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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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15 問題について考える



 校門で久遠と合流して、帰り道。

 葦原駅近くの商店街の喫茶店に入って、俺は久遠を詰問することにした。

 喫茶店のオープンテラス。テーブルを挟んで座る久遠は、静かに、紅茶に口をつける。

 なんというか、勘違いした中二病の装いなのに、堂々としているものだから、妙に絵になっている。



「――久遠、お前ちょっと事情を説明しろ」


「……事情?」



 ティーカップを片手に、久遠はこくりと首を傾けた。

 事情がよくわからない、といった風情。



「事情は事情だ。お前、クラスでいろいろ問題を起してるらしいじゃないか。なのに問題ない、みたいに言ってたのはなんでだ」



 言いながら詰め寄ると、久遠はかくり、と頭を逆方向に倒す。怖いぞその仕草。



「……いや、学校生活において、とくに問題は発生していないが」


「発生してるわ! 発生しすぎて心配したお前の友達が俺のところにカチ込んで来たわ!」



 思わず全力で突っ込んだ。

 実際見たわけじゃないが、あれだけ気の弱そうな子が、必死で訴えるのだ。嘘だとは思えない。


 俺が確信をもって話しているのが分かったのだろう。

 久遠は深刻そうな表情を作ると、俺の視線をまっすぐに射返して、顔を寄せてきた。



「――すまない。それが確かだとしたら、ボクはその危機を認識していない。くわしく教えてくれないか?」



 あれ? なんだか立場が逆になってないか?

 首をかしげながら、俺は久遠の友人から聞いた情報を伝える。


 先生と問題を起したこと。

 クラスメイトと問題を起したこと。

 人が変わったことを、まるで隠せていないこと。

 友人に対しても、知らない人間に接するようにしていたこと。



「……ふむ。なるほど」


「お前これだけ問題起こしておいて、よく大丈夫だなんて言えたな。普段通りどころか、もうめちゃくちゃじゃないか」


「いや、ボクは最初から、普段通りに振る舞えているとは言っていなかったのだが……そう勘違いさせたなら謝る。すまない」



 言って、久遠はぺこりと頭を下げる。



「……ん? 最初から、言ってなかった?」


「ボクも、あんな状態で普段通り振る舞えるとは、思っていなかったのだ。だから普段通り、という部分には目をつぶることにした」


「なんで一番肝心な部分に目をつぶるんだ」


「目をつぶった、というより、単純な選択だ。普段通りを装い、繕いきれずにボロを出すか、普段通りでなくともあるがままにふるまい、作為による不自然さを無くすか。どちらが怪しまれないかと考えた結果、後者を選択したのだ」



 久遠はどこか誇らしげにのたまった。

 なんでその二択に至ったのか、激しく問い詰めたい。



「――結果、多少の軋轢は生じたが、誰もボクを怪しむような事を言ってこなかった。だから、大丈夫だと思っていたのだが……」


「誰も指摘しなかったのは、みんなお前にドン引きしてたからだろそれ」



 容赦なく突っ込みを入れる。


 あと、久遠に友人が居なかったからとか、唯一まともな友人が気弱なため指摘できなかったとか、そのへんの寂しい事情は、あえて指摘しないでおく。



「――というか、茅谷玲子かやたにれいこの反感買ってる時点で気づけ。あいつに目をつけられるとかよっぽどだぞ」



 茅谷玲子は久遠のクラスの、女子のリーダーだ。

 中学の時同じクラスだったことがあるから、彼女のことはよく知ってる。


 駅前や商店街周辺にかなりの土地を持ってる地主の家の生まれで、かなりのお嬢様だ。

 ちょっと険のある顔立ちだが、根っからのリーダー気質で、面倒見がよく、中学のころから女子グループの中心に居た。ぼっちの久遠や一匹オオカミのミキ丸とは大違いだ。


 というのはともかく。

 彼女はわりとおおらかなリーダーで、いじめの類を好まない。

 むしろ中学の頃は、その手の排斥行動を止めて回る側だった。

 高校に入ってからは、あいにく同じクラスになることもなかったが、悪いうわさなんて聞いたことがない。


 つまり茅谷玲子という人物は、女子グループのリーダーとしては極めて良質で、そんな彼女の反感を買った久遠お前よっぽどだぞ、という話だ。



「……そうか。問題が生じてるとなれば、注意しないといけないな」


「感情がないっつっても、周りには気を使えよ。友達にも相談してみろ。参考になるはずだ」


「……その、友達というのは?」


「お前の友達だよ! こう、胸が小さくて、前髪で目が隠れてて、小動物系の!」


「猩々寺紀伊しょうじょうじきいだ。それにしても刹那。これ以上なくわかりやすい特徴があるのに、それでも胸を特徴として挙げるのか……」


「おい久遠、人のことを女体に興味津々みたいに言うんじゃない」



 抗議すると、久遠は歩きながら、ごく自然に腕を組む。

 腕の上に胸が乗って、その大きさが強調されてる。すごくいい――はっ!?


