道
耳にしみついた音楽が、洸美のまわりを流れ、洸美はその中でひたすら踊っていた。
むし暑い初夏の空気に、窓から夜の風が吹き込んだ。
つま先はじんじんと痛み、体中から汗が吹きだしていた。
教室には洸美のほかに、もう誰も残っていない。
洸美は音楽をとめ、トウシューズをぬいだ。
最後まで残って練習するのが洸美の習慣になっていた。
鏡には頬を紅潮させ、髪の乱れた少女の姿が映っていた。
洸美はため息をついて自分から目をそらした。
洸美には悩みがあった。
ぱっとしない顔、内気な性格、甲のない足・・・
これらは夢をいだく彼女にとって大きなくせものだった。
とくに今悩んでいるのは性格だ。
一ヶ月ほど前、思いきって先生に大事な話をもちかけた。
「先生、あの・・・」
先生はいつも練習熱心でおとなしい洸美が、めずらしく話しかけてきたので少し驚いたようだった。 が、レッスン時の厳しい表情とはまるで違った顔で、快く話をきこうとしてくれた。
洸美は勇気を出して、ひといきに言った。
「わたし、バレエダンサーになりたいんです」
先生は一瞬、まばたきを止めた。
先生にとっては、予想もしない展開だった。
5歳のときから、地味にマイペースに一生懸命にレッスンしている洸美ちゃんは、先生にとってはとても好ましい生徒だった。
でも、こんなにおっとりしていて遠慮がちな彼女がバレエダンサーを目指しているとは思ってもなく、まして先生から勧めるほどの実力があるとも思えなかった。
そんな彼女が、14歳になって突然こんなことを言うなんて。
でも黙っているわけにはいかない。 相手はとても真面目な、繊細な生徒だ。
先生はゆっくりと、慎重に言葉を選んだ。
「洸美ちゃん、ダンサーになるのはとても難しいことよ。もしずっとそう思ってたなら、もう少し早く相談してほしかったけれど・・・。
でも洸美ちゃんが本気でプロになりたいなら、わたしも今からでも最大限に協力します」
洸美はうなづきながら先生の話をきいていた。
もっと技術的な面をマスターしなければならないこと、踊りに華やかさやめりはり、パワーが足りないこと、気が強くなければこの世界に生き残っていけないこと・・・。
また、洸美はバレエ留学についても訊ねた。
最近のコンクールなどでは、優秀なひとに奨学金と留学する権利を与えてくれるスカラシップという制度があったりする。
留学には高額な費用が必要なため、スカラシップをほしがる人は多い。
「でもコンクールでスカラシップをもらおうと思ったら洸美ちゃん、寝る間もおしんで練習しないとむりだわ。
だけど、どこにも留学できないことはないの。世界にはたくさんのバレエ学校があるから、私費でも行けるところはあるし。
たいへんなのは、その後よ。そのまま海外のバレエ団に就職するのはかなり無理があると思うの。 それはたとえスカラシップをもらっていけるほど実力のある人でも、難しいことなのよ。そのくらい、せまき門なんです」
洸美は考えこんだ。
自分の実力にたいして、この夢はあまりにも大きすぎる・・・?
いままで何度か挑戦したコンクールも、予選を通ったり通らなかったりでうろうろしている。
でも、先生が言った最後のひとことで心を決めた。
「大変は大変だけど、洸美ちゃんにはいいところもいっぱいあるんだから、やれるところまでやってごらん。 いつでもまた、なにかあったら相談してくれていいからね」




