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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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12/28

12 そして事件は幕を閉じる



 三木真里絵みきまりえことミキ丸はヒーローである。

 強くて、優しくて、面倒事に嬉々として首を突っ込んでいく。


 だから、巡り合えた。

 だから、間に合った。

 すれ違い、矢面に立つミキ丸の背を見ながら、思う。


 だからこそ。

 だからこそミキ丸は、本物なのだ。



「けはっ……これは、無粋だねえ。25点だよ……」



 倒れ伏しながら、賀古みらいは言葉を吐きだした。

 あちらも窒息寸前だったのだろう。か細い息を出しながら、ミキ丸を睨みつけている。



「刹那くん。預けます」



 背負っていたリュックを外すと、ミキ丸は後ろ手で俺の前に置いた。

 正直動けない。絞めつけられた体はガタガタだし、右腕はまったく動かない。

 だが、無理やりに起き上がる。膝立ちになって、無理やりにリュックを握りしめる。


 こいつの前で。

 そして久遠の前で。

 みっともない姿は見せられない。


 ミキ丸は静かに、賀古みらいに向かって歩いて行く。

 瞳には怒りの炎を灯し、口の端を剣呑につり上げながら――鼻を鳴らす。



「25点? そんなに貰っていいんですかね? せいぜい一割程度の超手加減キックだったんですけど」


「……訂正。少年の知り合いだけあって咲かせがいのありそうな小娘ちゃんだよっ!!」



 賀古みらいの体が浮いた。

 そう錯覚するような、片手両足を使ったノーモーションの跳躍。

 ダウンした体勢から、一瞬にして賀古みらいは戦闘体制に移っていた。


 折れた右腕を、ぶらぶらと揺らしながら。

“人狼”は獣のように深く、身を沈め込む。

 ミキ丸と“人狼”。彼我の距離は3m。

 たがいの呼吸が、揃った。



「――ははっ!」



 突風の勢いで“人狼”が肉薄する。

 だが。ミキ丸は剣呑な笑いを崩さない。



「速いだけで怖かないんですよド素人っ!」



 鍵爪を振るう、その軸足に前蹴り。

 鈍い音とともに、“人狼”の足があらぬ方向に曲がる。



「はははっ! おっそろしいね小娘ちゃん!」



 体を崩されながら、“人狼”は笑い、逆の腕を振るう。

 折れた腕だ。使えないはずの腕だ。だが、ミキ丸をかすめた一撃には、必殺の鋭さが込められていた。


 片足の自由を失ったまま攻撃を放った“人狼”は、その勢いのままにもんどりうって倒れた。

 直後、ふたたび“人狼”の体が浮き上がる。両手片足・・・・を使ったノーモーションの跳躍。立ち上がった“人狼”は、バランスをとりそこなって一瞬、よろめく。



「折れた腕で……」


「治るんだ。それが“黄泉返り”さ! 想いの強さが命を繋ぐ。想いの強さが肉体を保つ……危機に瀕するほどに、命に迫られるほどに、その力は強くなる! かすり傷で数時間。骨折で数分。致命傷なら数秒ってとこじゃないかな!」



