第三十七節 オニャン公国ね~……
結局、丸一週間を費やしてようやくオニャン公国との国境まで到達した。
心なしか皆がゲッソリして見えるのは、気のせいでは無いだろう……
騎士の様に立派な鎧を着込んだ警備員に、沙耶が用意してくれた入国許可証を見せると
巨大なゲートが重く軋む音と共にゆっくりと開いていった。
さすがにサイバエの景色とは違って、前にはいくつも山が聳え立っている。
道もカーブが多く、徐々に勾配が増していく。
馬車の中から、ダッツが声をかけてきた。
「このまま山を越えると、デヴォンニャー邸が見えてくるはずです」
なるほど……とりあえず、迷う事は無さそうだ。
山を越えて木々が減ってくると、何やら城らしき建物が見えてきた。
その時、ダッツが私の横に来て城を指差した。
「あれが、デヴォンニャー邸です」
はい?
「え? あれって、お城じゃないの?」
驚いて聞くと、ダッツは頷いている。
なんか凄いな……
出来れば、関わりあいたくない人種だよな……
その時、ダッツは思いだしたように手を叩いて言った。
「そう言えば、お教えしておかなければいけない事があります」
出たな……
「公爵の面前では作法がありますので、覚えておいて下さい」
やはりか……
「それって、覚えなきゃダメ?」
私が聞くと、軽く溜め息をついた。
「出来なければ絞首刑。軽くても牢獄行きですが、それで宜しければ……」
マジっすか……
「それって、簡単なのかい?」
私が問うと、キョトンとしながら答えた。
「えぇ、大した事ではありませんよ」
本当かいな……
ひとまず馬車を止めて、皆で一通りの挨拶を練習していた。
先生は、ダッツとナーヴェだ。
雰囲気的には中世の映画に出てくるような感じなので、
それに見覚えのある私と遥子は割りと簡単に覚えられた。
翔子は、さすが貴族の出なだけに身のこなしが自然である。
問題は、あとの3名だ……
特に安が、どうにもならない程に酷い……
確かに独特なポーズではあるが、お辞儀でコケル奴は初めて見た。
きっと、この手の事には向いていないのだろうな……
しばらく観察するように見ていたが、
あまりに代わり映えしないので声を掛けてみた。
「なぁ? 安には、ちょっと無理じゃね?」
それに、悲しそうな表情を浮かべる。
「旦那~……」
「いやさ……人には向いてない事もあるからさ。もし出来ないようなら、
執事とかにしてみたらどうだい?」
それにダッツが、はっ! としたように手を叩いた。
「それは、良いと思います。そうすれば、お辞儀だけで済みますので」
結局の所、安は執事に。蓮と伊代は、メイドに扮してもらう事にした。
さて、まずは服が必要だと言うので、てっきり派手な服でも着せられるのかと思ったが
どうやら違うらしい。
必要なのは、執事とメイドの分だと言う。
私は鎧で、遥子と翔子はローブ姿で良いそうだ。
この国の基準が良く判らない……
3人が服を見繕う間、私達は服屋の中を見回していた。
「しかし、派手だな……」
私が呟くと、遥子も呟いた。
「本当にね……」
もし、こんな服を着せられたら笑いが止まらなくなる所だった。
だが、甘かった……
出てきた3人を見た瞬間に、私達は固まった。
それは七五三と、チビっ子メイドカフェである。
やがて、私達は爆笑の渦に飲み込まれていった。
今、3人は怒っている……
「私達だって、好きでこんなカッコしてるんじゃありません!」
「全くでやすよ」
込み上げる笑いに耐えながら、私は言った。
「いや、悪い。しかしアレだ、その安のピチっとした髪型はマジでヤバイって……
これって、馬子にも衣装で表現あってるか?」
それに遥子は、また噴出した。
「遥子姉さんまで……酷いでやす……」
「よ~し、こうなったら……やるわよ!」
蓮が伊代に目配せをすると、笑い転げる遥子はチビっ子メイドに連行されて行った。
何やら、試着室が凄い騒ぎになっている……
「やだって! 絶対にやだってば!」
おいおい……大丈夫か?
やがて出てきた遥子は、見事にメイドに変身していた。
そして、そこには床を叩いて大爆笑する私が居た……
メイドの蹴りは効くものだ……皆も気をつけよう……
やがて、ひとしきり笑い終えると遥子が、シュンとしながら言う。
「そんなに、笑わなくてもいいでしょう……」
「いや、あのタイミングで出てきたもんだから、
ついツボってしまったのだよ。すまん……」
私が言うと、しばらく間を置いて言った。
「そんなに酷い? 私のメイド……」
「いや……冗談抜きで言うなら、凄く似合っているぞ。似合いすぎで笑った……」
「そう……」
何か、微妙な空気になってしまった……
「それも……買っとくか?」
「うん」
ようやく、遥子に笑顔が戻った。
全く、女心は良く判らん……
そして最後に、私の王子様スタイルで一同大爆笑になったのは言うまでも無い……