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ぷらすまいなす  作者: 夏みかん
第三章
7/9

2人で得たもの 1

12月も半ばになり、学期末テストなどを終えるとクラスのムードはクリスマスに突入していた。これを期に彼氏彼女を作ろうと動く者や、友達ばかりを集めてパーティーを企画する者など様々いて、浮かれた雰囲気になるのも無理はなかった。


「城乃内君はどうする?」


有志を募ってのクリスマスイブのパーティーに誘われた昴は目の前に立つ活発そうな今時のギャルという出で立ちをした近藤南に向かって首を横に振った。


「悪いけど、予定あるからさ」

「おお!彼女とかぁ?ニクイね、このっ!」


見た目は今風なのに口調が古臭いと思う昴は苦笑しつつ肯定も否定もしなかった。ニヤニヤした顔をしつつ立ち去っていく南を見ていた昴の前に同じくニヤけ面をした親友である市川王輝が立った。


「ってことは許婚とディナーか?」

「そのニヤニヤをやめろって・・・・ディナーってか、まぁ、なんか食べる程度だけどさ」


机に肘をついて顎を乗せた昴はどこか浮かない顔をしていた。王輝はそんな昴にニヤけ面を消し、昴の机の上に腰掛ける。


「なんだよ、嬉しくないのか?」

「んんー、まぁ、そうじゃないけど」


歯切れの悪い言い方をする昴にますますニヤけ面を濃くする。昴の歯に物が挟まったような言い方から田舎の子をディナーに連れて行くのが恥ずかしいと取ったような顔だ。そんな王輝を見つつ、あちこちに声をかける南を目の端に入れた昴は席を立つ。放課後の教室はざわめきを増し、そういう雰囲気があまり好きではない昴は王輝を誘って廊下に出た。そのままジュースの自動販売機がある渡り廊下へと向かう。そこにはベンチもあるが、既に3年生の女子たちが占拠していて使えない。昴と王輝はジュースを買うとベンチから離れた場所に立って壁にもたれた。


「あのさ・・・姫下さんにも、誘われてるんだよ」

「・・・やっぱそうか」


気づいていたというようにそう言った王輝の顔は意外にも普通だった。真琴に告白をしてフラれてからも、真琴とは昴を含めて複数で遊びに行っているが仲はいいようだ。吹っ切れたのかと思うが、そうでないことは知っている。


「正直、どうしていいかわからない」

「行って来ればいいじゃん」

「・・・・それまでに、告白の返事をしようと思ってな」


その言葉に王輝は飲みかけたコップを口から離した。驚きと期待、そんな対照的な感情が入り混じった目を向ける王輝から手に持ったオレンジジュースの入ったコップへと視線を落とした昴は心美の顔を思い浮かべた。ここ最近、少しだけ雰囲気が和らいだ感じがしている。相変わらずの無表情、無感情だが、それでも少なからず変化が見えてきた感じがしている昴はそんな心美にもっと変わって欲しいと思い始めていた。自分といることでもっと劇的に変化するのであれば、今の真琴との宙ぶらりんの関係は心美にとってマイナスになる。いや、心美だけでない、自分にとってもマイナスでしかなかった。


「で、返事はどうするんだ?」

「お前にとっちゃプラスだよ」

「やっぱ断るのか」

「そうだよ」


昴は短くそう言ってジュースを飲む。王輝は氷をかき混ぜるようにコップをくるくる回しながらじっとそれを見つめていた。


「で、いつ?」

「こんな時期に呼び出したら、期待させるよな?」

「だな」


王輝は鼻でため息をつくとジュースを飲む。昴は難しい顔をしつつキャーキャー騒いでいる3年生の女子へと頭を巡らせた。正直、真琴を振るのは心が痛む。けれどここまで待たせた結果、考えた結果がそれなのだ。たとえ憎まれようとも、恨まれようとも答えはちゃんと伝える必要がある。


