第三百五十九節 闘技場警備の視線 鬼温菜衣斗の場合 その3
大さんは魔物の前に立ちはだかると、低い声で言いました。
「君達、悪い事は言わない。このまま帰りなさい」
いや、さすがにそれは聞かないと思いますけど……
でも不思議とその言葉に戸惑いを見せているようで、
他の魔物も大さんの前に集ってきました。
大さんは更に続けます。
「君達が大人しく帰るなら、このまま見逃そう。さぁ、どうするかね?」
しばらくの間を置いたかと思うと、魔物達は大きな奇声を上げ始めました。
何を言いたいのかサッパリですが、
もう『ヤル気満々です』と言った感じにしか見えません……
それを見て大さんは、大きく溜め息をついて言いました。
「全く……ならば、仕方があるまい。無益な殺生は避けたいが、これ以上の好き勝ってをさせる訳にはいかないのでな」
そう言いながら自分の剣を静かに構える姿が、やたらとカッコイイでありますっ!
そして大さんの低い声が辺りに響き渡りました。
「さぁ、全力で来いっ!!」
いや、そこ挑発しちゃマズイかと……
その言葉に誘発されたかのように、3体の魔物は一斉に大さんへと襲い掛かります。
うわ~、ヤバイよ~……誰か止めようよ~。
おもわず皆を見渡しますが、呆然とその光景を眺めているだけです。
もはやこれまでかと思ったその時、大さんがユラっとした動きをしました。
えっと……そこまでは解っているのですが……
これは、いったい何事ですの?
いや、だって……
今さっきまで暴れていた魔物が、床に細切れ状態で散らばってビチビチしているんです。
3体もいたんですよ? あんな化け物が、今までそこにっ!!
それが何で?
意味が判らないまま呆然としていると、
大さんは何事も無かったかのようにこちらに歩いて来ました。
そして優しい笑顔で、剣を反対に向け自分に差し出しています。
「ありがとう、助かったよ」
何も答えられないまま剣を受け取ると、隊長が傷に手を当てながら唸るように言いました。
「恐れながら……貴方は、いったい……」
その言葉でふと真顔になると、隊長に言いました。
「私は、平和を愛する者の一人として協力させて貰っただけだよ。今回の事は、なるべく公にしないで頂けると助かるんだが……」
「いやっ! 助けて頂きながら、それではあまりに! ウグッ……」
その痛みで隊長の顔が歪むと、大さんは皆に向かって声を上げました。
「これ以上、彼に無理をさせてはいけない。早く、治癒が出来る所へ」
その声で皆も我に返り、声を揃えて隊長を持ち上げます。
自分も剣を収め、隊長の足を抱えるように持って走り始めました。
それにしても大さんって、いったい何者なんだろう……
どんな技を使ったのかさえサッパリ理解できませんでしたが、
あんなに強いだなんて今の今まで全く知りませんでした。
ファンとして恥ずかしいです。
いや……もうファンなんて言いません、大さんは、自分の憧れです。
それも、自分の剣を使ってくれたんですよっ!!
嬉しいですっ!! 激しく嬉しくて、今すぐ叫びたいほどですっ!!
この剣は、我が鬼温家の家宝にしますっ!!