 笑いながら、“人狼”は鍵爪を打ち鳴らす。

 骨折の回復に数分かかるということは、完全回復には程遠い。

 繋がっているかどうかも怪しいはずだ。なのに彼女は全力を込める。笑いながら。



「あはっ! どうするどうする小娘ちゃん!」



 折れたはずの足に、しだいに力が蘇っていく。

 身を沈め、ふたたびミキ丸に襲いかかる。


 その、右足を。

 ふたたびミキ丸は前蹴りで撃ち抜いた。


 もがくように“人狼”が腕を振るう。

 蹴り足を残したまま、暴風のごとき鍵爪を、ミキ丸は身を捻って避けた。

 そして、“人狼”の顔面に前蹴り。形のいい鼻がつぶれ、見る間に鼻血が溢れ出す。呼吸が乱れる。



「ぶっ!」


「ハラぁっ!」



 口呼吸になったことで緩んだ腹筋に、ミキ丸は拳を突き立てる。

 火を噴くような二連撃。“人狼”の足が、身を支える力を完全に失い。



「――シッ!」



 雷光のごとき肘の一撃が、“人狼”の脳を揺らし――その意識を容赦なく刈り取った。

 泥のなかに倒れ伏した“人狼”賀古みらいに、ミキ丸はなお油断なく身構えて……それから、構えを解いた。



「刹那くん、無事ですか?」



 振り返り、首を傾けるミキ丸。



「大丈夫だ……ちょっと体が軋んでて右腕が動かないだけだ」


「それは大丈夫とは言わないと思うんですが……あ、リュック貸してください」


「ほら、よ」



 体に鞭うって、動く左手でリュックを放る。

 ミキ丸はリュックを受け取ると、中からロープを取り出し、賀古みらいを、やけに手際よく縛り上げていく……心なしか胸が潰れるような縛り方をしてないかこいつ。



「ミキ丸。なんでこの場所がわかったんだ?」



 疑問に思って尋ねると、ミキ丸は困ったように眉をひそめた。



「えーと……これ言ったら怒られそうなので嫌なんですけど……実はわたし、巷を騒がせる“人狼”に会えたらなー、と思って町をぶらついてたんですよ。そしたら刹那くんが女二人連れで人気のないとこに……ゴホンっ! とにかく、間に合ってよかったです!」



 そういやコイツ、家とは別方向なのに、清涼台の殺人現場近くを歩いてたな。

 もうどこから突っ込んだらいいのかわからないし、師匠には報告しとかなきゃと決意したが、さきに礼だ。



「助かったよ。ありがとう」


「いえいえ、どういたしまして。なんというか、危ないことに首突っ込んでたみたいだからお説教のひとつもしたいところですが、どう考えても諸刃の剣なんで、ここはお互いさまってことでひとつ。だから師匠には言わないでくださいお願いしますなんでもしますから」


