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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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19/28

19 二人でいっしょに楽しもう



 日曜日。

 時間は午前10時前。

 葦原駅前の人通りは、心なしかいつもより多い。


 当然か、と思う。

 町を恐怖に陥れた逢坂市連続殺人事件。その犯人“人狼”が逮捕されて最初の日曜日。

 事件解決まで外出を控えていた人たちも、ひさしぶりに羽目をはずしたいに違いない。


 あらためて、事件が終わったのだと実感する。

 久遠に関する謎は、まるで解決されていないけれど。



「……と、久遠はどこだ?」



 感傷の世界から帰ってきて、待ち合わせ相手を探す。


 今日は一日、久遠とデートだ。

 地味に人生初のデートでもある。

 ちょっと……いや、かなりドキドキしてる。


 久遠のほうが先に出たのだから、このあたりに居るはずだが……と自転車を進める。

 自転車で来たのは、久遠の小説のデートプランに従った場合、徒歩だととんでもなく歩く羽目になるからだ。

 お散歩デートとかってのもあるみたいだけど、久遠の小説だとゲームセンターと賽ノ目神社の間はすっ飛ばされてるので、この際自転車でも問題ない。



「えーと……たぶん謎オブジェのあった方だろうな」



 自転車から降りると、駅正面のオブジェの跡地まで押していく。

 台風で大破したオブジェ跡は、基礎部分だけが残っていて、早いとこなんとかしたほうがいいんじゃないかな、と思いながらも、予算がつかないのかそのままになっている。


 その前に――居た。

 周りの視線を集める少女の姿が。



「……」



 静かに。気配を消す。

 そして見なかったことにしてオブジェ跡前を通り過ぎる。



「刹那」



 気づかれた。

 自転車を押しながら、久遠が駆けてくる。

 その姿は、控え目に言って天使だった……物理的に。



「……久遠、いったいなんだ、その格好は」


「ボクの勝負服だ」



 そう言って久遠は胸を張った。揺れた。いや待て問題は格好だ。


 基本は黒ゴスロリ。

 晴れててそこそこ気温も高いというのに、かなり暑苦しい。

 その背中からは、黒い翼を模したフサフサが生えている。天使というか堕天使か。その服でなにを勝負しようというのか、激しく気になるところではある。


 でも正直似合ってる。ものすごく似合ってる。

 けど、いっしょに出歩きたいかというと……超お断りしたい。



「勝負服……そんなものが、お前にも存在したんだな」


「ああ。クローゼットの奥に大切に仕舞ってあったのだ」



 久遠はどこか誇らしげにうなずいた。


 ふと思ったけど……ひょっとしてそれ、自室で私的に楽しむための服なんじゃないだろうか。

 黄泉返る前の久遠が見たら、時空を超えて顔真っ赤にしながらぽこぽこ殴ってくるくらいの、実は暴挙なんじゃないだろうか。


 だがまあ、もう遅い。

 いまさら戻って着替えさせるわけにもいかないだろう。

 というか、久遠に楽しんでもらうためのデートなのだ。


 受け入れる。覚悟を決めた。

 でも一刻も早くこの場を離れよう。そうしよう。



「じゃあ行くか」


「ああ」



 久遠の笑顔には、曇りひとつない。

 だが今から堕天使スタイルの久遠と繁華街に飛び込んでいかなくてはならない俺の心には分厚い雲が垂れこめている。


 開幕からすでにいやな予感しかしない……







「……疲れた」



 昼。賽ノ目神社の境内。

 小高い丘の上に建つ神社の、長い石段を上った左わき。

 休憩用に設えられた東屋までやってきた俺は、据え付けられた木製の長椅子に、倒れ込むように横になった。


 ゲームセンターでは、久遠が注目を浴びまくる中、目ぼしいゲームを軽く楽しんで回った。

 まあ、普通に体を動かすことも怪しかった久遠が、ゲームなんてまともに出来るはずもない。

 格闘ゲームやパズルゲームは1コインで挫折し、メダルゲームやクレーンゲームもことごとく失敗。エアホッケーや音ゲーに至っては、揺れる久遠の胸が気がかりで、ゲームどころではなかった。俺が。


 おまけに徹頭徹尾注目を浴びまくり。

 それだけならいいが、同じ学校の連中にも目撃されまくって、明日からの学校生活が怖すぎる。


 最後は久遠がモヒカンを探し始めたので、時間を口実にしてゲームセンターから退散した。

 久遠がちょっと厳つそうな人に視線送ってるな、と思ったら道場の先輩だったのでひやひやした。気づかれてなかったよな?