「どっちにしろ早い方がいいぞ」

「わかってる」

「あとのフォローは任せろ」

「それもどうかと思うけど・・・でも、頼むわ」


昴は弱々しく微笑み、ジュースを一気に飲んだ。王輝はそんな昴の肩を2度ポンポンと優しく叩くと昴の紙コップを奪うようにして自分のと一緒にゴミ箱に捨てるのだった。



今日は帰りのホームルームが終わると同時に教室を飛び出していた真琴はお気に入りのアーティストのベストアルバムを買うべく一目散にショッピングモール内のCDショップに立ち寄っていた。予約していたとはいえ、ドキドキしながらそれを受け取ると幸せでとろけそうな顔をしてみせた。赤いコートにピンクのマフラーをした真琴は店にいた男性が振り返るほど可愛い容姿をしている。だがそれをひけらかさず、じつに素朴で自然体な感じが同性にも好感を得ていた。そんな真琴はCDを手に持ったままショッピングモールを出ると近道である商店街を通って家に向かった。早く帰って早く聞きたい、それだけを思いながら。


「フグ、ですか?」

「そう。時期的にいいよ!カニもね!どうする?」

「今日は止めておきます」


魚屋の主人に対し、実に丁寧な対応をする女性が目に入った。薄手のジャケットに赤いマフラーをしているその女性は横顔だけでもかなりの美人だとわかる。


「くぅー!心美ちゃんは手堅いなぁ」


通り過ぎようとした真琴の足が止まった。今、魚屋の主人は何と言ったのか。


「あまり高いのはちょっと・・・年末の食材としては考えておきます」

「あいよ、待ってるからね。はい、これね」


主人はにんまり笑いながら魚の入った袋を差し出し、心美はお金を渡してそれを受け取った。心美は軽く主人に頭を下げてから歩き出す。魚屋の主人はそんな心美に笑みを見せるものの、心美のその表情は完全に無く、まるでロボットのように、それでいて姿勢正しく優雅な感じで歩いていった。


「まさか・・・あの人が?」


その姿は昴が言っていた感じと一致する部分が多い。無表情で無感情、そして全てが完璧だと。今、目の前を通って行った女性はそんな感じだ。実に無表情ながらそれでいて上品さを持っていた。ただ、物凄い美人という点が王輝の情報とは食い違うが、よく考えれば王輝がそう言っただけで昴は容姿に関して何も言っていなかったことを思い出した。


「あの!」


気がついた時には思わずそう声をかけていた。背後から声をかけられた心美は驚いた風もなく振り返る。口元まで上がったマフラーがあれど、その白い肌は透明感を持っているのがわかるほどだ。感情のない目だが、顔立ちは完璧といっていいほどに整っていた。まるでモデルのようだと思う。


「なにか?」


尖った風でもない、そんな感じでそう言い、真琴を見つめている。真琴は心美の持つ雰囲気に飲まれそうになりつつもぐっと前に出て口を開いた。


「失礼ですが、あなた、もしかして城乃内先輩の・・・・許婚さん、ですか?」


使いたくない言葉をさん付けで使ってしまったが、それは心美の澄んだ目のせいだと思う。感情はない、そんな目のはずだが何かしらの意思がこもった風に見えた。


「そうですが、あなたは?」


そう言って気づいた。以前、昴と一緒にいた、確か姫下という同級生だと。


「わ、私、城乃内先輩の後輩で、姫下と言います。姫下真琴です」


こちらも無表情に近い状態で自己紹介をする。そんな真琴を見た心美は以前引っ越して間もない頃に昴と一緒に歩いていた女子高生がこの真琴だと確信し、軽く頭を下げた。真琴もまた軽く会釈をする。


「三崎心美です。よろしくお願いします」


今度は丁寧に頭を下げる。思わず真琴も頭を下げてしまった。心美は顔を上げながらぐいっとマフラーを下げて口元を露出させる。愛らしい唇にはルージュはおろかリップクリームすら塗られていない。真琴も高校生なので化粧はしていないが、リップクリームはオシャレとして塗っていた。それなのに完全にすっぴんの心美の方が美人だと思う。負けたとは思いたくないが勝った気はしない。かといって恋敵を前に早々と敗北も戦意喪失もしたくなかった。