 気がつくと久遠がじっと俺を見ている。

 なにも言わずに、じっと俺を見つめてる。

 まるで俺の行いを咎めるかのように。「実際興味津々じゃねーか」とでもいうように。



「……いや、事実だけど、興味津々だけど、俺にもパブリックなイメージってものがあるんだ。だから人前で言うのはやめてくれ」


「二人きりの時ならいいのか?」



 と、久遠は、今度はそんなことを言う。


 言われて、想像する。


 リビングで、俺と久遠の二人きり。

 ソファに隣り合って座る久遠は、胸を強調するような仕草。

 俺は当然視線を外せない。紳士的に、さりげなく視線を送る俺に対して、久遠は「興味津々なんだな」と……



「なんかものすごくプレイっぽいからやめてくれ」


「プレイ?」


「役割を演じてシチュエーションを楽しむ――って公衆の面前でなに説明させてんだ!?」


「刹那が勝手に自爆しているだけなんだが……」



 久遠が冷静に指摘した。

 言い訳しようがなくその通りだった。

 そして盛大に話が脱線しまくっている。



「とにかく、久遠。クラスではもっと注意して、周りに気を使うこと」


「わかった……しかし、難しいものだな。なんの感情も抱かない人間に興味を向けるというのは」


「せめて友達には興味持ってやれよ。本当によ」



 ため息をつくと、携帯で時間を確認する。

 四時半を過ぎたところだ。用事は済んだし、いい頃合いだろう。



「――と、久遠。今日は一人で帰ってくれるか? 俺、このあと道場に行きたいんだ」


「道場? まだ怪我は治っていないだろう?」



 久遠がかくり、と首を傾ける。

 首を折り曲げすぎじゃないですかねそれ。



「いや、心配させちまったみたいだし、師匠のとこに顔だけでも出しとこうと思ってな」



 実際、説教はされたが、怪我のことでかなり心配された。

 早いうちに無事な姿を見せておきたいのだ。



「それなら」



 と、久遠は身を乗り出す。



「――ちょうどいい。刹那。ボクも連れて行ってくれないか?」



 揺れた。

 というのはさておき、いきなりの発言に戸惑った。



「道場にか? 行ってどうするつもりなんだ?」


「習いたいのだ」



 久遠は言う。



「あの人狼の一件で思ったのだ。ボクには戦う力がない」


「それでいいと思うけどな。俺は」



 その分俺が強くなるから……ってのは、それこそ公衆の面前では恥ずかしくて言えないけど。



「ありがとう……以前のボクのように、根本的に戦えないなら、それでも仕方ないと思う。だが、ボクにはこの力がある」



 そう言って、久遠は拳を握りしめた。

 鍛えていない久遠の筋力は、常人以下だったろう。

 だが、黄泉返った久遠は、40kgの女性を軽々と吊り上げた。

 適切な動かし方を覚えれば、修練を重ねれば、あの殺人鬼“人狼”並の強さを得ることも、出来るかもしれない。俺としては複雑な心境だけど。



「まあ護身といっても、そうそう“黄泉返り”みたいなのに襲われることもないと思うが……素行が素行だからなあ」



 現状、問題を起こしまくってる久遠だ。

 身を守る術は、たしかに覚えておいた方がいいかもしれない。



「まあ、反対はしない。ただし、あくまで護身用だぞ。一般人相手の喧嘩に使うなよ。今のお前が本気で殴ったら、人間なんて簡単に壊れちまう。そうしたら鑑別所行きだ。そんな未来は勘弁だろ?」


「そうだな。そのあたりの力加減を覚えるためにも、ボクは武術を習いたいのだ」



 なるほど。

 たしかに。練習のかいもあって、いまの久遠は、日常生活くらいなら差し障りない状態だ。

 だが、激しく体を動かすような練習はできていない。練習するには家だと狭すぎるからだが、その点道場ならうってつけだ。


 断る理由はない。

 出発のため、鞄を持って立ち上がる。



「じゃあ行くか、久遠。でも俺、今日は挨拶だけのつもりだからな」


「ボクも動けるような着替えを持ってきていない。今日から始めるつもりはないよ」


「……体操服は?」


「刹那はすこし興味津々すぎやしないだろうか」



 違うんです。

 俺は別に体操服姿の久遠が見たくて聞いたわけじゃないんです。でも興味はあります。




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