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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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16 師匠の話を聞いてみる



 道場の扉を開くと、ざわめきが起こった。


 そりゃそうか。

 うちは伝統派空手の流れをくむ道場だが、道場主はあんまり経営に熱心じゃない。

 というか実家がかなりの資産家らしく、半ば趣味のようにやっているものだから、ダイエットやエクササイズ目的の女性なんかを広く募ることもなく、自然道場は野郎どもばっかりだ。ミキ丸が道場の花的な扱いを受けてることからも、その枯渇っぷりがわかるだろう。


 そこに巨乳美少女が登場である。

 諸先輩方の目の色が変わるのも、理解出来ようというものだ。



「オス!」



 一礼して道場に入ると、側で休んでいた先輩の一人に「おいおいおい」と、あわてて道場の隅に引っ張っていかれた。



「刹那、ひさしぶり……はいいとして、ありゃ何事だ」



 先輩が顎先で示した先は、置いていかれて不思議そうに首をかしげている久遠。



「何事って……幼馴染です。道場うちに興味があるみたいだから、連れてきました」


「マジかよオマエ、こんな隠し玉持ってたのかよ言えよ水臭いじゃねえか」



 そう言われても、別に隠してたわけじゃない。

 単に最近まで疎遠だったんだ……と言いたいところだけど、そうするとなぜ最近親密になったのか、というところも説明しなきゃならなくなる。話がややこしくなるので、「いやあ……」と頭をかいてお茶を濁しておく。