「く、クリスマスの予定とか・・・あるんですか?」


唐突にもほどがあると自分でもそう思う。だが、心美を前にしてそれは絶対に聞いておきたいことだった。心美もまた初対面でこんな質問をされつつも、全く表情を変えない。この辺りは昴が言っていたのと同じ印象を受けた。そう、人形のようだと。


「まだ聞いていません。昴さんは何か考えているような感じでしたが」


機械すぎるほど機械的だと思うが、真琴は少しだけ今の言葉に込められた感情を感じていた。そう、それは自分と同じ、嫉妬や敵対心のようなものを。気のせいかもしれないが、確かにそれを感じる。


「そ、そっか・・・・じゃぁ、誘っちゃまずいかなぁ、ははは」


乾いた笑いをしつつ、泣きそうにもなってしまった。自分にはまだ誘いはなく誘ってはいるが返事はない。それなのに彼女にはそれらしいことを仄めかしている。それはもう告白の答えが出ている、そう思えてしまった。だが、ライバルの前で涙もそういう表情も見せられない。真琴は無理矢理にんまりと笑うと心美をじっと見つめた。負けないという意思を込めて。


「すみません、わざわざ呼び止めてしまって」

「いえ、こちらこそ。では失礼します」


丁寧に頭を下げる心美に真琴も軽く頭を下げた。心美の年齢がいくつかはわからないが、年上にしか思えない。まさか自分と同じ年だとは思わず、去っていく心美の後ろ姿を見つめる真琴は胸の痛みを覚えてその場から逃げるように走り去るのだった。負けた、そう思う。何が負けたのかはわからないが、敗北感だけが胸を占めていくのだった。



駅前のスーパーが見えてくる。そんな場所を昴は王輝と会話をしながら歩いていた。クリスマス前に真琴に返事をするのは止めて年明け早々にしようという風な話をしていたのだ。勿論、クリスマスは多人数のパーティにも誘わず、また誘われている分は断るということにしている。今の時期に振るのは酷であり、王輝としてもフォローしづらいとの判断でそうなっていた。今にも雪を降らせそうな濃いグレーの雲が空を覆っている。天気予報ではクリスマス前後は寒波が到来するとかで、ホワイトクリスマスの期待が高ぶっていたが寒いのが苦手な昴にとってそれは悲しいことでしかなかった。


「家でカニすきねぇ」

「悪いかよ」

「悪くはないけど、レストランとかの方がいいんじゃねーか?」

「今から予約もしたくねーしな。家で2人でのんびりしたい」

「のんびりエロティックにかぁ?田舎の子は純情だろうし、初モノだろうし」


完全に心美をバカにした言い方だったが、会った事が無いためにそれもしょうがないと思う。かといって会わすつもりも毛頭無かったが。昴はため息もつかず呆れた目を王輝に向けていた。


「そんなのはないって」

「そうなのか?まぁ、頑張れ」


女性と2人で同居しておきながらいまだにキスもないと聞いている。そうなればよっぽどの相手だと思う王輝は自分にそういう許婚がいないことを幸せに思った。普通の容姿であっても、2人きりの生活だと我慢できるとは思えない。しかも17歳の健全な男子なのだ、やらしいことが浮かんで仕方が無い年頃なのだから。


「昴さん」


不意に横からそう声をかけられ、2人の足が止まった。それはちょうどスーパーの前を通りかかった時だった。そのスーパーの方からしたその声に2人がそっちを見れば、赤いマフラーを着た美女が2人を見つめている。


「おかえりなさい」


感情のない声に昴がおう、と言いながら頭を掻く。王輝は今の言葉と昴の態度からある答えが瞬時に頭に浮かんだが、それを必死に否定している自分がいることに気づいていない。