「――ん? いまなんでもするって言った?」



 お前が拾うのかよ久遠。

 空気読めよ。口調まで変えるなよ。ミキ丸もどう絡んだらいいかわからなくて微妙な表情になってるじゃないか。



「……えーと、とりあえず、一件落着ということで」



 短い沈黙の後、ミキ丸は苦笑を浮かべた。


 その通りだ。

 危ないところだったけど、久遠は傷つかずにすんだ。

 自力ではなかったけど、久遠を殺人鬼から守りきれた。


 不格好ながらも、俺は俺の務めを果たせた。

 だから、言える。なんの後ろめたさもなく、本物に向かって。



「――ああ、一件落着だ」







 それから。

 警察を呼んだり、犯人が賀古みらいだとわかって大騒ぎになったり、治療を受けたり、取り調べを受けたりで、明け方までまともに眠れなかった。


 やっとのことで家に帰れたのが事件の翌早朝。

 久遠と別れ、ようやく部屋にたどり着いた俺は、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。

 あたり前だが学校に行く気力も体力もない。怪我のせいでHPはひと桁だ。事情を説明して欠席の連絡だけ入れて……そのまま意識が落ちた。


 起きたら夜の9時を回っていた。

 一日休んだはずなのに、半日もしないうちに、もう学校だ。



「あー。明日学校行きたくなさすぎる……」



 肩がずきりと痛む。

 肌脱ぎになって確認すると、肩の付け根が紫色に腫れている。

 それに体も重い。外傷以上に、衝撃や骨格の歪みで内臓にダメージが蓄積してる感じだ。


 と、呼び鈴が鳴った。

 こんな時間に呼び鈴を鳴らすのは。

 出ると、予想通り、そこに在ったのは遠州久遠の姿だった。

 なぜかジャージ姿だ。そのくせロング手袋グローブはつけてる不思議装束。その上両手で蓋付きの大鍋を抱えていた。



「明かりが見えたので来た。おはよう」


「ああ、ぜんぜん早くはないけど、おはよう……それは?」


「晩御飯だ。作ってみた。口に合うといいのだが」


「お、おい、大丈夫だったか?」



 この数日間、料理の訓練はしていない。

 ぎこちない動きの久遠に刃物を持たせるのが怖すぎたからだが、無事ということは、さすがに体を動かすことに慣れてきたのだろうか。



「すこし指を切ったが……治った」



 ぜんぜん無事じゃなかった。



「オイ大丈夫か、指とか入ってないだろうな?」


「大丈夫だ。こう見えても黄泉返る前は自炊していたんだ。そこまで不器用ではない」


「でも切ったんだな」


「ペンを持つのとも、また感覚が違ってな。いい練習になった」



 久遠は満足げだ。満足げというか、ものすごい勢いでドヤ顔だ。

 あいかわらず表情の微調整はできていないんだろうけど、今度料理する時は、俺が見ているところでやって欲しい。心臓に悪すぎるから。



「……刹那」



 と、久遠はあらたまって呼ぶ。

 なんだろう、と思っていると、久遠はまっすぐに俺を見て、言った。



「ありがとう。助けてくれて。刹那を救ったのは三木かもしれないが、ボクを救ってくれたのは、間違いなく刹那だ」



 一瞬、心が真っ白になった。

 受け入れるには、大きすぎる言葉だった。

 ゆっくりと、久遠の言葉を抱え入れて、噛みしめて……涙がこぼれそうになった。


 久遠は俺を見ていてくれた。俺を信じてくれていた。

 心が震えて、声まで震えてしまいそうで、すこしのあいだ、目を閉じて……それから、笑う。



「当り前だ。俺はお前の――ヒーローなんだからな」



 胸を張って言った俺の言葉に。



「……ああ!」



 久遠は、うれしげに口元をほころばせた。







 鍋の中身はカレーだった。

 ものすごくいい匂い。腹はぺこぺこだ。

 山盛りのご飯をカレー皿に余所って、たっぷりとかける。



「……どうだ、刹那?」


「美味いな……うん、美味い」



 一口、味わって。俺は陶然としてつぶやいた。

 命の危機から逃れた、その安心がこのひと口に集約された感じだ。



「……おいしい」



 久遠も同じなのだろう。はっきりとそう言った。



「おいしいと、感じるか?」


「ああ。そう感じた。そうか……これがおいしさに心が震える感覚か」



 しっかりと、噛みしめるように、久遠はカレーを味わう。

 そんな久遠の姿を見ていると、わけもなくうれしくなってくる。

 金曜日、家を訪ねて来た時の、絶望のような彼女を知っているから。

 感情を喪い、心を喪い、“生の実感”だけを求めていた彼女を知っているから、こんな彼女の姿が尊いと思う。



「……なあ、飯食ったら、ゲームパーティーしないか?」


「いまから?」



 久遠は首を傾けた。

 時間は夜9時30分をすこし回ったところ。

 体はガタガタだし明日は学校だ。最高に行きたくないけど、それよりも、猛烈に今を楽しみたい。久遠とめいっぱい遊んでみたい。



「そう、コンビニ行っていろいろ買いこんでさ、いまから朝までぶっ通しで遊ぶんだ。きっと楽しいぞ!」


「よくわからないが、刹那が言うなら間違いない。ぜひともやろう」



 盛り上がって、食事を終えると二人で近所のコンビニに駆けこんだ。



「えーと、ポテチだろ? チョコだろ? アイスもいっとくか! あとコーラと烏龍茶と……」


「これも」


「コンドームじゃねえかいらねえよいくら盛り上がってもそれはねえよ!」


「……ちぇ」


「ちょっと久遠さん? なんでそれだけレジに持っていってるの? なんで会計済ませてるの? それを使う状況なんて訪れませんよ? あとアルバイトのお兄さん俺は無罪なのでこっそりスマホ操作するのやめてください!」



 夜道を帰る。

 雲ひとつない星空。

 わけもなく楽しい気分になって、叫びたくなる。

 きっと命の危機から脱したせいでナチュラルハイになってるんだろうけど、いまはこの衝動に身をゆだねていたい。



「すげえな世界!」


「刹那がボクの知らない生きる喜びを満喫してる……」


「おーい久遠さん? その個包装のゴム製品はいまこの状況で封を切っていいものじゃありませんよ!?」


「ボクも実感したい……」


「だから! いまは遊ぼうぜ! いっしょにさ!」



 不穏な動きを見せる久遠の手を取って、駆ける。


 いっしょに楽しもう。

 いっしょに心を震わせよう。

 生きていることを実感するのなら、きっとそれが一番の――近道だから。





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