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砂の都市、続・砂の都市  作者: 水間耕三
1/1

ある闘病生活の日記

砂の都市

1・

病院の待合い室の隅に置いてある自動販売機の前では、いつものように西山氏が、しゃがみ込んでコーヒー牛乳をチュウチュウと飲んでいる。

彼自信曰く、 三点違いで東大を落ち、以来統合失調症が出たのだと言う。

西山氏の行動は一風変わっている。

まず歩き方だ。彼はまともな歩き方はしない。まるでカエルが跳び跳ねるように、ぴょんぴょんと歩く。目はうつろだ。そして何かをいつもブツブツ呟いている。午後は天気がよいと

病院の中庭に出て雑草むしりばかりしている。


「時山さん、どうぞ」

待合い室に担当医の低い声が響き渡った。

マサシはのろのろと立ち上がり、診察室の中に入っていった。

「調子はどうですか」

トミタ先生はいつもこう切り出した。

「まあまあってところですね」とマサシはいつものように答えた。

マサシがこのF病院に入院したのは二年程前のことだった。病名は鬱病。一ヶ月程で退院したが、以来二週間に一度、外来で通院を続けている。

つい最近、マサシは、小さなハンコ屋でアルバイトを始めた。主に年賀状や喪中挨拶、名刺などの簡単な校正である。

マサシは、通院に不都合がないよう、木曜と日曜に休みを貰うことにした。

「毎日仕事は行ってますか」

とトミタ先生は必ず聞く。精神病患者は毎日仕事に通えるようになって゛良く゛なったと判断される。正確に言えば症状が軽くなったと判断される。これを専門用語で゛完解゛と言う。

とは言っても、向精神薬を大量に飲みながら、ようやく毎日仕事に行っている、というほどのものだ。相変わらず二週間に一度は通院し、診察を受け、抗鬱剤や抗不安剤、精神安定剤、睡眠薬などを毎日大量に飲み続け、何とか仕事をこなしているのだ。

「朝がつらいですね。何故だかわからないけど、何もしたくなくなるんですよ」

特に朝起きてから午前中一杯調子が悪いのが、典型的な鬱の症状の一つだと言う。放っておけば夕方まで布団の中に入っている。病気を経験したことがない者には、ただの怠け者としか映らない。

鬱病は別名゛死にたい病゛とも言う。重症の鬱病患者は絶えず自殺を考えている。トミタ先生のいるF病院でも、毎年数人は病院を抜け出し自殺をしている。

症状は刻一刻と変化する。夜、病院のロビーで歌番組を見ながら、一緒に楽しそうに口ずさんでいた人が、翌日、JRの駅で列車に飛び込んで死んだ例もあった。

診察を終えて待合い室に戻ると、いつの間にか、お馴染みの顔が揃っている。

マサシは、ここへ来る度にいつも別の世界へ来たような感じがした。時間の流れが異常に遅いのだ。だが、つい二年程前は、マサシも普通の世界の住人だったのだ。

マサシは、クスリを受けとると、まるで逃げるように待合い室を飛び出した。

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