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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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17 女刑事はかく語る



「遅くなったな」



 道場からの帰り道。

 声をかけると、並んで歩いていた久遠がこくりとうなずく。

 時間は7時を回った頃。ちょうど日が沈んだところで、あたりはまだ明るい。



「ごめんな。ひさしぶりに顔を出したせいで、先輩方に引きとめられて」


「いや、その間、指導を受けられたのだ。有意義だった」



 久遠は満足げだ。

 仮入門ということで、久遠は道着を借りて、簡単な指導を受けていた。

 俺を引き留めるためか、それとも突然現れた巨乳美少女へのサービスのつもりか。たぶん後者だと思う。



「そんなに有意義だったか?」


「知っての通り、ボクは完全インドアだったからな。刹那が戦う姿を小説に書いてはいたが、それも想像だ。書いているジャンルもファンタジーが多かったし、描写もかなり現実離れしてて、ボク自身が現実に戦う参考にはならなかった。道場では拳の握り方、突き出し方、それに、実際の組み手を見ることができた。非常に参考になった」


「そういえば、俺の拳が炎を纏って高速で回転しながら突貫したりしてたな、お前の小説」



 さすがにあれを再現は出来ない。

 物理の壁は厳しい。いや、“黄泉返り”みたいな超常の存在が居る時点でそこまで実現不可能じゃないのかもしれないが、すくなくとも俺には無理だ。



「……“黄泉返り”、か」



 ふと、つぶやく。



「刹那、どうした?」


「いや、“人狼”のことを思い出してな……あいつの“咲かせたい”って想いは、その手を鋼鉄のように固い鍵爪にしていた」


「……なら、ボクの、“生きたい”という想いも、ボクに異能の力をもたらすんじゃないか、ということか?」



 久遠の言葉に、俺はうなずいた。


 あり得る、と思う。

 真っ当に発現するなら超速再生とか自己蘇生。

 変則だと命のストックとか“死”が存在しないとか、そんな感じになるんだろうか。我ながら発想が漫画っぽいけど。



「しかし思うに、ボクには異能の発現に必要なものが足りていないように思う」


「足りない? なにがだ?」


「……“渇望だ”」



 胸に手を押さえて、久遠は言った。



「“生きたい”という想いは、たしかにボクの中に、強い感情として存在する。だけど黄泉返ってからこちら、ボクは刹那――キミに助けてもらって、その想いを満たそうと試み続けてきた」



 たしかに。

 生の実感を得るために、久遠はいろいろ試してきたし、その中には効果のあるものもあった。



「“黄泉返り”が持つ、身を焼くほどに満たされぬ思いが、己の在り方すら変える。それが“人狼”の鍵爪のような異能異形だとするなら……ボクがそれを得るには、“渇望”が足りないのだと思う」