「大丈夫か?」



 隣に座る久遠がこちらを覗き込む。

 下から見ると、胸が邪魔して顔が半分くらい見えない。ちょっと癒された。



「大丈夫。気疲れしただけだ。俺はまだまだ元気だぞ」


「そうか……疲れたなら膝枕しようと思ったんだが」


「お願いします」



 即答して、久遠のふとももに頭を乗せる。



「こういうとき、刹那はためらいがないな……」


「ためらう意味がわからないな」


「じゃあ胸を触っていいよと言ったら?」


「触った」


「過去形で語るほどの素早さ……!」



 そう、俺はすでに久遠の胸を触っていた!


 いや、冗談半分だけど。

 ありがとうございます。



「よし、元気出た。飯にしようか」


「えーと……ボクの体で元気が出たというのなら、喜ばしい限りだ」



 考えることを放棄したように微笑むと、久遠はボストンバッグから弁当を取り出し、広げ始める。

 けっこうな量だ。中身はおにぎり唐揚げ春巻き卵焼きハンバーグ、ポテトサラダに鳥ハム、きんぴら、ひじき、切干大根……オーソドックスだけど量が半端ない。



「それと、これだ」



 さらに出てきたのは水筒二つ。

 中身は……熱々の味噌汁と冷たい麦茶。



「味噌汁まで……それでそのバッグ、重かったのか」



 自転車を降りて石段を登ってくる時、俺が運んできたのだが、弁当水筒が入ってるにしても重いなと思っていた。



「美味そうだな」


「ボクの得意だった料理ばかりだからな」



 つまりは久遠の好物ばかりってことか。

 子供子供したメニューに混じってきんぴらとかひじきとかあるのは、ひょっとして親父さんの影響か。



「と、カレーもあるのか」



 言いながら、春巻きをひょいと箸でつまむ。



「いただきます」



 と口にして、春巻きを齧る。

 予想通り、中身はカレーだ。



「刹那。キミ、一瞬で判断したな」


「匂いでわかる。そして美味い。最高に美味い。ライスペーパーでカレーを包んで揚げるとか最高だな」


「あきらかにカレーだからという理由で褒められてる気がする……」


「いや、本当に美味いんだが……久遠の料理好きだし。ほら、卵焼きも美味い」



 いや、ほんとにお世辞抜きで美味い。

 卵焼きの焼き加減とか絶品だしハンバーグとかこれ店に出せるだろ。ぜひともカレーに入れてくれ。



「そうか……ならいいんだが」



 言って久遠は麦茶に口をつける。

 どうにか機嫌を直してくれたようだ。



「うお、唐揚げも美味い……そういえば、久遠、ゲームセンター、楽しかったか?」


「楽しかった」



 食べながら尋ねると、久遠は笑顔で応えた。

 見惚れるような微笑みは、心からのものだとわかる。



「下手だったし、どれもすぐに終わらせてしまったが……楽しいと思った。たぶん刹那といっしょに遊んだからだと思う」


「あー、そうかもしれないな。ゲームって、それ自体も楽しいんだが、誰とやるかってのも大事だよな」



 まあそれは、ゲームだけじゃないけど。

 遊び全般そうだし、食事だってそうだ。

 なにをして遊ぶか、何カレーを食べるかよりも、誰と遊ぶか、誰と食べるかの方が、きっと大事なんだろう。



「ああ……そう思う」



 想いを、噛みしめるように。

 久遠は深く、うなずく。



「ゆっくり食べてくれ。モヒカンが居ないのは残念だったが」


「お前のそのモヒカンへのこだわりなんなの?」



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