「あー・・・・あれだ、許婚の三崎心美・・・・・こっちは親友の市川王輝だ」


言いにくそうにそう紹介をした昴は困ったような笑顔をしている。王輝は完全に思考を止めてマフラーを下げる目の前の美女に見入っていた。その美女、心美は丁寧に頭を下げた。


「三崎です。昴さんがいつもお世話になっています」


既に妻のような台詞だが、昴は何も言わない。感情のない目をしながらも顔を上げた心美に我に返った王輝は動揺をありありにしながらも軽く頭を下げるのが精一杯だった。


「市川です、どうも」


なんとか搾り出した言葉がそれだ。昴は苦笑し、この場からさっさと退散することにする。


「じゃぁ、王輝、ここでな。行こうか」


軽く手を振って心美の背中に手をやった昴が足早に立ち去ろうとしたときだった。


「お前ん家、行くわ」

「いいよ、来なくて」

「行くから!」


何故か昴の胸倉を掴む王輝の顔は笑っていたが、目は怒りに燃えていた。昴は深いため息をついたが、心美はただじっとその2人のやりとりを見つめているだけだった。



テーブルの上に紅茶が3つ並んでいた。湯気を立てているその可愛らしいカップを見つつ、王輝は心美を凝視できないでいた。昴からその存在を聞かされた時から、勝手に田舎の三つ編みで小太り体形なブスを想像していたからだ。それなのに実物は正反対だったことからそのショックは大きい。美人で清楚で、そして上品だ。確かに感情はなく表情もない。しかしそれを補って余りある可憐さは昴に対する猛烈な嫉妬しか湧きあがってこなかった。それ以上に何故もっと早く心美に会わなかったのかを後悔する。先入観があったとはいえ、興味があった分さっさと会っておくべきだったと今更ながらに悔やんでしまった。


「羨ましすぎる」


ぽつりとそう呟き、心美を見て鼻の下を伸ばした。はっきり言ってモデルやアイドルなど足元にも及ばないと思う。知り合った女子大生もモデルのような容姿をしていたが、この清潔感と透明感は持ち合わせていなかった。そのせいか、人形のようにちょこんと座ったままの心美から昴へと目をやった王輝から殺気がにじみ出ていた。


「真琴ちゃんが振られるわけだよ」

「いや、それは・・・」

「関係ねーとは言わせないからな!」


鋭く睨んでそう言う王輝に愛想笑いを返し、昴は紅茶をすすった。そんなやりとりを見ていた心美がおもむろに口を開く。


「その真琴さんに会いました。先ほど昴さんたちに会う少し前に」

「え?」


2人が同時にそう言い、まったく同じ動きで心美へと顔を向ける。表情もまた同じでかなり驚いたものだった。


「魚屋さんの前で声をかけられました。挨拶した程度でしたが」


丁寧で可愛い声に王輝はくらくらする頭をなんとか正常に保つ。昴は腕組みをしつつ、やはり年明けをめどに告白の返事をするべきだとの決意を固めた。真琴がどんな印象を持ったかは別にしろ、その存在を目の前にしたのだ、これはもう天命としか言いようがなかった。王輝もまた同じ考えに至ったようで、昴を見て頷く。


「何か問題でも?」

「いや、ないよ・・・あるっちゃあるけど、こっちの話だし、大丈夫」

「はい」


よく分からない答えだったが、心美は納得したかのような感じでそう言った。表情が無い、それがどんなに不気味かを知った王輝だったが、その顔もまた美人なだけに嫌悪感は抱かなかった。


