第八十二節 行きますか……
ん?
ビーをなだめていると、何か気配がした。
厩舎の影に誰かいる……
その時、チラッとこちらを覗いた姿が見えた。
おや? あれは……安か?
なるほどね……奴なりに、気を使ってくれたか。
しばらくすると、安と伯爵親子が厩舎に入ってきた。
「荷物を持ってきやした」
私はそれに頷くと、安の顔が気になった。
ん? こいつ……さては、泣いてたな?
だが、せっかくの気遣いだ。それを言っちゃ野暮と言うものだろう。
ここは、安の美学を尊重するべきだ。
安は荷物を積みながら言った。
「後から、ダッツさんとナーヴェさんも来るそうでやすよ」
「そうか……あの二人が来てくれれば心強いな……」
何しろ、ソコスベリー候には有無を言わせない予定だ。
頭数は居た方が、何かと都合が良い事は確かである。
「お待たせしました」
ダッツとナーヴェが来た。
「じゃ、そろそろ行こうか」
皆が頷くのを確認すると、トナカイに言った。
「では、宜しく」
それを合図にソリは走り出す。
そのまま浮き上がると、オークス伯爵が声を上げた。
「お? おぉ? おぉ~!」
目を点にしてソリにしがみ付いている伯爵にフローラが笑顔で言った。
「お父さん、そんなに怖がらなくても大丈夫よ」
それに小刻みに頷いている伯爵に、皆も笑顔を浮かべた。
しばらく空の旅を楽しんでいるうちに、東の城が見えてきた。
かなり修復が進んでいるようだが、
まだ大きく破壊された所までは手が回っていない様子だ。
オークス伯爵は、それを黙って見つめていた。
城の正面に向かって着陸態勢に入ると、私達を見つけた騎士達が集まって来る。
彼等はこちらを見上げて揃って敬を払った。
こうなると、何か妙な気分だ……
オークス伯爵がおもむろにソリを降りると、彼等は目を丸くした。
「これは、なんと……オークス伯爵……よくぞ御無事で……」
信じられないと言った表情で見つめる騎士達に、伯爵は静かに頷く。
「皆、心配をかけた。もう大丈夫だ」
その言葉で、彼等は安心した表情へと変わっていった。
どうやら、あれからソコスベリー候は寝込んだままと言う事になっているらしいので
寝室へと向かう。
城の中を歩いて行くと、黒焦げだった壁は綺麗に修復されている。
まるで別の場所のようだ。
寝室へと入っていくと、ソコスベリー候はベッドに座っていた。
「おぉ! 勇太殿ではないか。なんと、オークス伯爵! 無事でなによりじゃ!」
「この度は、ご心配をお掛け致しました」
そう答えると、オークス伯爵はその場で控えた。
「今野勇太殿、この度は大儀であった!」
それに思わず冷たい視線を向けると、ソコスベリー候は妙にうろたえ始めた。
「いや……勇太殿……感謝の至りじゃ……ところで、そこに居る少年は誰じゃ?」
まるで肝心な話題を避けるかのように、ビーを指差している。
まだ惚けるか……この爺さんは……
だが、そこに話を振ってくれたのはありがたい。
「彼は、私の仲間です。オークス伯爵の下で、暮らす事をお許し頂きたい」
私が頭を下げると、しばらくの間を置いてソコスベリー候は言った。
「ん? どういう事じゃ? 許しとは、いったい何のことじゃな?」
私は、ソコスベリー候を冷たく見つめた。
「問答無用に、お許しを頂きたいと言ったのです」
それに、ソコスベリー候は目を見開きながら答えた。
「ゆ……勇太殿の頼みじゃったら、何でも聞くぞよ。な……何でも大丈夫じゃ!」
私は笑みを浮かべる。
「では、彼はオークス伯爵の元で暮らせるという事ですね?」
それに目を見開いたまま、何度も頷いていた。
私はオークス伯爵に視線を送る。
「無事、お許しが出ました」
それに、伯爵は微妙な表情を浮かべていた。
それから軽くこれまでの報告を済ませると、私達はオークス伯爵の部屋へと案内された。
部屋に入った瞬間、伯爵は突然に
「ブホっ!」と声を上げた。
「大丈夫ですか?」
何事かと私達が駆け寄ると、手を出してそれを制止する。
「いや、君には参った! あの驚いた顔と言ったら、もう……思いだしただけでも……ひゃっはは……」
伯爵は、腹を抱えて笑っていた……そんなに楽しかったのだろうか?
「いやいや……たまたま、良いネタを掴んだだけの事ですよ」
必死に笑いを堪えながらこちらを見た途端に、その表情を思い切り崩して噴出した。
「ダメだ……もう勘弁してくれ……」
どうやら、完全にツボってしまったらしい……
こうなると、普段の渋い雰囲気が台無しである……
何とか伯爵の笑いが収まって、しばらく雑談をした後に私は言った。
「さて、そろそろ行くか?」
それに皆が頷く。
「では、せめて見送りだけでも良いかな?」
伯爵がおもむろに立ち上がるのを合図に、私達は入り口へと向かった。
ソリまで戻ると、安がビーに声を掛けた。
「ビー……本当に、良かったでやすね」
「安さん……」
ビーの顔は、すでにグチャグチャになっている。
「安だん……ありがどうごだいばず~……」
それに安は、鼻を軽くこするとその手でビーの肩を何度も叩きながら言った。
「ほら……もう、これからは泣いてられないでやすよ。頑張るでやす」
安は、とても優しい表情でビーを見つめていた。
伯爵が、私に近づいて言った。
「本当に世話になった。ありがとう」
私達が固い握手を交わすと、フローラが大きな声を上げた。
「お父様! それだけでは失礼です! 皆様は私達の命の恩人なんですよ?」
ムキになって伯爵に言い寄っているので、私は手を差し出して割って入った。
「いやいや、フローラ……いいんだよ。もう十分に、気持ちは伝わってるから……」
それに不機嫌そうな顔を浮かべながら、渋々納得する。
「勇太様が宜しいなら……構いませんけど……」
私の言葉に、ふてくされた様な表情を浮かべるフローラを皆は笑顔で見ていた。




