35話 そして水は天へと昇る
毎年恒例過去の自分からの呪いのお手紙
突如、背後から聞こえた謎の声。
誰だ、という思考よりも先に本能が体を翻す。
『誰もいない……?』
しかし、眼前には変わらず暗闇が広がるばかり。自分が通った道のりから何も変化はない。
だとしたら気のせいか。あるいはこの体だから見落としている何かがあるのか。
「ああ、すまない……と言っても謝る義理もないんだけれどね。今の君には僕が見えていないだろう」
どうやら気のせいではないらしい。そして見えないことも現時点では正常のようだ。
困ったのは、それが判明したところで事態は解決しないということだろうか。
謎の声は「今の君」と言ったのだ。つまり、彼あるいは彼女は俺のことを明確に把握している。
それでいて見えない存在と来た。ファンタジー世界だし魔法があるのだからいくらでもそんなやつはいるかもしれないが、この謎空間に立ち入ってるだけでも何かしらの鍵を握っている人物であろうことがうかがえるのに、こちらからは見えず、こちらのことはある程度背景事情まで認識している、ときたら厄介な相手に違いない。
返答に困るところではあるが、話しかけてきたというのはまだ救いか。拷問希望でもない限り、敵意があるのならば声をかける前に消し炭にしてしまえば良いのだから。生身の体ならいざしらず、人形の身では大した抵抗もできまい。だから返答に気をつかう必要自体はあるわけだが。
『……何か自分に用でしょうか』
「おや、君が敬語とは随分と珍しい。分体ともなればまた話も違うものか」
今こいつ分体って言ったか? 今ここで文体の話はしないだろうし、心当たりがあるとすれば俺と本体の関係性だ。たしかジョマノも俺のことを分体と呼んでいたはず。
だからこいつがさっき言っていた「今の君」というのは人形と生身のことではなく、本来の絶大な力を持つ秋原純弥の本体と、分体である今の俺のことを言っていたのかもしれない。思ったより目の前にいるであろう謎の人物は高次元の存在なのかもしれない。
「さて、君への要件だったね。率直に言うのであればこの世界からさっさと帰ってほしいというのが僕の願望だ。ただ、それは今の君では難しいと考えている。相違ないかな」
『自分でもなんでここにいるのかわからないくらいなので』
「説明くらいは受けているものかと。人使いだけでなく分体使いまで荒いとは救いようがないね」
おい言われてるぞ本体。というか想像以上に本体のことを知ってそうだな……。
なんにせよ、今の俺にとってはかなり厄介な相手に違いない。
「帰れないというのは、まぁ想定内だ。でもその様子だと何もせずにここから離れてくれ、と言っても了承してくれないだろう?」
とりあえず首を縦に振る。自分だって何をすればいいかわかりゃしない。だったらあんたが帰してくれるのか、と言ってみるのは手なのかもしれないが、下手すればここでお陀仏、なんてこともあり得るし、うまくいったとて無事生身に戻れるかもわかったもんじゃない。
しかも語りを聞く限り、本体に恨みもってそうなんだよな。下手な口叩けたもんじゃないって。
「そうなると難しいな……。何かあると困るからね、僕もできる限り穏便に済ませたいんだ。かといって君を元居た場所に戻すことは出来ないし……そうだ、時間凍結状態にしてあげるから、暫くおとなしくしておいてもらえないかな」
は?
危ない、口に出すところだった。生身だったら勢いで出していたかもしれない。
何を言ってやがるんですかねこの上位存在的なサムシングは。そもそも時間凍結とかいうパワーファンタジー用語を軽々しく出すんじゃないよ。生身の俺でもできるか怪しい……いや封印と考えれば一応できるのか? ってそんなことはどうでもよくて。
要は向こうの要求としては俺には何もしてほしくないと。んで、できる限り穏便に、ということは恐らく俺のことを「滅っ!」っとすることも考慮の内ではあるはずだ。ただ、そうすると何が起こるかわからないから折衷案として時間凍結を出してきたと。
うん、詰みでは?
俺はこの状況を抜け出したいが、方法がわからないのでできる限りのことをするしかない。
一方で相手は俺がこの場で何もしないことを望んでいる。
そしてほぼ確定で相手の方が力量が上と来た。
うん、詰みだね。
異世界に来るとか面白イベントはあったけど短い人生だったぜ……なんていってる場合ではなく。
『一旦どうするかは置いておくとして、自分が何かすると不都合があるんですか?』
「うーん、どこまで話したものかなぁ。何も知らされてないなら変に情報を漏らすのも……」
相変わらず俺には上位存在君は見えないが、うんうんとうなっているであろうことは想像に難くない。言動からもそうだが、人間味があるし神レベルで位が高い相手ではないのか、それとも何らかの理由で位を下げてるとか……前にも似たようなことあったか?
「最悪今の時点ならいくらでも修正効くだろうし、そうだなぁ」
俺の思考を遮るように、そいつは言った。
「ここサムトル王国は、元々存在しなかったというところから話そうか」
今年もありがとうございました。