「真琴ちゃんを選んでもいいぞ」


そっと昴に耳打ちした王輝に呆れた顔をする。その意図が分かりやすすぎたからだ。


「心美はだめだから」

「本家には説得に行く」

「・・・・お前のそういうところ、羨ましくも思う、けど欲しいとも思わないよ」


うんざりしたその言葉にニカっと笑った王輝に、心美はあからさまに首を傾げて見せるのだった。



結局クリスマスは心美と2人きりで過ごした。クラスからの誘いは全て断り、真琴からの誘いも断ったためである。クリスマスイブはカニすきを食べて満腹になる。この時、昴は心美に白いコートをプレゼントしていた。季節ごとに何着か服は買うのだが、心美の反応がないために昴が適当に選んでいる感じがしているが、この白いコートは心美に似合うだろうと思って買ったものだった。お金は有り余るほどあるが、2人は質素な生活を送っている。昴にこれといった趣味がないことと、心美がお金をかけないでやりくりする生活を叩き込まれてきたからだ。食事もごく普通であり、なるべく安い場所で買うようにもしていた。外食はデートの際にしているが、焼肉など滅多になくもっぱらファミレスか洋食屋、ラーメン屋になっていた。それもあって、少し値段は高かったものの昴はそのコートをプレゼントしたのだった。渡した際の心美の反応はいつもと同じで無表情、無感動だったが、持っている雰囲気は和らいでいた。それは昴にも伝わり、送った甲斐があったと嬉しく思ったほどだ。いつもしっかり家事をしてくれることへの感謝もこめていたため、昴は心美の誕生日にも何かこういうものをプレゼントしたいと思うのだった。そして心美から昴へのクリスマスプレゼントは腕時計だった。心美がこういうものを準備していたことに驚いたが、それ以上に嬉しさがこみあげてくる。気配りが出来る子だとは思っていたが、感情を失っていることもあって何の期待もしていたかっただけにその驚きと喜びはかなり大きかった。昴は満面の笑顔でそれを受け取り、それを見た心美がかすかな笑みを浮かべていたが時計に意識がいっていたためにそれに気づかない昴だった。



クリスマスが過ぎれば大晦日がメインイベントになるのか、それとも新年がそれに当たるのか。近年、元旦という概念は形骸化し、ただの特別なお休みといった感じになりつつある。昔の厳格な精神が消え失せてきたからか、それともデジタルな時代のせいか。若者の中でもメールで新年の挨拶をして年賀状は送らず、茶色い奇抜な髪型で振袖を着て夜中の初詣をデートとして楽しむ、その程度の認識でしかないのだろう。御節もお店やインターネットで買う時代だ、それも仕方がないと思えた。そんな中にあって大晦日の昼間からおせち料理を作っている心美は純日本人だと思う。昨日の時点で大掃除も終わっており、昴はのんびりとした時間を過ごしていた。それに大掃除といっても引っ越してから4ヶ月程度ではそうそう汚れてもいない。常にきちんと掃除をしている心美のおかげもあって、普段より時間をかけて掃除をしただけにすぎなかった。そして大晦日である今日はのんびりとくつろいでいる。夕方には心美と買い物に行き、その後の予定は未定だ。初詣に行こうと思っている昴だが、今日も冷え込みが厳しいためにどうしようかを悩んでいた。ずっとキッチンにいる心美はせわしなく動いており、いい香りも漂ってきていることもあって動きたくない気持ちが強くなっていたときだった。スマホが鳴り響く。表示された名前はやはりというか、王輝だった。昴はめんどくさそうに電話に出るとソファに深く腰掛けた。


「この電話は現在使われておりません」

『夜中から初詣に行こうぜ』

「この電話は使われてないんだけど」

『真琴ちゃんたちも一緒だけど、どうする?』

「会話をする気ないのか、オメーは」

『しっしっし。で、どうする?』

「初詣なぁ・・・」


そう言い、チラッと心美の方を見ればじっと自分を見つめている。何故か無表情のその顔が行かないで欲しいという風に見えてしまった昴はそんな心美に微笑みかけた。


『心美ちゃんも一緒にさ』

「今日は家でのんびりするって決めてたし、やめとくよ」


その言葉を聞く前に心美は既に鍋の方に体を向けていた。納得したのか、それとも興味がないのかはわからない。だが、さっきの表情は何となしに寂しそうな感じが出ていた気がする。


