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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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14 学校生活異常あり



 日常、というのは尊いものだとつくづく思う。


 たとえば学校で、教室に入ると決まって挨拶してくれるクラスの委員長であったり、席につくと椅子ごと体を寄せて来て、昨日見たテレビ番組についての話をしてくる友人であったり、なにかと俺のことを気にかけてくれる親友的な女の子だったり……そんな“いつものこと”が、“死”と隣り合わせの体験をしてみると、輝いて見える。



 ――“生”を実感するには、“死”に向き合わなくてはならない。



 久遠はそう言ったが、真理だと思う。


 とはいえ、殺人鬼“人狼”逮捕のニュースからまだ数日。

 教室の雰囲気はいつも通りとはいかず、俺が教室に入ると、そこここから“人狼”の話題が漏れ聞こえてくる。


 ミキ丸――三木真里絵も、素知らぬ顔をして女の子たちの輪に加わってるけど……すみません。そいつ話題の“人狼”を退治したリアルアマゾネスなんですよ。



「あっ、刹那くん、おはようございます!」



 と、俺の姿をみとめて、ミキ丸が手をあげた。

 笑顔だ。どっちかというと、猛虎のオーラを背負ってる系の、剣呑な笑みだ。


 まずいな。

 さてはあの件がばれたか。



「おう、おはよう……!?」



 挨拶を返してさらっと席に向かおうとすると、いきなり腕をひっつかまれた。しまった。逃げられない。


 ミキ丸は笑顔のままだ。

 笑顔で俺の腕をつかんだまま立ち上がり、そのまま教室の隅に移動した。

 女の子たちが黄色い声をあげているが、あいにくこれから始まるのは俺を糾弾する魔女裁判なんですよ。



「刹那くん? わたし、昨日道場に行った時、師匠にこってり絞られちゃったんですけど……告げ口しましたね?」


「やっぱりその件か。安心しろ。俺もむちゃくちゃ怒られた」



 俺は開き直って胸を張る。

 一昨日の夕方、事件に俺たちが関わっていたことを聞きつけた師匠に、電話越しに怒られたあと、この事件に関するミキ丸の動きについて、いろいろと確認された。たぶんミキ丸も説教されただろうな、と思ってたけど、その通りだったようだ。



「はぁ……なんで言っちゃうんですか」


「言ったっつーか、問い詰められたんだよ。師匠は警察と親しいから、そっち経由で知ったんだろ」


「ああ。どのみち秘密には出来なかったってことですか」


「まあ、あんな化物みたいな殺人犯を素手でぶっ倒したら、そりゃ騒ぎにもなるよなって話だけどな」


「……遠回しにひとのこと化物扱いしてません?」


「アマゾネスか巴御前みたいだとは思ってるし訂正は受け付けない。というか訂正してほしかったらあんま無茶すんな」



 目を眇めるミキ丸に、言葉を返す。


 化物みたいに強いといっても、ミキ丸は普通の人間だ。

 しかも格闘者としてどころか、一般女性としても身長が低い。

 その上相手が“黄泉返り”だ。不幸な事故は、十分起こり得た。



「あー……まあ、心配してくれてるみたいだし、許してあげます。師匠にも心配かけたんだし、道場にも来て下さいよ?」



 照れたようにはにかむと、ミキ丸はそんなことを言ってきた。

 以前の俺なら、言を左右して、結局ずるずると引き延ばしていたと思う。だけど。



「ああ。“人狼あいつ”の蹴り受けた肩がまだ腫れてるし、練習は出来ないけど――顔は出すよ」



“人狼”の一件では、俺にも思うところがある。

 もしあの時、ミキ丸が助けに来てくれなかったら、俺は久遠を守れていなかったかもしれない。


 もし、ミキ丸に勝てないからって腐らずに、鍛え続けていたら。

 今回はいい。すでに終わったことだ。だけど、この先そんな後悔をしたくない。

 帰って来た母親と会うのが、一層怖くなった気がするが、この際そっちの問題には目をつぶろう。


 俺の表情を見て、ミキ丸は、すこし驚いたように眉をあげて……ふっと口元を緩めた。



「……楽しみにしてますよ」



 そう言って、ミキ丸は席に戻っていく。

 なんというか、野郎どもから祝福めいた口笛が上がってる気がするが、おまえら小学生かよ。







 それから何事もなく時間が過ぎ、放課後になった。

 さて久遠を迎えに行ってやるかと教室の扉を開くと、いきなり見知らぬ少女に通せんぼされた。

 下ばきの色を見るに、どうやら同学年。伸ばした前髪で目元を隠した、どこか内気そうな女の子だ。



「あ、あの……滝口刹那さん……です、よね?」


「ああ、そうだけど?」



 答えると、少女はきょろきょろと左右を確認してから、意を決したように俺の袖を引いた。



「お、おい……」



 ぐいぐいと引くが、体格が違いすぎる。俺はびくとも動かない。

 それでも必死で袖を引く少女がかわいそうになって、仕方なく引かれていってやる。


 周りの視線が痛い。

 なんなんだこの状況。

 そして前にもこんなことがあった気がする。

 その時は物理的に引きずられていったけど。


 女の子に引っ張っていかれた先は、人気のない校舎裏だった。

 疲れたのか、膝に手をついて、しばらく呼吸を整えてから、彼女は口を開いた。



「あ、あの! 滝口さん、に、聞きたいことが……あるんです!」



 軽く内股で膝を震わせ、すこし長い制服の袖をぎゅっと握っている。かわいいなおい。



「わかった。なんだ?」


「ひぅっ!? そ、その……」



 女の子はなぜかビクッと肩を震わせてから……勇気を振り絞るように前のめりになって叫んだ。



「あなた、遠州さん、に……なにを、したん、ですかっ!!」


「……え?」



 とっさに反応できず、間の抜けた声を出してしまう。



「とぼけないで、くださいっ! あの大人しい、遠州さんが、物怖じしないで先生、と、言い争ったり……女子のリーダーの、茅谷かやたにさん、と、平然とやりあったり……できるわけ、ない、じゃないですかっ!」



 その話を聞いて。

 話の意味を理解して。

 彼女がなんのために俺を問い詰めているのかを把握して。



 ――久遠、久遠、くおおおんっ!!