 先輩は、入口からこっちをじっと見つめてる久遠をじろじろと見て、ため息をついた。



「ただ、惜しむらくは年齢が法令に触れそうなところだな。もう二、三歳上だったら最高だったんだが……お前まさかそんな年頃の上玉まで隠してねえよな?」



 ちなみにこの先輩は21歳の大学生だ。

 べつに高校生が相手でも不釣り合いってほどじゃないけど、もっと同年代の女性がお好みらしい。

 そうやってえり好みをするから生まれてこの方彼女が出来ないんだと思うけど。と自爆気味なことを思ってみる。



「さすがに、そんなに都合よくは……あー」



 一人、思いついて、思わず声を出す。



「居るのか? 居るんだな? 紹介してくれ! どんな子よ!?」



 がっつきすぎです先輩。

 というか紹介できるようなヤツじゃないです先輩。

 そう言いたいけど、断れるような雰囲気じゃない。というか目が怖い。



「えーと……年は19歳」


「おお、いいじゃんいいじゃんよ」


「たぶん、見たことないくらいの美人です。顔とかすっげえ小さくて、胸も大きいです」


「まじかよテンション上がって来た! で、どこの子よ? 天元院てんげんいん女子か!? 九星きゅうせい大か!? それとも社会人だったりするか!?」



 ずずい、と興奮して顔を寄せてくる先輩。

 これ以上引っ張るのもアレなので、俺はオチを言い渡す。



「いま檻の中です」


「!?」



 もちろん俺が言ってるのは、元アイドルにして現役殺人鬼、賀古みらいのことだ。

 いや、別に先輩に恨みはないし、いい彼女が出来たら応援したいと思う位には世話になってる人だから、わざわざ地雷を紹介する気はないけど。



「というわけで、無理だって話でした。すみません、連れてきた子を一人で待たせてるのもアレなので、失礼します」


「……ちょっとまて。いや、いまの厄そうな物件の話はいいけど……お前な、幼馴染の子、こんなとこに連れ込んじまって、真里絵ちゃんは知ってんのかよ」


「いや、たぶん知らないですけど」


「マジかよお前……そういうとこだぞ刹那」



 なんだか先輩の口調が非難がましい。

 いや、まあミキ丸には水臭いとか言われそうだけど、急な話だったしなあ。



「そういや先輩、ミキ丸はまだ来てないんですか?」


「あー、真里絵ちゃんはしばらく来ねえよ。謹慎だ。さすがに殺人鬼に突っかかるような真似しちゃあな……そういやお前もいっしょに居たんだっけ?」


「いっしょに居たというか、襲われかけたとこを助けられたというか……まあ、そんな感じなんですけど。ちなみにそこに居る久遠もいっしょに居ました」


「なるほど。それで入門志願、てわけか」


「てわけです」


「――なにが、てわけ、なんだ?」



 と、いきなり久遠が割って入った。

 俺が道場の隅でこそこそ話してるものだから、気になってやって来たのだろう。



「いや、ちょっと久遠が道場に来る経緯とかを話してた。えーと、紹介しとこうか。4つ上の先輩で、連城十四郎れんじょうじゅうしろうさん」


「連城先輩ですか。刹那がお世話になっております。遠州久遠と申します。今後道場でお世話になると思います。よろしくお願いします」



 そう言って、久遠はぺこりと頭を下げる。

 礼儀正しくて大変結構。でも刹那がお世話になっておりますとかやめろ。お前は俺の母親か。



「おう、困ったことがあったら相談してくれ。でも先に言っとくけどオレは真里絵推しだからキミの応援はできねえからな」



 なにそのアピール。

 というかあのリアルアマゾネスを推す宣言とかこの人勇者かよ。


 先輩を驚愕の目で見ていると、ふいに奥の扉が開いて、道場主が入って来た。



「と、久遠、俺ちょっと師匠に挨拶して来るから」


「わかった。ボクは受付に戻って入会の手続きを済ませておこう」







「――刹那。ひさしぶりじゃねえか」



 道場の奥。

 椅子にどっかと腰をかけた壮年の男は、そう言って歯を見せた。


 でかい。

 身長は190をはるかに超えている。

 半白の髪に、野生の獣を思わせる顔立ち。

 はちきれんばかりに肉がみっしりと詰まった、逞しい体。


 獅王勇利しおうゆうり

 かつて、国内の総合格闘技華やかなりしころに一線で活躍した格闘家だ。

 リングの外で問題を起こし過ぎて、タイトルには縁がなかったものの、界隈では知らぬ者のない猛者だった……らしい。さすがに物ごころつく前のことなので、当時の空気はわからない。


 だけど、この人が独立して一門を開いた時、その強さに惹かれて相当の人間が道場に集ったという。

 今指導員やってるおじさん達の昔話なので、話半分に聞いときたいところだけど、実際師匠は強い。すくなくとも、俺程度じゃ上限が見えない程度には。



「オス。ご無沙汰してます」



 頭を下げる。


 見られている。

 そう感じて頭を上げると、師匠と目が合った。


 獣の目だ。

“人狼”――賀古みらいのそれに近いが、もっと熱い。

 賀古みらいが飢狼だとしたら、師匠の目は雄々しき獅子のそれ。



「腹が据わったな」



 不意にそう言われて、戸惑う。



「いい経験をしたようだ」



 いい経験、かどうかはわからない。

 だが、先日までの俺は、目標を見失って腐っていた。生きている実感がなかった。


 その頃に比べれば、いろいろと変わったのはたしかだ。



「そう、かもしれません」


「だが……真里絵のやつにも言ったが、命は大切にしろ。こんな格闘界せかいに居るとよ、身に沁みて感じるんだが、危険てのは思ったより身近にあるし、人間てのはびっくりするほど簡単に死ぬ。自分が死なないとは思わんことだ」


「すみません」



 頭を下げるしかない。

 実際俺は、ミキ丸がいなければ死んでいた。死を身近にまで感じていた。



「ま、生きてたんだ。それなりに学んだみてえだし、これ以上おいらから言うことはねえよ……真里絵のやつは、いまいちわかってなかったみたいでな。しばらく謹慎させた」


「……あいつは、強いですからね」



 ミキ丸は、あの当たれば死ぬだろう“人狼”の爪を恐れなかった。

 実力と絶対の自信。それに勇気。ミキ丸はそれらが全部そろっている、希有な人間だと思う。


 だが、師匠はうなずかなかった。



「強い? そう思うか?」



 逆にそんな疑問を投げかけてくる。


 ミキ丸は強い。

 俺はなんの疑問もなく、そう思う。

 だけど、師匠はゆっくりと首を横に振り、言葉を続ける。



「――おいらはそう思わねえ。あいつは危ういぜ。勝つことより戦うことに。生よりも死に、囚われてやがる」


「死に?」


「ああ。試合や野試合――おっといけねえ。まあ戦いに身を置いてるとよ、時々居るんだよ。そんなやつが。殺すことも殺されることも、なんとも思ってねえ風でよ。決まって恐ろしく強かった」



 鬼か修羅のようなヤツだよ。と、師匠は語る。



「真里絵のやつもそのがありやがる。危うくて仕方ねえよ……それに」



 師匠は、俺の背後に目を向ける。

 視線を追うと、そこでは久遠が、事務のおばさんからなにやら説明を受けている。



「おまえさんも、つくづく鬼に魅入られる性質らしいな」



 そう言って、師匠はため息をつく。

 久遠の本質を見透かされた気がして、すこしぞっとした。





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