第三百三十二節 飛空移動船ですね~……その7
私が何気に納得していると、沙耶は続けた。
「とりあえず、座っておいた方がイイと思うわよ?」
まぁ確かにアフターバーナーと言うくらいだから、このまま立っていたら危ないよな……
沙耶に言われた通りに安の右隣の席に座ると、こちらの席も前方から横まで
胴を囲むように操作盤のみたいな金属のパネルが張り巡らされている。
ここにもスイッチやらレバーが沢山あるが、安の席とは違って
操作に関わるようなレバーでは無いようだ。
念入りにそれ等を確認していると、椅子の右側に付いている
ヒラヒラした物が気になった。
何だコリャ?
手に取ってみると、先端に幾つかの穴が縦に並んで開いている。
まるでベルトのようだ……
それも革で出来ていて、かなり丈夫そうである。
と言う事は?
急いで左側の腰辺りを覗いてみると、そこにはバックルのような感じの物が付いている
革ベルトが付いていた。
なるほどね……
と言う事は、コレを使った方がイイよな……
右の長いベルトは、そのまま下にも繋がっているようだ。
先端を引っ張ってみると、三角を描くような形になる。
それを左側へ持ってくると、車のシートベルトのように
三点で止める構造である事が解る。
とりあえずベルトの要領で、それを固定してから後ろに声を掛けてみた。
「さて……皆、シートベルトは付けてるか?」
それに遥子が答えた。
「ん? あぁ、コレの事ね? どうするの? コレ……」
不思議そうな顔でそれを見ているので、私は続けた。
「それ、ズボンのベルトみたいなもんだよ」
「あぁ……はいはい! ここに付けるのね!」
何か納得したようにベルトを締めると、同じように悩んでいた皆にも教え始めた。
しばらくすると、遥子は私に言った。
「いいわよ! 皆付けたわ」
それに頷いて、加瀬朗さんに視線を向ける。
「では、採光さんと昏衣斗さんに指示をお願いします」
「おう!」
それに頷いてから、ラッパに向かって大きな声を上げた。
「おめぇら、緊急加速だ! アフターバーナー準備! 衝撃に備えろ!」
「了解です! 緊急加速! アフターバーナー準備~! 衝撃に備え~!」
ラッパから鐘の音と共に復唱する声が聞こえた。
それに強く頷いて安に視線を向ける。
「じゃ、行ってみるとするか……安、アフターバーナー全開だ!」
「がってんでやす!」
そのレバーを引いた次の瞬間、何かが連続で爆発するような轟音と共に
思いっきり椅子に貼り付けられた。
「な……なんだ、こりゃ……」
船は意味が判らないほど物凄い勢いで加速して行く。
すでに何百キロ出ているのか判らないが、少なくとも旅客機よりは確実に速い気がする。
ここが空で無ければ、アッと言う間にどこかに突っ込んで即死だ。
しかし、どうなってる? これだけの速度が出ていて、加速Gは緩むどころか
更に強くなって来てるぞ?
いったいこの船は、どこまで加速するんだ?
下手すると、このまま音速を超えたりして?
この際どこまで行けるのか興味がある所だが、今はそれほど高度を上げていない。
これ以上速度を上げるのはあまりに危険だ。
ふと前方を気にすれば、遥か遠くにあったはずの高い山々が凄い勢いで近づいて来ている。
「安! そろそろヤバイ! 減速だ!」
「が……がってんでやす……」
椅子に貼り付けられながらも、安は必死にレバーを戻す。
船はまだ動いているようだが、あまりに速かったのでまるで停止しているかのようだ。
しばらくすると、安が大きく息を付きながら行った。
「なんでやすか? 今のは……」
「あぁ、メッチャ速かったな」
安は素直に頷いた。
ふと後ろを振り返ると、沙耶と親方は目を丸くして固まっている。
しばらく沈黙していたが、ふと沙耶が呟いた。
「まさか、これほどとは思って無かったわ……」
親方が、それに続ける。
「あぁ、死ぬかと思った……」
まったく、この人達は……ちゃんと考えて作ってくれよ。
そう言えば、後ろがやけに静かだ。
椅子越しに見ると、女性陣と加瀬朗さんは顔を引きつらせて
只ひたすらに硬直していた。
「だが、兄ちゃんすげぇな。あんな状況で、何で冷静なんだ?」
不思議そうに問いかけてくる親方に、おもわず困った……
ここは、なんと説明すれば良いだろうか?
まぁコレ程では無いが、相当な加速をする絶叫マシンは何度も乗った事がある。
それで皆よりも加速に耐性があるのだろう。一言で言えば慣れの問題だ。
だが、それを言った所で通じる訳も無い。
「まぁ、少しは速い乗り物の経験があるだけですよ」
そんな苦し紛れの言い訳だったが、親方素直に納得してくれた。
すると、沙耶が割り込むように声を掛けてくる。
「ちょっと、来過ぎたわね……ひとまず戻ってくれる?」
「え? 戻るの?」
「えぇ、あっちよ」
おもわず聞き返した私に冷たい視線を送りながら真後ろを親指で差しているので、
素直に頷いて指示を出す。
「安、取り舵一杯だ。反転してくれ」
「がってんでやす」
そのまま180度向きを変えて、私達はパンツェッタに向かった。
海の上をひたすらに飛んで戻って来ると、
何やらブイのようなものが浮いているのが見える。
一見すると白い灯台がプカプカと浮いているようだが、空からでも良く見えると言う事は
かなり大きな物だろう。
その上の部分に赤い丸い物体が付いている。
それに気を取られていると、突然に沙耶が大きな声を上げた。
「あれを狙って魔導砲の実験よ!」
魔導砲って……また何か嫌な予感がするな。
試しに聞いてみた。
「それは、ちゃんと威力を考えて作ってるんだろうな?」
それに沙耶はムキになりながら答えた。
「考えてるわよ! 最強の設計よ!」
やっぱりか!
だが、言われたからにはやるしかない。
「安、海面近くまで下降出来るか?」
「大丈夫でやす、行けるでやす」
そのまま器用にレバーを動かすと、機体は静かに下りて海面付近で停止した
すると親方が唸り声を上げながら言った。
「うむ、上手いもんだ。これなら安心して任せられるぜ!」
ふと安を見ると、とても嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。