28(終) 二人の詩を描いていこう
目を覚ます。
朧な視界いっぱいに、満天の星空が広がっている。
月の蒼い光が、すべてを包み込むように照らしていて、まるで月世界に居るような錯覚を覚えた。
――ここは。
一瞬、自分がどうしてこんな状況にあるのか、戸惑って。
地面が揺れた。同時に、視界にふたつの大きな山が入ってきた。
おっぱいだ。そして膝枕だ。
「目が覚めたか」
山と山の間から顔をのぞかせたのは、久遠だった。
「……久遠」
身を起こしかけて……自分が動けないことに気づいた。
体が、鉛のように重い。重いだけじゃなく、疼きにも似た鈍い痛みが、全身のいたる所で自己主張している。まぶたが腫れてるのか、視界も半ば潰れてる。
そうだ。
俺はミキ丸と戦って……それから力尽きて、倒れてしまったんだ。
「……ミキ丸は?」
「消えた」
「そうか……」
痛みを感じながら、深く、息を吐きだす。
ミキ丸は死んでいた。もうずっと前にだ。
でも――だからといって、四年ほどの間を共に過ごした少女に、愛着を感じないわけがない。
ミキ丸がやったことは許されないけど、それでも、俺がミキ丸にあこがれた、その想いは残っている。友達だったと、好敵手だったと思っている。
そんなかけがえのない少女が死んだ。
もう二度と会えない。俺が、引導を渡した。
「……刹那。泣いているのか?」
「泣いて、ない」
目尻から、熱いものがこぼれて落ちる。
ミキ丸はとっくの昔に終わっていた。
化物として、怨霊めいた執念を抱えて生きるよりも、終わらせてやるのが正しかった。
最期に至る戦いの間、ミキ丸は満足していた。輝いていた。残された最後の感情を燃やしつくして、まぶしいまでに――生きていた。
なのに残された、送り出した俺の心は、悲しみと罪悪感でいっぱいになっている。
「……ボクも」
久遠が、ふいにぽつりとつぶやいた。
「――いつかボクも、三木のように消えて行くのだろうか」
どきりとして、思わず久遠を見上げる。
虚空に視線を送る久遠は、ミキ丸の死について思いを馳せているようで……その表情は、死に魅入られている者のそれに見えた。
想像してしまう。
生の実感を望む、その想いが歪み、死を嗜好する久遠の未来を。
死にとり憑かれて。死を与える形に体を歪め。死を撒き散らす形に存在を歪め――そして破滅する、久遠の姿を。
「それは……困るな」
そんなことは、耐えられない。
だから俺は、無理やりに笑顔を作って、久遠に抗議する。
「お前のヒーローでいることが、俺の夢なんだ。俺が俺である意味なんだ。だから勝手に満足して消えるなよ――頼むから」
「……うん」
俺の表情をみつめて、久遠はうなずく。
「困らせたならすまない。ちょっと三木がうらやましかっただけだ。この、衝動が……消えるほどの満足感など、ボクには想像も出来ないことだから」
久遠は、じっと己の手を見る。
“生きたい”という想いは。
生の実感への渇望は、いまも久遠を苛んでいるのだろう。
その渇きを、しかし俺は、完全に満たしてやることは出来ない。
俺は久遠に生きていて欲しい。たとえもう終わってしまった命だとしても、すこしでも長く繋ぎとめていたい。
「生きろ……生きてくれ、久遠。出来るだけ長く……その間ずっと、俺がつき合ってやるから」
心からの望みを、口から紡ぎ出した。
久遠は、驚いたように、すこしだけ目を見開いて。
「……刹那、いまボクは、かなりうれしい」
そう言って、俺の頭をぎゅっと抱え込んだ。
ちょ、おい、胸が! 顔がやわらかくて素敵なものに包まれてるんですけど!?
「いや久遠。久遠先生? いまはちょっと感傷に浸ってたいんで、そういうのはちょーっと自重してほしいんですけど?」
「やだ。離さない」
抗議の声をあげると、久遠は逆にぎゅっと胸を押しつけてくる。
感触が幸せすぎてやばい。体が動けないから脱出は不可能だ。体が動いても脱出は不可能だ。この柔らかさには抵抗できない。
「……お願いだから、もう少しこのままでいさせてほしい。すごく、落ち着くんだ」
甘えるような久遠の声に、俺は抗議をあきらめた。
今晩の出来事は、久遠にとっても、重いものだったに違いない。
久遠が心細さを感じているのなら、彼女のヒーローたる俺は、黙って受け止めてやるべきだろう。俺もそうして、久遠に救われているんだから。
――おまえさんも、つくづく鬼に魅入られる性質らしいな。
星空の下。久遠の腕の中で、師匠の言葉を思い出す。
たぶんそれは正しいんだろう。
だけど、俺は俺で、鬼のことが好きな性質らしい。
とりわけ黒髪で、巨乳で……幼馴染の、鬼のことが。
これからも描こう。英雄の詩を。
一人の風変わりな少女と、彼女のためだけに戦う英雄の詩を。
二人で、いっしょに――描いていこう。
きみと描く英雄の詩 了
きみと描く英雄の詩、これにて完結です!
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