第四十一節 まぁ、イイかな?
「ところで、お幾らです?」
私が聞くと、ケッ! っと言わんばかりに
「何言ってやがんでぃ! 金なんていらねぇよ!」
いやいや……それじゃダメだろ……
続けて聞いてみた。
「ちなみに、通常のソリって幾らなんです?」
オヤジさんは、指差しながら話した。
「そうさなぁ……そこの小さいので50万。あっちの大きいのなら150万だな」
なるほど……
考えている私に、オヤジさんは言う。
「兄ちゃんから、金は受けとらねぇぞ! その代わりよ! これから俺が、これ作ってもイイか?
絶対に売れるぜ!」
それに、素直に頷く。
「えぇ、構いませんよ。元々オヤジさんが居なかったら出来なかった物ですから。
だけど、せめてこれだけは受け取ってください」
私は用意しておいた100万を渡した。
「馬鹿野郎! こんなに受け取れるか!」
怒るオヤジさんを、真剣に見つめて私は言った。
「いや、腕の安売りは良くありません。これはオヤジさんの技術料であり正当な報酬です。
本来はこれの倍じゃ効かない価値がありますが
もし売るなら、この部品だけで50万! 工賃込みで100万!
中古の馬車が込みなら400万! それ以下じゃ、絶対に売っちゃダメですよ」
「お……おうよ……」
なんとか、丸め込めたようだ。
試作とは言え、本来こんな金額じゃ手に入らない代物だ。
これもまた美の形、安い買い物である。
ついでに、馬の蹄鉄も雪用に交換してくれた。
話によると、普通の蹄鉄では蹄の裏に雪が詰まってしまって良くないそうだ。
「馬にとっちゃぁ、こいつは靴みてぇなもんだ!
場所によって、変えてやるのが筋ってもんだろうよ!」と言っていた。
確かに、言われて見ればその通りだ。
そして、もう一つ言われた事がある。
「この馬は、寒い所に慣れてないようだ。帰りがけに服買ってやれや!」と言われたので、
今は教えられた店に向かっている。
馬も色々あるものだなと、改めて考えさせられる。
しかし、ここに来るまで馬の事はあまり知らなかったので
本当に勉強になっている事は確かだ。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
店に入ってから、もう3度ほど声を掛けているが誰も出てこない。
居ないのだろうか?
「はい……」
真後ろで微かに声がした。
驚いて振り向くと、目の前に顔がある。
「うおっ!」
慌てて距離を取ると、そこに直立不動の人が居た。
おもわず尻餅を付いた私に、僅かに目の玉だけを動かすと言った。
「どのような御用でしょう……」
いや……メチャ怖いんですが……
「あの……馬の服が、欲しいんですけど……」
私が言うと、全く体勢を変えずに続けた。
「外に居る馬ですか……」
やっぱ、怖ぇよ……
「はい、そうです……」
頷きながら答えると、目をクワッと開けた。
「どちらまで行く予定ですか……」
マジで、怖すぎるって……
「北の神殿を目指しています……」
「かしこまりました……」
まるで浮いているように、スーっと奥へと行ってしまった。
いったい、何なんだ……あの人は……
長い黒髪に、白い着物のような服ってヤバすぎるだろ……
どっからどう見ても、幽霊なんですが……
しばらくすると、音もなくスーっと戻ってきた。
無言でテーブルの上に、それを置く。
そして、その体勢のまま静かに話し始めた。
「これは魔法技術によって防寒性を高めた新素材です……
ですが、これでもあの馬達には過酷な旅になるでしょう……
決して無理はさせないで下さい……」
なるほど……さすが、馬には詳しいようだ。
私は、さらに聞いてみる。
「寒い時は、何をしてあげたら良いのですか?」
ゆっくりと、こちらに振り返りがなら言った。
「少々お待ち下さい……」
またスーっと奥へ行って、何かを持って来るとテーブルに置いた。
「これを、それぞれの馬に掛けてあげてください……
寒気を遮断する効果があります……」
なるほど……
「では、それ両方下さい」
「かしこまりました……」
馬の服を持って、外に行ってしまう。
何をするのかと付いて行ってみると、物凄い手際の良さで服を着せてしまった。
この人って、実は凄いのかも……
「4万2千エンになります……」
それを素直に支払うと、またクワっと目を大きくした。
「絶対に無理はさせないで下さい……」
「はい……判りました……」
さすがに、この人には逆らえないわ……
宿に戻ってみると、まだ遥子達は帰って来てないようだ。
まぁ、ひとまずはユックリするか……
何となく、地図を見ながら考えを巡らす。
次の町までは距離はあるが、一日あれば十分に行けるだろう。
問題は次である。
山しか書いていないが、距離的には半分だ。
その先は海になるようなので、この付近に神殿があるはずなのだが
情報があまりに少ない。
神殿があるなどと聞けば誰かしら無謀な冒険者が行きそうなものだが、
誰も行っていないと言う事は相当に過酷な道程なのかもしれない。
もしくは、誰も帰ってきた事が無いのか?
次の町で、少しでも知っている人が居れば良いのだが……
そんな事を考えてると、賑やかな声が聞こえてきた。
帰ってきたか……
何やら遥子が、ご機嫌のようだ。
「ねぇ、なんかさ。温泉があるらしいんだけど行ってみない?」
温泉ねぇ~……
そう言えば、伯爵の本があったよな……
荷物から、おもむろに取り出す。
「これ貰ったんだけど、出てるかな?」
それを渡すと、皆で顔を寄せ合って見ている。
ここは、遥子達に任せておくか……
「ねぇ、ここが近いよ!」
ん? どれどれ……
見てみると、そこには
『白骨化温泉』と書いてあった。
うわ……入りたくね~……
「本当に、ここに行くのか?」
私の問いに、遥子は間髪入れずに答える。
「だって、すぐそこじゃない!」
まぁ確かに、メチャ近い。
これなら歩いて数分で行けそうだ。
骨とか浮いて無ければ良いが……
私達は、温泉の前で立ち尽くしていた。
「混浴だってよ……」
「みたいね……」
私は、遥子を横目に見て聞いてみる。
「どうする?」
「こう言う時は、もちろんレディーファーストでしょ?」
う~ん……そこで使われると、否定できないのが困る。
「じゃ、そこの待合所で適当にくつろいでいるから、行っておいでよ」
遥子達は、笑顔で温泉に入って行った。