかけて、ミキ丸は固まった。

 その視線は、俺を飛び越えて、背後の久遠に向けられている。。

 当の久遠は、ひょこりひょこりと近づいて来て、ミキ丸から隠れるように、俺の背後にぴたりと憑いた。



「……あのー。刹那くん。つかぬことをお聞きしていいですか?」


「ああ。なんだ?」


「後ろに居る子、遠州さんですよね? あなたの幼馴染の」


「おう」


「なんというか、あなたに対する距離感が、幼馴染と定義していいか、よくわからない感じだった遠州さんですよね?」


「そうだな」



 答えると、ミキ丸は、しばし思考停止したようにフリーズして。



「この土日になにがあったんですかーっ!?」



 怒涛の勢いで詰め寄って来た。



「――なんですその距離感、あり得なくないですか!? 完全に恋人距離じゃないですか! しかも、なんだか内股気味で歩きにくそうにしてて……なんだかものすごく勘ぐっちゃうんですけど!? わたしちょっと涙目なんですけど!?」


「待て。落ち着け。よくわからんがお前誤解してるぞ」


「ちゃんとわかってくださいよこの朴念仁! ……ごめんなさい、いまちょっと混乱してます。冷静に話を聞ける気がしないので……明日! 明日学校でよーく聞かせてください! きっとですよ!」


「お、おい」


「それから、昨日の今日なんですから、気をつけてくださいね! 日中だからといって、完全に安全ってわけじゃないんですからねーっ!?」



 怒涛のごとくまくしたてると、ミキ丸は去っていった。

 嵐のようだった。


 思わず背後の久遠と顔を見合わせる。

 わけがわからない。



「いったいなんだったんだ……」


「わからないが……三木真里絵。彼女は“昨日の今日”だと、“だから危険”だと言った。それが気にかかる」



 ミキ丸が最後に言っていた言葉だ。

 たしかにそれは気になった。何もなければ、あんな言い方はしない。



「昨日……俺たちが学校を休んでいる間に、なにかあったと?」


「いや、おそらくは……刹那、確認に行ってみようか」



 久遠は言って踵を返す。

 おぼつかない足取りながら、はっきりと目的地のある歩き方だ。



「確認? 行く? どこへ?」



 小走りで追いかけながら、尋ねる。



「吉祥公園の前あたりだ。たぶん三木真里絵も、そこへ行っていたのだろう」


「吉祥公園? なんでミキ丸がそんなとこに?」


「わからないか? そこが現場だ。ボクが襲われた・・・・・・・



 久遠の言葉を聞いて、ようやく繋がった。


 今朝から通りに人の姿がない理由。

 ミキ丸がランニングコースを変えて、ここまで来た理由。

 久遠が殺され、生き返ったその場所は、雨でも洗いきれないほどに、血まみれだったらしい。なら、そこに死体はなくても、事件現場と判断されるには十分だったに違いない。







 吉祥公園は、俺たちが住む住宅地――清涼台せいりょうだいの中にある小さな公園だ。

 高校へ行く時、必ず公園の前を通るので、俺にとっては見慣れた場所だ。


 だが、よく見知ったはずの公園前に、見覚えのない物があった。

 歩道のど真ん中に、コーンで囲われ、進入禁止になったスペースがある。

 その部分は歩道が赤黒く染まっていて、何ヶ所かに、警察が書きこんだのだろう符合かなにかが書き込まれている。



「ここが……」


「ああ。ボクが襲われた現場だ。雨で洗われたとはいえ、あれほどの血だまりだ。昨日の朝は大騒ぎになっただろう。連続猟奇殺人に関係している可能性のある現場だ。警察も大勢来たに違いない。ひょっとして報道関係者も来ていたかもしれない」


「だからミキ丸も気になって、ここまで足を伸ばしたってわけか……」



 まあ、あいつのことだから、万一襲われたら返り討ちにしてやる。くらいの、半分犯人探しのつもりもあったのかもしれないけど。

 ミキ丸なら本気でやりかねないから困る。



「しかし……」



 と、久遠は自分の血痕をながめて、つぶやく。



「――これがボクの“死”か」


「なにか、感じるものがあるか?」


「いや。生き返った――と言っていいかわからないが、いまとなっては“遠い”。他人事のようにしか思えないな」


「そうか」



 俺はけっこうドキッと来たけど。

 血ってのはやっぱり命を連想させるし、痕跡とはいえ致死量の血だまりを見れば、どうしても“死”を意識してしまう。


 久遠は地に広がった血痕を、なおもじっと見る。

 それから、自分の手のひらを見て、静かにつぶやいた。



「……いまのボクは死からはるか遠い。だが、はたして生きているのだろうか?」



 突き放すような冷たさに、うそ寒いものを感じる。

 久遠は感情を無くした。想いを無くした。感覚を無くした。

 そんな状態では、自分が生きているかどうか、それすらわからないのかもしれない。


 だが、俺は久遠が生きていることを知っている。



「思いつめんなよ、久遠。そもそも生きてる実感なんて、俺だってよくわからないんだからな」



 ここ最近は特にそうだ。

 自分で自分の可能性をあきらめてしまったから。



「――だけどな、お前を手伝ってると、やりがいみたいなのを感じるんだ。迷子になってた自分の価値を、感じることが出来てるんだ」



 だから、俺は久遠の手をとり、話す。



「焦らず行こうぜ、久遠。いっしょにな」


「……ああ」



 俺の言葉に、久遠はすこしだけ、口の端を綻ばせた。

 いつもよりほんの少し“近い”、そんな微笑だった。




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