第八十五節 まったく、この姉弟は……
そう言う訳で、ポリニャー伯爵はデヴォンニャー公爵である。
だが本人がポリニャーだと言い張るので、
これからもポリニャー伯爵と呼ぶしかないだろう……
本当に困った人だ……
まぁ私達の任務はすでに終わった事でもあるし、
このまま放置しておいても問題は起きないだろう。
それに例え魔物が攻めてきても、
あの怪獣のような百合の魔法があればアッサリ返り討ちに出来るだろう。
その辺りは安心していられる。
もう、このデヴォンニャー邸に私達の戦力は必要ない。
安心して旅立てると言うものだ。
ひとまず伯爵に明日出発する予定を伝えると、ささやかなパーティーを開いてくれた。
あまり派手なのが好きではない事も察してくれたようで、少人数に収めてくれた。
伯爵に百合、そして主要の騎士達が集まってくれた。
「かんぱ~い!」
伯爵の音頭で、綺麗にグラスの音が響く。
「いや~、本当にね~。皆さんには、驚かされっぱなしでしたよね~」などと
シミジミと語っているが、大きめのグラスに注がれた酒の減りが妙に早い……
どうやら、これはパーティーに託けて飲みたいだけなのだろうな……
案の定、伯爵は一番に酔い潰れてしまった。
ふと百合が呟いた。
「本当に、この子は……お酒が大好きなクセに、誰よりも弱いんだから……」
文句を言いながらも、とても優しい表情で伯爵を見ている。
それを眺めていると、姉が居ると言うのは羨ましく思えた。
まぁ私は一人っ子なので、それは単なる妄想なのかもしれないが……
その時、突然に百合が私に問いかけてきた。
「そう言えば貴方達、魔の大陸を目指しているんですって?」
いきなりだったので驚いたが、とりあえずそれに答えた。
「えぇ、魔王討伐が目的ですので……」
それに、手の平をこちらに向けてから下に降ろす。
「あらまぁ……また、そんな事して……危ないわよ?」
おいおい……どっかのオバちゃんかい……
しばらくこれまでの話などをしていたのだが、
いつしか百合はすっかり酔いが回ってしまっている……
「魔王なんて、ぶっ潰しちまえ~! 君達なら、出来るっ! おい勇太! お前も飲め!」
「いや……私は、未成年なので……」
「なに? 私のお酒が、飲めないとでも言うの?」
目が、完全に据わっている……
どうやら、絡まれているようだ……
ふと遥子達に視線を向けると、一斉にどこか違う所に顔を向けた。
安に視線を移動すると、焦ってお惚けモードに入りやがった……
こいつ等……
確かに、この状況では生贄が必要だ……それが私になるのも仕方ない……
ならばこの際、生贄らしく撃沈してやろうじゃないか……
「まぁ、百合様。どんどん飲んでください!」
百合のグラスに酒を注ぐと、また機嫌を直した。
「あら、気が効くじゃないの……」
それを一気に飲み干して、グラスを差し出す。
私は酒を注ぎながら、百合の話を聞いていた。
2時間後……
どこか斜めな姿勢のまま肘をテーブルに置くと、指を上下に振りながら話し掛けてくる。
「大体ね~、私みたいな立場にいると結構大変なのよ。わかる?」
全くわからないが、それに素直に頷いてみる……
「そもそもね~、私は良かれと思って言っているのに何よ! 誰も判ってくれやしないんだから……それでね……」
百合は、そのまま目を閉じてしまった。
落下しそうになるグラスを慌てて掴んで静かに置いた。
ようやく酔い潰れてくれたようだ……
まったく、この姉弟は……
だが、ひとまず助かった……
その時、突然に大きな声がして私はビクっとした。
「何言ってんだ! バカヤロ~……ん……やむやむ……」
なんだ……寝言か……
こりゃまた起きたら、たまらんな……
完全に寝付くまでは、このまま放置しておいた方が良さそうだ……
まぁ、後で静かに部屋まで運んで行けば問題は無いだろう。
その時、ふとセント・ネコデスが声を掛けてきた。
「君達には、ずいぶんと世話になってしまったな。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそお世話になりっぱなしで感謝の言葉もありません」
おもわず頭を下げると、その表情が変わるのが判った。
「しかしサンタ達は……あれほど言ったにも拘らず……全く、けしからん!」
完全に怒りを露にしている。
どうやら、これまでの話を百合にしていた時に聞き耳を立てていたようだ。
私は、セント・ネコデスに言った。
「いやいや……それは、彼等の情が深い証でもあります。そこまで慕われて羨ましい限りですよ。確かに彼等は手段を間違ってしまいましたが、そこには究極の美へと通じるものがある気がしてなりません。そして今頃は、自分達が犯した過ちについて真剣に考えている事でしょう。もう十分過ぎるほどに反省しているはずです。そしてセント・ネコデスさんが生きて帰る事こそ、サンタ達にとって唯一の救いであり最高のプレゼントなのです。どうか怒らないでやってください」
その言葉の後に、しばらくの沈黙が続いた。
やがて、セント、ネコデスは静かに言った。
「そうか……」
ふと口元に笑みが浮かんだ。
「本当に、君には世話になりっぱなしだな」
そう言いながら、私に満面の笑みを見せてくれた。