第七十八節 そりゃ、また……
山道に降りてしばらく走っていると、山小屋が見えてきた。
横にソリを止めて小屋の中を覗いてみるが、人の姿は見当たらない。
立ち込める湯煙が凄いが、奥のほうに見えているのは岩風呂だろう。
とりあえずソリを降りて小屋を良く確認してみると、
入り口のすぐ横に看板があった。
『出須温泉へようこそ!
どうぞ勝手に楽しんで行って下さい。
尚、野生動物に食い殺される等の事故に関しては
当方では一切の責任を負いません』
おいおい……大丈夫かよ……
私が看板を凝視していると、伯爵が声を掛けてきた。
「食われちゃうかもしれないって……事です?」
「みたい……ですね……」
ひとまず剣を抜いて、湯煙の中を進んでみる。
慎重に温泉の様子を伺った。
……
ん?
何かが居る……多分、動物だろう……
だが、意外に小さいぞ……
静かに進んで行くと、湯気の切れ目でその姿が見えた。
あれは……猿か?
う~ん……猿も、意外に凶暴なんだよな~……
だが猿が入っているとするなら、それ以上の猛獣は居ないと考えて良さそうだ。
まぁ、彼等の邪魔をしなければ大丈夫だろう……
とりあえず小屋まで戻ると伯爵に言った。
「猿のような動物が入っているようですが、側に近寄らなければ大丈夫だと思います。
私はトナカイを連れてきますので、もし良ければ、先に入っててください」
それに頷くのを確認すると、私はソリに戻って準備を始めた。
私はトナカイ達と一緒に入る準備をして、湯煙の中を進んでいく。
やがて、伯爵と安の姿を確認できた。
「お! 来ましたね~。もうね! 凄くイイ湯加減ですよ~」
それに笑顔で答えて、トナカイ達をお湯の中に誘導した。
トナカイ達は、ゆっくりとお湯につかって行く。
「おぉ、これはイイ湯だ……あ……」
おもわず言葉を漏らしたトナカイを、伯爵は目を丸くして凝視している。
「今……もしかして、トナカイさんが話しました?」
「えぇ……話しましたね……」
「えぇ~? トナカイが話しちゃうって、また……えぇ~?」
トナカイを見て、ひたすらに驚いている。
これは参ったな……
「伯爵……黙っていてすみません。彼等には、サンタの一件からずっと協力してもらっていたんです。それで、たまには温泉でも入れてあげたいなと……」
「そうですか~。まぁ貴方が言うなら、もう何でも信じますけどね? それにしても……えぇ~?」
伯爵は、まだ驚いているようだ。
まぁ、こうなったら慣れてもらうしかないだろう……
しかし、本当に丁度良い湯加減だ。
普段の疲れが取れるとは、この事を言うのだろう。
湯煙で何も見えないのも、また乙な物だ。
お湯に浸かりながら、これまでの事を色々と思い返していた。
しかし、あれから心が痛い……
感情のある敵と戦い、それを殺さなければならない現実は本当に辛いものだ。
これが続くと想うと、どうしても心が重くなる。
はたして、私ごときが耐えられるのだろうか?
私が想い悩んでいると、ポリニャー伯爵が言った。
「いいんじゃないですか?」
ん?
なにが?
私が伯爵を見ると、独り言を呟くように話を続けた
「もし貴方が非情な方だったら、私は協力なんてしていなかったでしょう。
優しさは罪じゃない。
そして、優しさが無ければ何も生まれません。
生まれる時に、苦しみは付き物です。
今は温泉で、その傷を癒していれば良いんじゃないですかぁ?」
なるほど……この人には、全てお見通しか……
この温泉ツアーも、この人なりの気遣いだったのかもしれないな……
では、今はそれに甘えさせてもらうか……
そう言えば、もう一つ気になる問題がある
ビーが実験によってあの姿になったと言う事は、
魔物は人間を実験に使っていると言う事になる。
これは、いったい何を意味するのか……
人間を改造した魔物に、世界を支配させようというのか?
だが、それにしてはビーは何だ?
奴等に、使いっぱしりのようにされていたよな?
つまり魔物としては優れていないと言う事になる……
ならば、何だ?
まさか失敗作?
いや……それにしては可笑しいだろう。機密実験の産物を最前線になんて送るか?
成功なら、もっと重要な所に配置するのが普通。
そして失敗など無かった事にするのは、ごく当たり前の選択……
いったい何がしたいのか全く見えてこない……
だが、少なくとも人間を材料にした実験などあってはならない。
何としても阻止するべきだ。
しかし、現状では……
出来るだけ早く、魔の大陸への道筋を付けておきたい……