『じゃぁ心美ちゃんだけも貸してくれ』

「・・・・そっちがメインなわけね。貸すわけないし、行かないし」

『そっかあ。しゃーねーなぁ』


本当にあきらめたようでホッとしつつ、昴はもう一度キッチンの方へと目をやった。心美は鍋の中の出汁の味見をしている。


「どこの神社も混むぞ」

『まぁな。でも、楽しいぞ。本当は神咲神社に行きたかったんだけど、遠すぎるしさ』

「神咲?どこだ?」

『東京の郊外だよ。それでも千葉よりだったら行くんだけどなぁ・・・元芸能人の巫女さんとかいるし。それに雑誌とかでも有名だぞ。除霊を請け負う最強の霊能者がいるとかで』

「霊能ね・・・胡散臭すぎる」


超常現象に興味はないし、そんなものを信じてはいない。人は死んだら終わりであって、幽霊などいないと思っている。いるのでれば、幽霊でもいいから両親に会いたいと思っているほどだ。ますます興味を失い、昴は電話の向こうの王輝ですらわかる大きなため息をついてみせた。そんな昴に大笑いをした王輝は年始にご飯でも食べに行こうと言って電話を切った。苦笑しながら電話をテーブルに置いた昴が何かを飲もうと立ち上がれば、既にコーヒーと紅茶を入れた心美がやって来てそれらをテーブルの上に置いていく。どうやら電話の前からこれを準備していたらしい。昴は礼を言うとソファに座り直し、心美が当たり前のようのその隣に座ってテレビへと顔を向けた。


「初詣のお誘いですか?」


前を向いていた心美が自分を見てそう言う。何かを言う時は必ず相手を見るのが心美だった。


「そう。でも、断った」

「何故です?」


その言葉にどう言っていいかわからない昴はコーヒーを手にし、一口飲んで間を空ける。ゆっくりとした動きでカップを置く昴だったが、心美はその間一切口を挟まず、無表情のままでじっと昴を見つめていた。


「2人で行こう、って思ってさ」


まさか自分を見ていた心美の目が行かないで欲しいと訴えていたとは言えない。言ったとしても、そんなことはありませんと否定されるのがオチだ。実際に心美は表情もなくただ自分を見ていただけなのだから。だから咄嗟に出た言葉がそれだ。本当は家にいたいが、心美が行きたいといえば行くし、行かないと言えばそれでいい。昴にしてみれば心美が興味を示すとは思えず、後者だと睨んでの言葉だったが。


「そうですね、そうしましょう」


その言葉に思わずソファからずり落ちる。そんな昴を不思議そうに見やる心美を不思議そうに見上げる昴。


「行くの?」

「行かないのですか?」

「行くけど・・・行きたいの?」

「本家ではいつもそうしていました」

「・・・・そうだったね」


以前に父親からそういう話は聞かされている。本家では必ず大晦日の夜に近所の神社に行き、新年と同時にお参りをするしきたりがあった。子供が小学生になれば近所の家々も皆参加をし、そうやって新年を祝うのだということだった。自分が小学生の頃はその風習を父親が引き継ぐ形で近所の神社にお参りをしていたが、それも徐々になくなっていったことから忘れてしまっていた。それに家族全員がめんどくさくなったとのと、人の多さに嫌気が差した、そしてテレビで面白い番組が増えたことがその要因になったのだ。ということで、昴がそれを言い出さなくても心美から初詣に行きたいと言っていたらしい。だったら王輝たちと行っても良かったのではないかと思う昴は、あの時の心美の顔は初詣に行きたいという顔だったのではないかという疑問が頭に浮かんでいた。


「もしかして、王輝たちと一緒でも良かった?」

「昴さんがそれでよかったなら、それで構いません。でも、2人でと考えていましたので・・・」

「あ、そう」


何故か嬉しくなった昴はニヤけ面になっていた。心美が2人で行きたいと言うとは思っていなかったからだ。だが、安直に喜ぶ自分を諌める。心美にすれば、自分への愛情や嫉妬からその言葉を発したわけではなく、城乃内に仕える人間としての慣わしとしてそう発言したように思えたからだ。現に心美から愛情を感じたり、嫉妬を受けたことなどまだ1度もないのだから。


