第三百十二節 指導教室ですね~……その4
私が遥子に目配せすると、それに頷いて皆に声を掛ける。
そして遥子達が、私達の前まで来て言った。
「あら、五人も居るのね。それじゃ、あたし達とも話しましょ?」
それに子供達は不思議そうに顔を見合わせるが、遥子は半ば強引に
一人の子を抱き寄せるように引き離した。
「大丈夫よ、皆から見えるところに居るからね」
そんな遥子の言葉に、不安そうな表情を浮かべる残り4人に安が言った。
「あっしも話を聞かせて欲しいでやす」
そのまま一人引き離すと、伊代が続ける。
「それじゃ、君は私と話そう」
また一人引き離すと、更に蓮が続けた。
「じゃ、君は私達ね」
蓮と翔子が、一人を連れてその場を離れた。
一人取り残された子供に、私は笑みを浮かべる。
「まぁ、座ってくれ」
私が腰を下ろすと、その子供は不安そうな表情を浮かべながらも素直に座った。
お互いに向き合った状態で、私は聞いてみる。
「さてと……何の話か解るかな?」
「いえ……何でしょうか?」
ほう……かなり変化に自信があるようだな。
「実はね……君の正体を知っているんだ」
それに聞いた瞬間、目を見開いて立ち上がろうとしたのでおもわず両手で肩を押さえる。
「まぁ、落ち着け! 今すぐ、どうこうしようと言う気は無い。まずは、話を聞かせて欲しいだけだ!」
すると諦めたように力を抜いて座りなおす。
少し間を置いて、私に聞いてきた。
「僕を……どうするつもりですか?」
「それは、君次第だ。私が見た所、人間に危害を加えるつもりは無いように思える。それは、何故なんだ?」
その子は大きく息を付いてから、とても子供には思えない鋭い目付きで私を睨みつける。
「どこまで、僕の事を知って居るのですか?」
私は周りを見渡してから、その子に視線を戻して囁くように答えた。
「君は魔物である。そして、オバ帝国の子供達に溶け込みながら孤児院で生活している。更には、人間に危害を加えるつもりが無いようだ。その点からしても、オジ三国に潜伏している魔物とは明らかに違う。だからこそ、私はどうすべきか悩んでいる。君は、いったい何者なんだ?」
私の答えに驚いて聞き返してくる。
「まさか、貴方は……勇者?」
「まぁ、近い者だと考えてもらって構わない」
軽く頷くと、半ば諦めたような声を出した。
「そうですか……貴方には、隠しきれないようですね。わかりました、全てお話します」
そのまま、しばらくの沈黙が私達を包む。
やがて、蚊の鳴くような声で囁いた。
「僕は、総左遷丈の直属の部下でした……」
「でした?」
私が首を傾げると、どこか自分を卑下したような寂しげな笑みを浮かべて続けた。
「はい。今は……どこにも属しておりません。僕は、本当に情け無い奴です。あの時、何も出来なかった……人間に紛れても、結局はコレだ……救いようの無い奴ですよ、馬鹿なハグレ者だと思ってください」
いや、何もそこまでフテ腐れる事は無いと思うのだが……
私は、とりあえず聞いてみた。
「私が聞いた所によると総左遷丈はこの侵攻に反対していたとか言う話だが、それと何か関係しているのか?」
それに驚いた表情を見せた。
「何故、それを……」
「まぁ、色々と調べは進めている。だが、調べるほどに総左遷丈の行動に納得が行かなくなるんだ。王の暗殺未遂に関わっている事は間違いないのだが、その一方で騎士団達には厚い信頼を得ている。そして飲んだくれて、グチをこぼしていたと言うしな」
「そうですか……何とも、彼らしい……」
ふと優しい笑みを浮かべてこぼした言葉が気になったので、私は聞いてみた。
「彼らしいとは、どう言う事だ? 私には、総左遷丈と言う者が何をしたいのか全く見えてこないのだが?」
すると、大きく息を付いて答えた。
「そうでしょうね……きっと本人も、何をするべきなのか苦悩しているはずです。ご存知の通り、今回の侵攻に彼は反対していました。ですが魔王の意向に、もう逆らう事など出来ないのです」
「それは何故だ?」
私の問いに、しばらく間を置いてから答えた。
「まだイチマルキュ……いえ、魔の大陸には彼を慕っていた者達が捕虜として捕らえられています」
捕虜だと?
「それは、人質と言う事か?」
私が聞いてみると、素直に頷いた。
「えぇ……魔王の卑劣なやり方には、本当に嫌気が差しますよ」
本当に嫌そうな表情を浮かべている彼を見ながら、私はおもわず呟いた。
「それで、従うしか手が無いと言う事なのか……」
それに頷いて、彼は話を続ける。
「はい、その通りです。僕も彼の考えに共感し、これまで人間との共存をずっと模索して来ました。ですが魔王の復活によって、僕も同胞達のように捕虜として捕らえられる所だったのです。もうダメかと覚悟を決めた時、彼は僕をこの大陸への先発隊として紛れ込ませてくれました。その時に、今の姿に変化させてくれました。そして……お前だけでも逃げろと言われたのです。せめて、お前は幸せに暮らせと……それ以来、彼とは会っていません……」
涙ぐむ彼に、私は言葉をかける事が出来なかった。
私が見る限り、彼の話は真実だと思わざるを得ない。
この涙を、疑いの目で見たくないと言う事もある。
少なくとも私は、刑事の様な視線で判断したくは無い。
それに状況から見ても、もはや疑う必要など無いだろう。
しかし……そんな事があったとは……
ふと周りを見ると、友達がこちらを気にしているようだ。
さすがに、これ以上は引っ張れそうに無いな……
「そうか……大体の事情は解った。さて、そろそろ君の友達が暇をもてあまし始めたようだ。これ以上の話は、次回にしよう。帰る前に、君の連絡先を教えてくれ」
そんな私の言葉に、彼は驚いた。
「え? 僕を見逃してくれるのですか?」
「ん? 君は逃げるつもりなんて無いだろ? それに、総左遷丈を助けるには君の力が必要だ。当然協力してくれるよな?」
私が笑みを浮かべると、彼は素直に頷いた。
「はい、それはもう……」
そう言った後に、彼はふと首を傾げる。
「いや……それより、僕なんかを信用するのですか? 貴方達が忌み嫌う魔物ですよ?」
「自分で言ってどうするよ……魔物だから、全て抹殺しなければダメか? それでは、殺人鬼と何ら変らないではないか。私は何者であれ、平和を願う者を殺す気など更々無いよ」
すると、彼は笑った。
「珍しい人ですね……」
「確かにそうかもしれないが、少なくとも君にだけは言われたく無い」
私が指差して反論すると、彼はそのままケラケラと笑い始めてしまう。
そして、いつしか私達はお互い自然な笑顔を浮かべあっていた。