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無限回廊  作者: ウー
5/7

5

簫子はあらゆる可能性を試していた。

毎回繰り返す度に「今回こそは助けられる」と思うのだ。

しかし、匚太は卒業式の日に死んでしまう。

今度は何をしたらいい?

これは試したっけ?

突然の心臓発作なんて、どうやって防げる?あらかじめ病院に行っていたのに、その病院で通り魔に遭うなんて予想がつく?


簫子は、50回目のループを繰り返していた。

その頃になると、益々兄のことしか考えられなくなっていった。

匚太の薄い唇、長い指先。

気が付くと、視線の先には匚太がいた。

血管が薄らと浮き出た腕に抱きしめられたら、私はどうなってしまうのだろう。


そう考えると体が火照り、自室で一人、自分で自分を慰めて火照りを治める行為に耽ってしまう。

簫子の兄に対する尊敬の眼差しが恋情へと変化したことに、自分でも異常だと気付きながらも手が止まらなかった。



51回目のループ。

隣の席を見れば涼しそうな顔をしたしろがねが本を読んでいた。

しろがねは簫子の方をチラリと見ると、またすぐに本に視線を落とす。


「あら、またお会いしたわね。」


皆には聞こえないように、細々と呟くように言った。


「どうしてしろがねは精神を病まないの?なんの薬を使っているの?」


簫子は机に項垂れながら話す。

薬の副作用のせいで、起き上がるのも気怠い。


周りを見渡せば、有川がクラスメイトと楽しそうに談笑している。

ただ、この世界の有川は女子だった。


「飲んでないわ。悩んだ時期もあったけれど、今は悟りを開いた感じよ。」


「有川が女になっても?何も感じないの?」


有川はスカートを膝上まで短くして、髪はゆるくウェーブを掛けている。

薄く化粧を施した顔はとても可愛かった。

本当に私と一度は男女の関係に陥った有川と、同一人物なのだろうか。


「感じないわ。不群は不群。例え女子であっても、私は不群が好きなのよ。」


「そう…。」


簫子は鞄から錠剤を取り出し、水もなく飲み込んだ。

口から出そうになった不安を押し戻すように。


「…もう少し前向きに考えなさいな。愛する人と永遠に同じ時を過ごせるのよ。

永遠に進まないストーリーの中で、学生というモラトリアムを謳歌しましょう。」


そんな簫子の様子を見兼ねて、

愛する人と歩む人生を、しろがねはもう諦めてるのかもしれない。

でも私は…


「ねえ、今日の放課後に親睦会でカラオケ行くんだけど、雷さんも灰田さんもどう?」


巻き髪をゆるりと揺らして、有川が二人の前に現れた。


「行くわ。よろしくね。」


しろがねは有川を真っ直ぐ見据え、柔らかく笑みを湛えた。

簫子もそれに続いて、首を縦に振った。

しろがねの歌声を何十年かぶりに聴いてみたいと思ったのだ。




「お兄ちゃんただいま…」


両親はなにやら怒鳴っているが、今はただの喋る人形という認識でしかない。

兄の姿が見えないので、真っ直ぐ兄の部屋へ向かう。


「入るよ。あ…」


部屋に入ると、兄は机に突っ伏して寝ていた。

読みかけの本にはしおりが挟まれており、読書の最中に夢の世界へいざなわれたようだ。


窓から柔らかい春の風が吹き込み、匚太の髪を揺らす。

雪のように白い肌とすっと通った鼻筋。兄はこんなにも官能的で、肉欲を掻き立てられる存在だっただろうか?


簫子はそっと匚太の唇に指を這わせる。

そして、静かに目を閉じて匚太の唇に己の唇を重ねた。

別に、バレても構わないと思った。


「簫子…?」


匚太は目を覚ましていた。


「お兄ちゃん、好きだよ。」


簫子は構わず匚太に迫る。

匚太の瞳が揺れて、その中に自分が写っていた。

そこにいた自分は、やつれていた気がした。


「好き。私にはあなただけ。」


シャツを肌蹴させて迫れば、匚太は固まった。

受け入れてはいけない理性と、男としての情欲を抑えきれず、拮抗している状態のようだ。


そうだ、私は兄を愛しているんだ。


その2年後、兄は病死した。




「もう薬は飲んでいないの?」


何百回目の入学式が終わると、隣の席にはしろがねがいた。

相変わらず涼しい表情で本を読むしろがねは、簫子に目を向けることなく尋ねた。


「飲んでない。私はもう満たされている。薬が一錠も入り込む余地もないくらい、心がいっぱいなの。」


簫子は巻き戻す度に兄と性交をする関係になっていた。

ある時は姉だったが、簫子にとって性別など関係なかった。いつかのしろがねの言葉も、今なら理解出来る。


「そう。もう貴方も先へ進もうとは思わなくなったようね。お互い、永遠の時を楽しみましょう。」


しろがねは初めて簫子にほほ笑みかけた。

自然と簫子も笑顔になる。初めて心から友達と言える存在が出来たように。


好きな人と永遠の時を過ごせるなんて、なんて幸せなのだろう。

もう先になんて進まなくていい。私はこの無限の回廊を兄と一緒に回って行くのだ。永遠に。




「お兄ちゃん、好き…」


真夜中の行為の後、簫子は兄の背中に縋り付く様に抱き着いた。

滑らかな肌に、じんわりと伝わる体温。

兄の表情は見えない。兄はこの関係を良しとはせず、だが性欲が勝ってしまいとても悩んでいるようだった。


「簫子…俺は…」


何か紡ごうとしたその唇を簫子は遮る様に強引にキスをした。

何も言わせない。自分が聞きたくない言葉は、言わせなければいい。


「ずっとこうしていようね…。ずっと、ずうっと…。」


もうすぐ春が来る。

あと2か月もしない内に、兄はまた死にゆくだろう。

死んでもいいんだよ。だってまた巻き戻せばいいのだから。

抱きしめる手に自然と力が入った。


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