「そしたら、断った手前少し遠くの大きな神社に行こう」

「はい」

「でも、田舎と違ってすんごい人だからね」

「わかりました」


そう言って立ち上がる心美を見上げる昴の目が大きく見開かれる。今、立ち上がるその瞬間、心美の口元にかすかな笑みが浮かんでいたからだ。見間違いでも幻でもない、そう、それは確かに微笑だった。


「こ、心美っ!」


思わず立ち上がってそう叫ぶ。心美は手に持った2つのカップを抱え、昴の方へと顔を向ける。だがやはりというか当然というか、心美に表情は無かった。


「なんですか?」


今、微笑まなかったか、とは聞けず、昴はなんでもないと言ってソファに腰掛けた。だが、その微笑は鮮明に頭の中に残っている。無意識的なものだろうか。それでも昴は嬉しい気持ちで胸がいっぱいだった。無自覚だろうとも微笑んだ、その事実がある。ならば心美に感情が戻りつつあると信じられるからだ。昴は少しだけ心の荷が下りた気がしたが、まだまだ目標までの道のりは遠い。そう、それはまだスタートラインに立ったにすぎないのだから。



想像を絶するという言葉の意味を身を持って知った。拝殿まではざっと数百メートルはあるだろうに、進む速度は秒速5センチがせいぜいだった。それも進んでは止まり、止まっては進む速度でだ。振袖姿の若い子や場に似合わぬ金髪の男などが多いが、お年寄りや子供もいてそれはそれで風情がある感じはしている。それでもあまりの人の多さにげんなりした昴が横に立つ心美を見れば、何も言わずに前だけを見据えていた。昴がプレゼントした白いコートを羽織り、赤いマフラーをしている。周囲の人が見つめるほどの美貌も、無表情さが神秘的な感じが磨きをかけている。昴ははぐれないように繋いだ手の温もりを感じつつ、残った手に握ったカイロをポケットの中でまさぐっていた。自分を羨むような視線ももう気にならない。


「時間がかかるね」

「そうですね」

「疲れない?」

「平気です」

「あ、そう」


本当にロボットか人形かというような答えに何も言えなくなり、昴はじっとこの行列に堪えることにした。そうして1時間以上を費やしてようやく参拝できる位置までやってきた。心美は肩から提げていたポーチから財布を取り出すと千円札を手にしようとしてあわてて昴がそれを止めた。


「ちょ、千円は多いって」

「でも本家は・・・」

「ここは本家じゃないし、高校生の俺たちがそんな金を入れたのを変なやつらが見てたらたかられるぞ」

「その時は昴さんが対応してくれればよろしいのでは?」


不思議そうな顔をする心美に口を紡ぎ、仕方なく千円を受け取った。毎年こうなるのかと思うとガックリくるが、お金に関しては不自由しないうえにこういうことは盛大にした方がいいと開き直った。


「では、投入」


以前であればもったいないと思ったろうが、今はそれもない。それにこれぐらいお願いしないと自分の願いは叶わないとも思う昴は千円を賽銭箱に入れて手を2度叩き、そのまま手を合わせて目をつぶった。


「心美に感情が戻りますように・・・」


そう願う。自分のことではなく心美のことを願う昴だったが、実際、自分自身に願うことはない。両親の死後、いかなる理由でも死は突然やってくるものだと悟っていた。だから病気でもなんでも、それを運命だと受け入れる覚悟がある。それに自分にはもう身内と呼べる人は近くにいないこともあってそんな風に考えているのだ。お参りを終えた昴が横を見れば、心美はまだ目を閉じて手を合わせていた。その整った顔に思わず見とれていると、心美は目を開いて昴の方へと顔を巡らせた。焦る顔をする昴は咳払いをし、すぐに正面を向いた。