 ――それは、喜ぶべきことなんだろうか。



 考える。

 久遠がまだ人から外れきっていないことは、喜ぶべきことなのかもしれない。


 だけど、それでも。

 いまの久遠は生者ならぬ“黄泉返り”だ。

 人から外れきっては居なくても、すでに十分外れている。



 ――でも俺は、そんな久遠を否定したくない。



 たとえ異能異形を発現しようとも、久遠は久遠で、俺が守るべき存在だ。


 だが、そう思っていても。

 俺は久遠が異能を求めるなら、止めざるを得ない。



「でも、だからって、無理に感情を押さえなくてもいいと思うぞ。とくに……あの“人狼”の歪み様を見るとな」



 死の直前の……血肉が“咲き乱れる”光景を見て歪んだのか、それとも死によって歪んだのか。

 そのあたり、ちょっと判断がつきかねるが、“黄泉返り”の感情を抑圧することは、どうもいい結果に繋がらないように思う。



「なら、刹那」


「ああ。想いを満たす努力は、怠らないようにしよう……学校生活を円滑に進めるのと並行してってのが、頭が痛いとこだが」



 そのあたりは久遠の友達の活躍に期待したい。いや、ほんとに。







 話しながら歩くうち、清涼台まで帰って来た。

 そのまま吉祥公園を通りすぎようとした、その時。

 公園から出てきた人影が、俺たちを通せんぼするように立ちはだかった。


 小柄な女性だった。

 スーツ姿で、中折れハットを目深にかぶった、その姿に激しい既視感を覚えて――身構える。


 女の装いは、あの殺人鬼“人狼”――賀古みらいを彷彿とさせた。



「滝口刹那……それに遠州久遠さん、で間違いないかしら」



 聞き覚えのある声だった。

 いや、聞き覚えのある声に似ていた。


 女は、目指し帽を人差し指ではね上げる。

 薄明の中、現れた、その顔は。



「“人狼”っ!」


「賀古みらい!」


「おっとそいつは人違い」



 驚き、声をあげる俺たちに、女は口の端をつり上げて、名乗る。



「――あたしは賀古明日香。賀古みらいが騙っていた彼女の姉……って説明で、わかるかな?」


「ああ、年甲斐もなく職場でアイドルの真似してる女刑事さん」


「してないからね!? あたしはアイドルの真似なんかしてないからね!? というか二十歳も半ばなのにそんな社会的に死にそうな真似できるわけないからね!?」



 俺の言葉に、女刑事は悲鳴混じりの猛抗議をしてきた。


 すみません。ついあのニセ刑事用の対応をしてしまって。

 でも二十歳半ばの社会人なのに一人称「あたし」ってのもどうかと思います。







「滝口君、遠州さん。まずはあの娘の姉として、君たちに謝らせてほしい。本当にすまなかった」



 自己紹介を終えた後、女刑事はそう言って頭を下げた。


 正直この人に謝られても仕方ない。

 というか、どっちかというとこの人も、迷惑を被った側だろう。

 刑事なのに身内が殺人事件を起こすとか、けっこうシャレになってない風あたりなんじゃないだろうか。



「いや、俺はいいですよ」


「ボクも、あなたに対しては意趣を抱いていない」



 まあ賀古みらい本人には、文句のひとつも言ってやりたいが、その姉にまでとやかく言うつもりはない。久遠も、言い方から察するに同じ意見なのだろう。


 ただ、不満はなくとも不信はある。

「まずは謝らせてくれ」と彼女は言った。

 本題は別にある。とすれば、それは何なのか。



「賀古刑事。たぶんですけど、謝りに来ただけ、ってわけじゃないんでしょう?」


「ええ。妹に似たこの顔で、直接顔を合わせるのもどうかと思うのだけど……あなたたちに、どうしても伝えなくちゃいけないことがあったから」


「伝えなきゃいけないこと?」


「ええ……賀古みらいからの伝言よ」



 賀古刑事の言葉に、思わず息をのむ。


 伝言、ってことは、彼女はその内容を知ってるはずだ。

 内容を知って、なおかつ俺たちに伝えるべきだと判断した、ということは、かなり重要な話に違いない。



「――はじめに言っておくけど、あたしはこの伝言の内容を、半分くらいは疑ってる。だけど、もし本当だとすれば、あなたたちには危険が及ぶかもしれない。だから、伝えに来たの」


「俺たちに……危険?」


「ええ」



 うなずいて、賀古明日香は、獄中からの伝言を口にする。



「やっほー少年少女たち! 元気にしてるかな!? お姉さんだよー! いぇいいぇい!」



 思いきりずっこけた。



「うわきつ」


「うわきつとか言わないでよ傷つくでしょ!?」


「ならなんでそんな口調まで真似て」


「一言一句違わず伝えなきゃ、どんなメッセージが隠されてるかわからないからなの! あたしだって恥ずかしいんだからちゃんと聞いて!」



 いや、ぜったいあのアイドル、姉への嫌がらせでこんなこと言わせてるだろ。


 こほん、と咳払いして、女刑事は言葉を続ける。



「お姉さんは絶賛ムショにぶちこまれ中で欲求不満です。超咲かせたい。二人と、あとお邪魔虫な子にまた会いたいなって思ってるけど、脱獄とか出来そうもないね! 警察ってすごい! むっちゃ対策とられてる! でも、万が一脱出できた時のために、お姉さんキミたちに伝えときたいことがあるんだ!」



 まったくめげてないし反省もしてないし本当に脱獄して来そうで怖い。

 しかし伝えておきたいこと、というのは気になる。「首を洗って待ってろ」的なことなら、刑事さんもわざわざ伝えようとは思わないだろう。



「それはなにかというと……お姉さん、彼女ちゃん殺してません! 超濡れ衣! 他の四人は殺ったけど!」


「――っ!?」


「てなわけで、彼女ちゃんを殺した人間は、まだ捕まらずにいるわけです。ひょっとしたらまた狙われるかも!? 注意しといてね! キミたちにはまた会いたいからね! 死んでちゃダメだよ! それじゃアディオス少年少女! いぇいいぇい! ――ということだ」



 なんというか、アイドルのハイテンション口調からいきなり素に戻られても困る。

 というのはさておき、彼女からの伝言は、聞き逃しに出来るものじゃない。



「これが虚言か、それとも実際“人狼”の模倣犯が存在するのか、わからない。ただ本当だとしたら、たしかに君たちはあぶない。だから不快を承知で伝えさせてもらったの」


「……いや、ありがとうございます。正直、安心してしまってました」



 不特定の人間を狙った模倣犯なら、まだいい。

 偶然犠牲になっただけなのだとしたら、久遠がふたたび狙われる可能性は低い。

 だが、久遠に明確な殺意を抱いた人間の犯行だったとしたら……まだ、危機は去っていない。



「あたしとしても、出来る限りのことはしたい。身辺に危険を感じることがあれば、こちらに連絡してほしい」



 連絡先のメモを渡されたので、番号を交換しておく。

 正直今の彼女の立場で、どれくらい力になれるのか、わからないけど、その厚意はありがたい。



「……すみません。万一の時は頼りにさせてもらいます」


「うん。頼ってくれればうれしいかな……遠州さん――君が妹とおなじ存在だとしたら、もうおなじ過ちは繰り返したくないから」



 言って、刑事さんは敬礼をする。

 賀古みらいに似たその顔には、静かに燃える意志の輝きが見てとれた。





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