第九十三節 マタタビの町だね~……その3
その時、ふと遥子が言った。
「そう言えば怪我をした人って、どうしてるのかしら?」
オヤジさんは、不思議そうな顔をしながら答えた。
「あぁ……すぐ、そこの医者に厄介になってるが? 何でだ?」
私達は、顔を見合わせて笑みを浮かべた。
オヤジさんの案内で、私達は医者までやって来た。
「おう! 調子は、どうだい?」
扉を開けると共にオヤジさんの声が響いた。
「あっ! オヤジさん! もうこの通りで、アウっ!」
そのまま彼は、ベッドに崩れ落ちた。
「馬鹿野郎! 無理すんじゃねぇよ!」
そう言いながら、優しい笑顔を投げかけていた。
遥子と蓮が、ベッドの横に立つ。
そして、静かに詠唱が始まった。
オヤジさんが、不安そうに聞いてきた。
「なぁ? いったい、何が始まるんだ?」
私は笑顔で、それに答えた。
「まぁ、見ててください」
やがて遥子と蓮が放つ、七色の光が綺麗に弾け飛ぶ。
その光景を、オヤジさんはただ驚いて見ていた。
「さぁ、どう?」
彼は、傷を確認しながらキョトンとした表情を浮かべている。
「なんだ? 全然、痛くないですよ? え? どうして?」
それに遥子は笑みを浮かべた。
「じゃ、これで大丈夫! 治ったわよ!」
後ろで、オヤジさんが呟くように言った。
「本当に……兄ちゃんとイイ、姉ちゃんとイイ……ビックリも、ここまで行くと……
もう何だか良く判らなねぇよ……」
オヤジさんは、ひたすらに目を丸くしていた。
そして、次の朝方……
まだ闇が辺りを支配する寒空の中、
ソリのシステムを畳みながら出発の準備をしていると
オヤジさん道具を持って来た。
「これから戻るんだろ? 蹄鉄を代えておかないとな」
そう言いながら、慣れた手付きで作業を始めた。
私は声を掛けてみた。
「本当に、色々とお世話になりました」
言い終わるのを待たずに、オヤジさんはイキナリ振り向いた。
「何言ってやがる! 世話になったのは俺の方だ!」
怒鳴りつけるように言い放つと、また馬の方へと視線を向けた。
しばらく作業を続けていたが、ふと手が止まった。
「本当によぅ……ありがとうな……」
しばらくの間を置いて、オヤジさんの手がまた動き出した。
私は、そんなオヤジさんの背中を笑顔で見つめていた。
馬車の準備を済ませると、私達は親子に向き合った。
「では、そろそろ行きます」
オヤジさんは、強く頷きながら言った。
「おう! 気をつけて行けよ! 全部終わったら、また顔を出してくれよな!」
私達は笑顔で頷いた。
そして二人の笑顔に見送られながら、
私はデヴォンニャー邸を目指して馬車を走らせた。