「終わった?」

「はい」

「じゃ、行こうか」

「はい」


2人は自然と手を繋いで拝殿を後にした。こうしたことが無意識的にできていることに昴は気がついていない。


「熱心だったけど、何を願ったの?」


人が少なくなった場所を歩いているせいか、ぴったりくっついていたさっきまでがどこか懐かしく思える。出店を見つつそう言った昴だったが、お腹は空いていないために何かを買うという選択肢はなかった。


「昴さんとずっと一緒にいられるようにお願いしていました」


まっすぐに昴を見てそう言う心美。対する昴は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。それは逆プロポーズのようであり、結婚はしないといった昴に対するお願いのようにも思えた。昴は心美から顔を背けるとニヤついている自分に気がついて表情を引き締めた。そう、ニヤついている場合ではない。


「そ、そんなことお願いしたのかよ」

「いけませんか?」

「いや、ま、お前の勝手だけど」

「そうですか」


心美は表情もなくそう言うと前を向いた。昴は嬉しく思っている自分に気づいて少し視線を落とした。元々許婚は仕方なく了承し、同居も本家に置いておけば修太郎の毒牙にかかるのが目に見えていたための承諾だ。要するに保護である。それに加えて何とか感情と自我を取り戻して欲しい、そう願ってのことである。心美に自我が芽生え、自分との関係を反故にしたいと言えばそれを認めるつもりだ。だがその傾向はほんの少しだけ見られたが、感情の変化も何もない。そんな心美が願うことがずっと自分といたいというものだと知った。それを嬉しいと思うのは少し違うと思う。心美はあくまで本家から告げられた許婚という立場を守っているだけのことなのだ。何故だろう、それが無性に寂しく思えた。


「一緒にいられるように努力します」


心美は完全なる無表情でそう言うと屋台の方へと顔を向けた。イカ焼きの美味しそうな香りに釣られたようだ。昴は苦笑し、それから心美を連れて店の前に立った。


「イカ焼き2つね」

「はいよっ!」


黙ったまま手を繋いでいる2人を初々しいと取ったのか、店の主人はにんまり笑いながら既に出来上がっている熱いイカ焼きを昴に手渡した。お金を払い、1つを心美に渡す。


「ほら」

「はい」


困ったような感じでそれを受け取る心美を見て昴が首を傾げる。だが何も言わずに店を後にした。出店のせいか明るく、人が多いせいで夜中という感じはしない。2人は黙ったままただイカ焼きを食べつつ歩いているだけだった。繋いだ手はそのままに。やがて神社を出れば、入り口付近以外はそう人は多くない。人ごみを脱したからか、昴はふぅと息を吐くとイカ焼きが刺さっていた割り箸をゴミ箱に捨て、心美もそれに習って同じようにしてみせた。


「美味かったな」

「はい」


ここでまた心美の口元に微笑が浮かぶ。本当にかすかな笑みだが、昴はそれを見て赤面しつつ同じように微笑を浮かべた。この変化を心美に悟られてはならない、そう思っての行動だった。もしそれを指摘すれば、せっかく芽生えてきた自然な笑みもまた消えてしまうことになりかねない。


「なんですか?」


その言葉に我に返ると、心美はいつもの心美だった。無表情で自分を見つめている。


「いや、神様って意外に行動が早いのかなってね」

「早い?」

「ああ。さすが神様だよ」


にんまり笑ってそう言う昴の言葉に首を傾げる心美は何故か心が温かくなるのを感じている。それが心地よく、そしてムズムズしてくる。


「さて、と、帰ろうぜ。寒いし」

「はい。帰ったら温かいコーヒーでもいれます」

「お願いするよ」


昴はそう言い、優しく微笑んだ。心美は胸に何かがこみ上げてくるような妙な違和感を覚えつつ、その心地よさを味わうようにそっと目を閉じる。そのまま頷き、繋いだ手に力をこめた。

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