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「しろがねは有川に迫ったりしないの。」
昼休みの資料室、二人は行為が終わり、床に座り込んでいた。
「私は別に、貴方みたいに体の繋がりを重視していないから。
これでもね、たまに恋人になれる時もあるのよ。」
しろがねは胸元のリボンを結び直しながら言った。
簫子はまるで自分が色情魔のような言い方をされムッとし、少しからかってやろうとしろがねのリボンを隙を見て解いてしまう。
「もう…」
しろがねは困ったように笑うと、再びリボンを結び始めた。
白く細い指がくるくるとリボンを結ぶのを見るのは面白かった。
「毎回同じような世界で、新鮮なものと言えば快楽だけじゃない?もう私達先へ進むのを諦めているんだし。」
しろがねの細く白い首に吸い付く。
口を離せば、赤い花びらが一枚咲いた。
最近、級友達に二人の関係を怪しんでいるものもいるが、「私達の世界」にはそんな噂など関係のないことで。
どうせ巻き戻せば全てなかったことになる。
「あら、私諦めたなんて一言も言っていないわ。あの人が死なないように今も努力をしているし、二人で生きる道があればループを抜け出す。」
キュッとリボンを結べば、蝶々のように美しいリボンが結びあがった。
簫子はしろがねのその言葉を聞いて何故か嫉妬のような、自分でもわからない黒い感情が湧きあがってきたのを感じた。
「…へえ。じゃあいつかループを抜け出したらしろがねには二度と会えないかもね。」
「そうね。」
淡々と答えるしろがねによくわからない怒りを覚え、両手首を掴み壁に追いやった。
壁に強く打ちつけた音がし、もしかしたらしろがねは頭でも打ったのかもしれない。
だが、そんなことは今の簫子には気に掛ける余裕すらなかった。
「本当にむかつく。このまま服をひん剥いて、全校生徒の前に放り投げてやりたい!」
資料室に、簫子の泣きそうに震えた怒りの声が響いた。
しろがねの目が簫子をじっと見つめる。色素の薄い茶色の瞳が、穢れなく簫子を捉えていた。
この美しいものしか見て来なかったような目を抉り取ってやりたい。
そしてカラスの餌にしてやりたい!
何百年ぶりかの怒りの感情をコントロールできない。理性が働かない。
「なんで貴方がむかつくの?最初から私は不群が好きだって言ってたでしょう。」
しろがねが言い終わった直後、始業のチャイムが鳴り響く。
外から聞こえていた校庭で遊ぶ生徒の声も、いつしか聞こえなくなっていた。
簫子は息を荒くし、だが感情に任せて何も言うことも出来ずにいる。
「勝手に好きになって勝手に襲って、勝手に振られただけじゃない。」
確かに正論だ。
だが、そんな正論が脳に届かないくらい怒りの炎に焦がれていた。
しろがねの手は、血が通らずまるで消えそうなくらい白く変色していた。
「でも!しろがねだって私に抱かれてたじゃない!抵抗なんてしなかった!」
そうか。これは嫉妬なんだ。
怒りの口調でまくしたてる自分と、冷静に静観している二人の自分がいる。
「私にだって性欲くらいあるわ。ただの性欲処理。貴方は私の彼氏気取りでいたの?家に帰れば兄に抱かれている癖に。」
その言葉を受けて、簫子の動きが止まった。
何も言い返せなかった。
「貴方は神ではないのだから。世界が思い通りに行くはずなんてないのよ。」
しろがねは全てを見透かすようにほほ笑んだ。
その笑顔を見て何百年ぶりかに涙が零れ落ちる、涙はこんなにも温かいものだったか。
しろがねを抱きしめるとほんのり体温が伝わる。しろがねもまた、簫子の背中を優しく撫でていた。