第三十五節 安の覚醒?
翌朝……
私は早くから、馬車の準備をしていた。
誘導係の言う事が正しければ、次の宿場まで10時間は掛かる道程だ。
少し、気合を入れた方が良いだろう。
馬車を走らせ宿の入り口まで来ると、
ふと昨日パーティーが行われていた野外テーブルに目が行った。
そこに、誰かが座っている。
良く見ると、昨日英雄だったオッサンが一人で放心していた。
さらに良く見ると、一枚の紙が置いてある。
きっと、明細書だろうなぁ……あれは、終わったな……
私はおごってもらっては居ないので、別に助ける義理は無い。
あまり、羽目は外すものではないな。
私も、気をつけよう……
馬車の準備も出来た所で、いよいよ実験だ。
馬を繋げて部屋に戻ると、安に聞いてみる。
「どうだ? いけそうか?」
「任せて下さいやし!」
私達は、宿の裏庭に集まった。
遥子が、不機嫌そうに言う。
「で? 一体、何をする訳?」
「まぁ、見てろって……」
私は、僅かに笑みを浮かべた。
「さて、二人とも準備は良いか? まずルールだが、怪我はさせないこと。
寸止めで、決まれば勝ち。いいか?」
二人とも、それに頷いた。
「よし! 始め!」
伊代は、おもむろに剣を抜いて正眼に構える。
正眼と言っても、剣道のそれとは若干姿勢が違う。
多分、呼び方も違うのだろう。
僅かに浮かべる伊代の笑みには、余裕さえも感じる……
伊代とは一度だけ手合わせした事があるのだが、
剣を交えるうちにお互い熱くなりすぎて
怪我では済まなくなりそうな状況になってしまった。
あの時は、遥子の魔法が私達の間に撃ち込まれて我に返ったのだが……
まぁ私と伊代とでは剣筋があまりに違うので
比べるべきでは無いかもしれないが、
あの一戦だけでも伊代が相当の使い手である事は良く判った。
さて……あとは、どこまで通用するか……
やがて、安も両腰に下げた小太刀を静かに抜いた。
その瞬間、意味が判らない速度で伊代へと突っ込んで行く。
あまりに異常な速さに伊代は目を見開いたが、安はすでにモーションに入っている。
そして、嵐のような連撃が始まった。
安が回る度に、激しく繰り出される小太刀に伊代の剣は押し上げられて行く。
だが、そのまま押し切られる伊代では無かった。
スッと一歩下がり瞬時に構えを上段に切り替えると、その強烈な一撃が唸りを上げた。
しかし……
そこに、安は居ない。
伊代は、え? と言う顔で安を追うが、その姿は見つからない。
そして、背後から伊代の首筋に刃が触れた。
「それまで!」
私が終了の合図をすると、伊代はそのまま座り込んだ。
「何? 何が起こったの?」
皆も、その光景に唖然としている。
その時、不敵に笑みを見せたのは私と安だけだった。
「どうだ? これで、安も戦力になりそうだろ?」
私の言葉に、遥子達は目を大きくして何度も頷いている。
「ねぇ? いったい、何を教えたの?」
それに、私は微笑んだ。
「簡単さ、小太刀二刀流だよ。
安の俊足で、二刀使ったら面白いかなって思ってね。
一発の破壊力こそ無いが、それを補って余りある連撃だった。
なかなか、良い結果が出たよ」
ふと、私は安を見た。
「皆のお許しが出たぞ、今日から安も戦闘メンバーだ。おめでとう」
「あ……ありがとうございやす~……」
また、号泣してしまった……
いや……基本は、君の実力なんだが……