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人気のない北校舎の資料室。
簫子としろがねはいつもそこで昼食を取っていた。
まず誰も訪れることはないから、二人だけの「秘密」を人目を気にすることなく話せるのだ。
「ねえ、私達死んだら天国に行けると思う?」
昼食を摂り終わり、窓からサッカーやバレーをしている生徒達を何気なしに見ていたら、ふとしろがねが尋ねてきた。
「そんなこと、考えたこともなかったけど。」
ここ何百年は、自分が死ぬなんて考えたことなかった。
死にそうになったら巻き戻せばいいだろうし、今まで自分の死に直面することなどなかった。
「私達、地獄に行きそうじゃないかしら。」
ふと、しろがねが隣に来た。
サラリと伸びる長い髪から石鹸の香りがする。
「運命に逆らい、人の魂を閉じ込めている。この無限回廊に。」
薄着の夏服からスラリと伸びる白い肢体、人形のように長い睫。
何故か、欲望に駆り立てられ、衝動的にずしろがねの手を握ってしまった。
「…地獄、そうだね、私達は神が決めた運命に逆らっている。でもこの能力も神より承りしものなんじゃないかな。」
簫子は怪しい笑みを湛えながらゆっくりとカーテンを閉めた。
握る手が自分でも驚くほど熱が篭っており、どちらのものかわからない汗が手首を伝う。
「貴方なんて、近親相姦をしているもの。とんだ背徳行為だわ。」
壁際にしろがねを追い詰めた。
生徒達の楽しげな声が遠くに聞こえる。
薄暗い資料室には二人きり。視線と言えば、飾られてある美術品の人形くらいのものだ。
「そう、そしてまた罪を犯そうとしてる。私、これから貴方を襲うのよ。」
薄く赤みが浮かぶ柔らかい唇に、簫子は貪り付くように強く吸い付いた。
しろがねは拒否もせず、だが受け入れる様子もなく淡々と受け止めている。
「同じことを繰り返すこの世界で、これしか新鮮なことがない。」
しろがねの体を野獣のように責め立てる様子を見て、
もう、地獄にもいけないわね、しろがねは簫子に聞こえないくらい小さな声で、囁いた。
「簫子、悪い。俺はお前をそういう風に見たことがない。」
あるループの際に、いつものように兄に迫ったがハッキリ断られてしまった。
こんなことは初めてで、数百年ぶりに動揺してしまう。
「……そう。」
簫子は兄の部屋を後にし、自室に戻った。
目に入った姿見で自分の姿を見ると、胸元を肌蹴させたシャツから見える下着が、とても下品に感じた。
「まだお兄ちゃん死んでいないけど、巻き戻しちゃおうかな…」
今回の兄は自分の思い通りの「兄」ではない。
いつの間にか自分は兄を選ぶようになっていた。
自分の都合の良いように動く世界。気に入らなければその都度巻き戻せばいい。
だって、永遠の時間が私には許されている。
嫌なことや辛いことなんて回避すればいい。
だって、私にはそれが許されている。
無限回廊はまだまだ続いているのだから。
「バイバイ、お兄ちゃん。」
ベッドの上でぼそりと呟く。
その瞬間、映像が巻き戻り、また高校の入学式の日に戻った。
もしかして、私が神なのか?
入学式の朝のベッドに横たわりながら、簫子は恍惚とほくそ笑んだ。
気が付けば右手は下着の中に入っており、下半身を刺激している。
とてつもない幸福感に包まれ、無意識の内に自分で自分を慰める行為にふけってしまった。
今回のループでは兄は自分の期待に応えてくれる兄だろうか?
そして、しろがねはいるだろうか。早く快楽に溺れたい。生を感じたい。
「あっ…!」
簫子の体が弓なりになり、足がピンと張る。
生を感じている。艶めかしい深いため息を吐いた。
「お兄ちゃん…好き。」
快楽に溺れているとはいえ、愛する兄繋がるのが一番気持ちいい。
早く、早くしたい。