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無限回廊  作者: ウー
3/7

3


高校二年の冬がやってきた。

雪が深々と降り、校庭にうっすらと雪化粧を施す。


「簫子、この問題ってさ。」


相変わらず有川は簫子に勉強を教えて貰っている。

週に何回か、放課後二人で教室に残って勉強会をしている。

いつの間にか下の名前で呼ばれるようになったが、今は違和感はない。


「昨日も言ったでしょ。ここの図形を半分にして一つ一つ考えていくと…」


ふと、有川がじっと自分を見ていることに気が付く。


「俺、簫子のこと好きなんだ。」


滅多な事では動じなくなった簫子が、久しぶりに困惑した瞬間だった。

クラスの人気者の有川が、まさか自分に懸想を抱いているとは。

何かの罰ゲーム?と一瞬脳裏を過ぎったが、有川はそんな低劣な人間ではない。


恋なんてしたことがない。告白をされたことなら、中学時代に隣のクラスメイトから一度だけあったが、殆ど喋ったことのない人だったので、断ってしまった。


「返事は今じゃなくていいから、考えておいてほしい。」


有川は顔を赤らめて教室から出て行った。

一人残された教室は静かで、雪が降る音さえしない。


私は少しぼんやりした後、片づけをして教室から出ていく。

私の何が有川の心を惹きつけるものがあったのだろう。


外に出ると冷たい空気が頬をチクチクと突き刺す。

空を見上げると雪がはらはらと簫子の顔に舞い落ちては、すぐ解けゆく。

思いっきり深呼吸をすれば、氷のように冷たい空気は肺一杯に満たされた。


「どうしたものかな。」


男性の体がどうなっているのか知らなかったし、快楽についてもよくわからない。

有川自身には興味はわかないが、男女の在り方には興味がある。

どうせ、巻き戻すことになったらまた処女に戻る。

兄の命を救うことが出来て巻き戻すことにならなくても、まあ別に構わないか。

その辺の得体のしれない男と行きずりの性行為をする訳ではないし…




「私も有川のこと好きだよ。」


その日、寝る前に有川にメールを送った。

今日も睡眠薬をアルコールで流し込み、眠りに就いた。



付き合って二日後、有川にデートに誘われた。

兄以外の男性と男性と二人きりで出掛けるなんて初めてだ。別段心躍ることはないが、緊張がする。

10分前に待ち合わせ場所の駅前広場に着くと、有川が腕時計に頻繁に目をやり、落ち着かない様子でいる。


「お待たせ。」


「ああ、いや、待ってないよ。」


有川は恥ずかしそうに視線を簫子から逸らした。

面白い反応だ。


その日は駅前のショッピングモールを見て、カフェへ行き映画を見て解散になった。

ショッピングモールとカフェは正直面倒だったが、映画は会話をしなくていいから楽だ。

それに見たことのない映画だったので、久々に先が読めず楽しかった。


その三日後、自室で勉強に励んでいるとメールが届いた。


「24日、誰も家にいないから来ない?勉強会しよう。」


そういえば明日の12月24日はクリスマスイブ。明日まで雪が降り続くと予報が伝えていた。

前回は雪は降っていなかった気がする。どことなく世界が異なってきているようだ。


「いらっしゃい、簫子。」


有川の家は普通の一軒家だった。

部屋の中に入ると、机の上にはテキストが置かれていた。

少し緊張をしている有川だったが、勉強が始まると緊張が解れたようで、いつもの有川に戻った。


「ちょっと休憩にしよう。」


1時間程経過した時、有川が休憩を持ちかける。

二人でソファに並ぶと、有川がいきなりキスをしてきた。

生まれて初めての口づけは、柔らかいという感想以外にはなかった。


そのままソファに押し倒され、再度唇を重ねる。

ぬるりと生暖かいものが簫子の口内に侵入してきた。

有川の舌だった。正直気持ち悪かった。


「簫子、好きだ。」


私は、別に好きじゃない。




下半身の鈍い痛みと誰に対してかわからない罪悪感。

こんなものか、簫子はため息をついた。

有川から貰ったクリスマスプレゼントは雪のように白いマフラー。年齢層が少し上のブランドだから高かったのではと思う。

首に巻けば、温かかった。




高校三年生の夏。

有川とは相変わらず付き合っていた。付き合う理由もないが、振る理由もない。

あちらは簫子を気に入っているようで、愛してくれる。

少し気になるのが、前回のループで言っていた【運命の人】の発言。

前回のループで彼は、付き合っていた彼女を運命の人ではないと言っていた。

もしや私が?いや、まさか。少なくとも私は彼を運命の人だとは思っていない。

いつも優しく愛で包んでくれる彼は、もしかして今回も私を運命の人ではないと思いつつ付き合っているのかもしれない。

まあ、私にとって有川はただのクラスメイトにしか思えない。


私にとって大切なことは恋愛や性行為ではない。

兄の命を救うこと。


もうすぐ大学入試が始まる。

有川は志望大学をワンランク上げていた。




「お疲れ。センターどうだった。」


センター試験を終え、会場の外に出ると兄が待っていた。

今日は雨。少し足元と肩が濡れている兄は、寒そうに見えた。


「んー。結構出来たと思うよ。」


兄も両親も学内の成績しか知らないのだから、私の志望大学を聞いたらさぞかし驚くだろう。

合格通知を見せる時の兄と両親の顔を想像すると今から笑ってしまう。


「そうか。よかったな。」


相変わらず兄は優しい。

彼が死ぬ運命にあることを神様が嘆いて、私に兄を救うようチャンスを与えたんじゃないかと考えるようになった。

あと二か月後の悲劇をなんとか回避しなくては。

見上げた空は灰のように暗かった。



「もう卒業か。三年って早いなー。」


卒業式が終わり、有川が灌漑深く呟いた。

有川は第一志望の大学の医学部に無事合格し、県外で一人暮らしをすることになった。

簫子は一流の私立大学に既に合格を決めており、あとは国立大学の試験に臨むだけだ。

名残惜しそうな有川を横目に、簫子は急いで家路へ急ぐ。

今日、兄は家に残してきた。

メールのやり取りも何回もし、生存確認をしている。

今回は大丈夫。恐らくだけど、本日0時を過ぎて兄が無事ならもう悲劇の運命からは外れのではと思っている。


走り過ぎて心臓が酷く痛む。

喉の奥から血の味がしてきた。足もガクガク震える。

でも、もうすぐ家だ。両親は仕事で、兄は一人で待っている筈だ。

きっと、本でも読んで、傍らにはコーヒーを置いて…


「ただいま!」


玄関のドアを壊れるくらいの勢いで開けた。

簫子の声がこだまして聞こえてきそうなくらい、家の中はしんと静まり返っていた。

じんわりと違和感を感じ、全身が静かに震えた。

何かがいつもと違う…


出掛けているなら家に鍵を掛ける筈だ。

昼寝でもしている?


リビングのドアに手を掛ける。



「お兄ちゃん…?いるの?」


ひんやりと冷たい金属製のドアノブを、静かに回した。






「………また、救えなかったね。」


目の前に広がっていたのは荒らされた室内と、全身から出血をしていて既に絶え果てている兄の無惨な姿。

強盗のしわざだろう。簫子は兄に一歩一歩近付いた。

血まみれの頬に触れると、氷のような冷たさが簫子の手の体温を奪った。


「次は、必ず救うからね…。時を戻して…」


兄の薄い唇に、簫子は唇を軽く合わせた。

その途端、兄が遠くに見えた。そして3年間の思い出が巻き戻しされる。


時また、が戻るんだ。


簫子はゆっくりと目を閉じた。



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