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きみと描く、英雄の詩  作者: 寛喜堂秀介


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01 滝口刹那はかく語る


 幼馴染ってさ。

 漫画なんかでよく登場するだろ?

 たいていお隣に住んでて、毎朝起こしに来てくれて、もちろん主人公のことが大好きなわけだ。


 すっげー男心くすぐるよな?

「俺も幼馴染欲しい!」って思うよな?

 でもな、あたり前だけど、ああいうのは現実じゃないんだ。


 実際さ、俺にも幼馴染が居る。

 家が隣で同い年でまあ美少女だ。立ち位置的には完璧だ。

 でもさ、あいつは朝起こしになんて来てくれないし、料理も作ってくれない。それどころかここ数年は、顔を合わせてあいさつする以上の会話なんてした覚えがない。


 もっと小さい頃はさ、俺があいつの面倒見てたとこもあって、けっこう懐かれてたんだけどな……まあ、いまさらか。

 あの頃の関係に戻りたいかというと、いい年していまさらって感じだし、なによりそこから恋愛になんて発展しそうにない。

 それにいくら巨乳で美少女だといっても、中二病をこじらせたぼっちとつき合いたいとは……いや、まあ、あっちにその気があるのなら迷わず釣られる所存だけど、まあ無いだろ。


 と、話が逸れまくったな。

 まあつまり、なにが言いたいのかというと、現実の幼馴染なんてのは、そんなにいいもんじゃないって話なんだよ。



「――ほぉう? それを、あなたの小学校以来の幼馴染であるところのわたしに、わざわざ言う理由を聞いてもいいですかね? 滝口刹那たきぐちせつなくん?」



 往来に面したカフェの、オープンテラス。

 テーブルを挟んで座るショートヘアの少女は、俺の怒涛の語りを聞き終えると、引きつり笑いにも似た表情を浮かべ、尋ねてきた。



「なーにいってんだ。俺は女の幼馴染について語ってるんであってミキ丸おまえのことなんてカケラも腕がねじ切れるっ!?」


「刹那くーん? その“ミキ丸”ってのをやめろっていつも言ってますよねわたし? 別にいまさら女扱いしろとは言わないけど、男扱いはないんじゃないですかねー?」


「いたたたたギブ! ギブアップ! すみませんミキマ――じゃない、三木真里絵みきまりえさん! レディ! 女史! でも趣味が完全に男なのはどうかと思いますっ!」


「それはあなたの趣味に合わせてるだけで――ああ、まあいい。許してあげましょう」



 ミキ丸は、言って俺の腕を捩じるのを止める。

 ほっと息を吐く。あやうく腕が絞った雑巾みたいになるとこだった。



「人間の力じゃねえな……」


「なにか言ったかな?」


「なにも言ってませんです! レディ!」



 びしっと背筋を伸ばして心にもないことを言う。

 バレバレなんだろうが、外面だけでも殊勝な態度を取ったからか、ミキ丸は見逃してくれた。


 さすがミキ丸さん!

 その鷹揚さ度量の広さは古代の英雄豪傑もかくやと……さすがにこれ口に出したら物理的にねじ切られるな。



「でも、あれですね。幼馴染ヒロインって、漫画でも小説でもだいたい最後には負けますよね。転校生とか人外とか異世界のエルフやお姫様とか妹とかに」



 おや。守備範囲だけあって、ミキ丸もなかなか言うじゃないか。



「いや、でもな、考えてみろよ。世の中にはいろんな漫画やゲームや小説があるけど、幼馴染のヒロインが出てこない作品の方が少ないくらいだろ? 特にラブコメとかハーレムものとかだと。やっぱそれだけヒロインとして魅力があるんだよ。格闘漫画でもさ、異種格闘戦やるやつには、だいたいムエタイが出て来て噛ませ犬になるだろ? あれは“ムエタイは強い”って認識が下地としてあるからなんだ。わかるか? 噛ませ犬は強くなきゃダメなんだ。それでこそ勝ったやつが輝くんだよ」


「でも結局負けるんですよね?」


「負けるよ! 負けるけどそれは幼馴染の魅力を否定するものじゃないし俺は幼馴染ヒロイン好きだよ! でも現実にはそんな人間いないじゃないか! 俺はそれが悲しいんだよ!」



 俺は熱く主張する。

 対するミキ丸の瞳は、彼女の持つコーヒーのように冷め切っている。



「あたりまえでしょ。漫画じゃないんだから、ヒロインが欲しいのなら作る努力をしないと。それこそ漫画やゲームに使ってるお金と時間を身だしなみのために使うとか」


「やめろ。俺からジャンプを奪わないでくれ……ジャンプが読めない人生なんて考えられない」


「だったらジャンプ読んでる子彼女にしなさいよ……まったく。それだけ身長あって、運動神経も良くて、見てくれも――うん、悪くないのに、一切モテたことないとか、なかなか出来ることじゃないですよ?」



 やめろ。その言葉は俺に効く。



「わたしもね。刹那くんに彼女ができたらなーって思ってますし、刹那くんが勇気を出せば、それはすぐに実現できることなんですけどね」


「おまえは優しいなあ……さすが俺と趣味を同じくする盟友」


「むごたらしく死んでください」


「いきなりひどい!?」



 謎の手のひら返しに、抗議の声をあげる。

 ミキ丸はつーんと横を向いて――おやと眉を動かした。



「と、ウワサをすれば、ですね」



 ミキ丸の視線を追う。


 夕暮れの商店通り。

 道行く人に紛れて歩いて行くのは、黒髪の美少女。

 紺のブレザーにチェックのスカート――俺やミキ丸と同じ千字文高校の制服。肌の露出を避けるように、足元は黒のニーハイソックス。そろそろ暑くなってきたというのに、腕にはロングの手袋グローブ