 心の中で叫んだ。



 ――あんだけドヤ顔で「大丈夫だ」とか抜かしといてなにやってんだお前やらかしまくりだろうがーっ!



 脳内で久遠を絞めあげている間にも、女の子はぷるぷる震えながら、叫ぶ。



「それ、に……遠州さん、わたしの、こと、知らない人みたい、に……なにか、あったに、決まってます! きっと、ヤケ、に、なっちゃってるんです! ぐれ、ちゃってるんです! 原因、は、あなたに、決まってます!」


「まて。誤解だ。決めつけはよくない」



 なんだか俺の名誉を棄損する方向性で盛り上がってる女の子に、あわてて制止する。

 一瞬身を震わせた少女は、しかしぐっと口元を引き結び、言葉を続けた。



「なら、なんで……唐突、に、遠州さんと……親しげに、してるんですか! そんな、気配、いままで、まったく、ありませんでした、よね!? 遠州さん、も、あなたのこと、関わっちゃだめ、な、幼馴染、って、言ってました!」



 なにそれ傷つくんですけど!?

 あと俺がリアクションするたび怯えたようにビクッとされるのも地味に傷つくんですけど!?



「まあ待て。誤解を解きたい。あんたは久遠の友達……ってことでいいんだよな?」


「そ、そう、ですっ!」


「俺のことは知ってるみたいだから自己紹介は省くけど……まず順番が逆だってことは主張しておく」


「順番、が……逆?」


「久遠が俺がらみでおかしくなったわけじゃない。おかしくなったから、俺がフォローする羽目になったというか……」



 うかつに“黄泉返り”のことを明かすわけにはいかない。

 彼女は久遠の友達かもしれないが、俺は彼女のことを知らないのだ。



「じゃあ、あなた、は……知ってるん、ですか? 遠州さん、が、なんで、おかしく……なっちゃったか」



 だから、彼女の質問に対する答えは、ひとつだ。



「すまんが、それは久遠本人から聞いてくれ。きっと俺が勝手に言っていいことじゃない。だけど、俺に助けを求めてきた時には、すでに久遠はあんな状態だった……いや、もっと酷かったが」


「その……遠州さんは……あなたに……乱暴、とか、ひどいこと……されたんじゃ、ないんですか?」



 なにそれ傷つくんですけど。

 想像より数倍ひどい勘ぐられ方なんですけど。



「違う。それだけははっきりと否定させてもらう」


「ご、めんなさい! わたし、遠州さん、が、あんまり、人が、変わっちゃった、から、きっと、そうなんだって……勘違い、しちゃって!」



 なんというか、思いつめる性質というか、思い込む性質というか、そんな感じの子らしい。



「いや……まあ、久遠の変わりよう見りゃ戸惑うのもわかるよ。なにかあったんじゃないかって勘ぐるのもわかる。なんつーか、俺がそんなことする人間だって思われてるのは、地味にショックだけどさ」


「ごめん、なさい! ごめん、なさい!」



 女の子は腰を直角に折り曲げて、何度も頭を下げる。

 いちいち動きが挙動不審気味だけど、たぶんこれ、俺を怖がってるから、なんだよなあ。



「いや、まあいいよ。それより、悪いと思ってるならクラスで久遠のやつのフォロー頼めないか? あいつ、学校生活は問題ない、みたいなこと言ってたくせに、大惨事じゃねえか」


「わ、かりました! わたし、も、クラスで、存在感……ない方、だから、正直、荷が重い、ですけど……がんばり、ます!」



 まあ、地味で内気そうな子だし、あんな動く爆弾のフォローはつらかろう。

 でもまあ人のこと強姦魔みたいな扱いしてくれやがった償いだと思って頑張って欲しい。ぜひとも。



「頼むよ……でもまあ、ちょっと安心した」


「な、なにが……ですか?」


「あいつ、友達なんてほとんどいない、みたいなこと言ってたからな。こうして親身になってくれる子がいたってわかって、ほっとした」


「遠州さん……ちょっと、変、だけど、いい子です……から……」



 俺の言葉に、初めて、少女は口元をほころばせた。


 なんというか、久遠に対する感情に、通い合うものを感じる。

 保護者仲間、的な。それが伝わったのか、なんとなく打ち解けた気がする。


 と、ふいに携帯が鳴った。

 確認すると、久遠からだ。



「――もしもし。久遠、どうした」


「刹那。どこに居る? クラスに行ってみたが、居なかったぞ」


「ああ、いま校舎裏。お前の友達の子に、お前のことで相談受けてたんだよ。鞄は持ってるから、校門前で落ち合おう」


「わかった」



 と、あっさりと通話が切れる。


 一切詮索しなかったな。

 関心がないってとこか。

 あとで説教だ。友達は大切にしろ。



「すまん。久遠と校門前で待ち合わせてるけど、お前も来るか?」


「い、いえ……お邪魔、しません……遠州さん、のこと、よろしくお願い、します」



 あらためて、少女は深々と頭を下げる。

 深々と下げ過ぎだ。まるで「娘を頼みます」みたいな下げ方だ。

 今度は別の勘違いをされている気がするが、誤解はあとで久遠に解いてもらおう。俺が話してもこじれそうな気がするし。





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