第九十四節 依頼ってか?
いくら手綱で抑えても馬が不思議とハイペースをキープしていたので、
その日の午後の内にデヴォンニャー邸に辿り着いてしまった。
確かに出発した時間も早かったが、さすがにこれは早すぎる……
心配になって馬の様子を伺ってみるが、別段息も上がっていない。
足も確認してみるが、調子は良さそうに思える。
どこをどうみても、馬は元気そのものだ。
どうやら、無理をしていた訳では無さそうだが……
一度走って来た道だからだろうか?
トナカイのように話してくれれば楽なのだが、馬はそうもいかない。
とにかく慎重に様子を見てやるしか手はなさそうだ。
さて、ひとまずどうするか……
このままどこかの宿に泊まっても構わないのだが、
挨拶もあることだし……
ここは、先に伯爵の所へ顔を出しておくのが筋だろう。
私達がデヴォンニャー邸の正面入り口で止められると、一人の騎士が駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ! ご無事で何よりです!」
その騎士は、立ち塞がっている門番に怒鳴った。
「ほら! 大事なお客様だ! さっさとお通ししろ!」
その言葉と共に、綺麗に道が開いた。
「覚えていてくれて、ありがとう」
私の言葉に反応するように敬を払った。
「とんでもございません! それでは、ご案内させて頂きます!」
そのまま前に走って行ってしまった。
いやいや……馬車に乗って行けば良いのに……
そのまま騎士に付いて行くと、驚くほどに多くの人々が馬車に集まってきた。
「馬車を、御預かりさせて頂きます!」
こりゃ、参ったな……何人居るんだよ……
私がチップを渡す為に人数を見ていると、それを騎士が静止した。
「あぁ……いけません! お客様から、チップなど頂けません……」
え? そうなの?
チップって、客から貰うもんじゃないの?
全く意味が理解できない……
おもわずダッツに目をやると、そのまま頷いている。
これで、良いのだろうか?
本当に、この国は何が基準なのかサッパリわからない……
そして、執事達のされるがままに中へと案内されて行った。
私達はポリニャー伯爵の部屋に来た。
執事がノックする。
「ポリニャー伯爵、お客様です」
中から聞き慣れた声が響いた。
「あぁ~、どうぞ~。勝手に入っちゃってくださいね~?」
部屋に通されたので、声を掛けてみた。
「どうも、只今戻りました」
「お! 帰ってきたんですね~? いやいや、ご無事で良かったです~」
手にしていた書類を投げ出して、こちらに寄ってきた。
「それよりですね~、お待ちしていたんですよ~」
ん? 待っていた?
私が首を傾げていると、
「まぁ、座っちゃって下さい」
ソファーに手を差し向けながら、おもむろに机に戻って行った。
伯爵は、椅子に座りながら大きく溜め息をつくと話し始めた。
「実はですね~、西の山にワインの醸造所があるんですけどね? そこのワインが、これまた美味しいんですよ~。もうね~、その味と香りの深さと言ったら貴方! ん~……」
手首をヒョコヒョコさせながら、嬉しそうに言っている。
だが、少し引きかけている私達に気付いたようだ。
「あっ……いやいや……まぁ、その話は置いといて~……」
両手を綺麗に揃えて、横に向けた。
しばらく間を置いて、また話し始めた。
「それで、ですね? その醸造所が、盗賊に乗っ取られちゃったんですよ~」
ん? 盗賊?
「それじゃ困っちゃいますからね? すぐに騎士団に行って貰ったんですよ~。でも捕まえに行くと、逃げられちゃうそうなんです~」
なるほど……
「そこでですね? 貴方達に何とかしてもらえないかな~? なんて思っちゃったりなんかしてる訳なんですよ~」
ほう……
「それで~……いかがなもんでしょうかね~?」
ふと横目に視線を向けると、遥子は静かに頷いている。
「わかりました……私達が、何とか致しましょう」
私の言葉に、伯爵は目を丸くして立ち上がった。
「ホントですか! わぁ……本当に、受けてくれちゃうなんて……いやいやいやいや……」
あたふたと驚いている伯爵に笑みを浮かべた。
「それで、後ほど騎士団をお借りする事になると思いますが、宜しいですね?」
「えぇ、もう! どんっどん使っちゃってください! もうね! 何でもイイですよ!」
伯爵は強く頷きながら、こちらに手を差し出している。
「あと、西の山の地図はありますか?」
私が聞いてみると、机の上を漁りだした。
「あぁ……えっと……あった、ありました。これです……どうぞ!」
差し出されたそれを、素直に受け取りながら立ち上がった。
「では、さっそく偵察に行ってきますので後は宜しくお願いします」
妙に嬉しそうな笑みを浮かべる伯爵を背に、私達は西の山へと向かった。