 件のお隣さん――幼馴染の遠州久遠えんしゅうくおんだった。



「どうです? 声をかけてみます?」



 ミキ丸がいたずらっぽく問いかけてくる。

 正直気が進まない。というより、あいさつ以外に会話の持ち球がないんだが、ここで逃げては男がすたる。



「よう、久遠。いま帰りか!?」



 にこやかに声をかけると、久遠はこちらを向いて。

 腐った雑巾でも見たかのような表情を浮かべると、軽い会釈だけして、そそくさと去っていった。



「……おい、いま俺はすごく傷ついている」


「幼馴染とは」


「傷ついてるっつってるだろ追撃すんな――くそっ、うすうす気がついてたが、あいつ実は俺のこと嫌いだろ……」


「ぶっちゃけ刹那くん、外面そとづら以外女に好かれる要素ないよね特にインドア系女子には、と思っても口にしない優しさがわたしにもあったのでした」


「言ってる言ってる! 言葉のナイフでガンガンぶっ刺してますよミキ丸さん!?」


「はっはっは――と、そろそろ道場に行っとかないと。お先に失礼しますね」



 ひとしきり俺をいじめてから、ミキ丸はおもむろに席を立った。


 道場とは空手の道場だ。

 ミキ丸は総合系の空手道場に通ってて、それが体格と性別に似合わない怪力の理由でもある。

 実は俺もおなじ道場に在籍してるのだが、ワケあってお休み中である。だいたい目の前の戦国猛将が原因なんだが。



「まったく。俺の方が上なのは、在籍年数だけになっちまったよなあ」


「刹那くん、骨弱いですからねー」


「おいおい、俺の骨折ったの四回が四回ともおまえなんですけど? おかげで俺、道場通ってる期間より骨折で休んでる期間の方が長いんですけどー?」



 骨といっしょに心も折られたわ!

 むしろ男としてのプライドだけで、骨を折られまくっても挑み続けたことを褒めてほしいわ!



「だから、お詫びに道場一の美少女と評判のわたしが、時々お茶を御馳走してるんじゃないですか」


「あの道場、俺らの年頃の女っておまえくらいしか居ないけどな」


「学校屈指の美少女と言いかえてもいい」


「両手両足使って数えりゃ、ギリ入ってくるかもしれないな」



 ミキ丸の主張に、的確に水を差していく。



「はっはっは。さてはあなた、ちっとも感謝してませんね?」


「ふっふっふ。実は骨折と相殺できるか微妙な感じだと思ってる」



 渇いた笑いを浮かべるミキ丸に、お返しとばかり本音を告げる。


 まあ、ミキ丸がそれなりに美人だってのは否定しない。

 鋭角な造作だけど、物腰が柔らかいせいか地味に人気があるのも知ってる。

 これで魂の形が戦国猛将でさえなければモテたに違いない。魂の形なので矯正は不可能なんだけど。つまり人気はあっても絶対モテないってことだけど。



「ちくしょう次はぐうの音も言わせず感謝させてやります……それで、刹那くん、道場にはいつ頃復帰できそうですか?」



 四度目に骨をぶち折られたのは二月のことで、怪我自体はすでに治ってはいる。

 だが、だからすぐに復帰、とはいかない。事あるごとに病院の世話になるものだから、ついに母親からストップがかかってしまったのだ。



「しばらくは無理かな。もうちょいほとぼりさまさないと……親父が生きてればなあ」


「生きてる生きてる。刹那くんのお父さん海外赴任中なだけだから――と、ほんとに時間がやばい。行ってきますね! 最近殺人事件で物騒だし、帰り道、気をつけてくださいね!」


「おー、いってらっしゃーい。おまえこそ気をつけろよ」



 鞄をつかんで駆けていくミキ丸の背に、俺はひらひらと手を振って見送った。







 携帯で確認すると、時刻は午後五時前。

 青空を遮るように、分厚い雲が天を覆い始めている。



「俺も、降らないうちに帰らないとな」



 予報は晴れだったので、傘なんて持ってきていない。

 やや早足になって商店街を横切り、踏切を通り抜けたところで、ふいに警報器が鳴った。


 なんとなく、振り返る。

 ちょうど目の前で、遮断機が落ちた。

 警報器の音。遠くから近づいて来る列車の音。

 線路を隔てた向こうに、ふと見知った顔を見つけた。


 遠州久遠だ。

 気づいたのか、久遠も驚いたようにこちらを見ている。

 バツが悪そうに、一度視線を外してから……久遠はこちらを向いて口を開く。


 瞬間。

 通過する電車が視界を遮った。

 久遠がなにか叫んだようだが、聞きとれなかった。


 上りと下り、二本の電車が通り過ぎた後には、もう久遠の姿はない。

 こちらに来ないということは、今日は塾なのだろう。いっしょに帰るのが嫌で、帰るタイミングを外したとは、さすがに思いたくない。大丈夫だよね?



「……まあ、帰るか」



 考えても仕方ない。

 ふたたび踵を返して、家路につく。



「……久遠のやつ、なにを言おうとしたんだろうな」



 すこし気になったが、確認しようがない。

 まあ疎遠になったといっても、家は隣で学校も同じだ。

 また顔を合わせた時に尋ねればいいか、と、そう思った。



新連載です。よろしくお願いいたします。


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