第二百九十五節 届けますかね~……
私達は今、城の前に立ち尽くしている。
「それで? どうやってコレを届けるんだ?」
「う~ん……そう言えば、相手は勇者なのよね~。簡単には会えないか~」
すると、リーさんが言った。
「いや、そうでも無いですよ? まずは裏門に行きましょう」
私達はリーさんに言われるまま、城に裏手へと付いて行った。
警備の騎士が数人居て、左に小さなプレハブのような建物がある。
「いつもお世話になってます~」
そう言いながら、受付らしき小さな窓の所に置いてある帳面に何か書き込んでいる。
「あぁ、これはどうも。今日は納品ですね?」
「えぇ、勇者様にお届け物なんです。どちらに行けば宜しいでしょうか?」
警備の人は、リーさんにバッチのような物を渡しながら窓から顔を出した。
「あっ! それでしたらこの先に見える入り口から入って、すぐの階段を上がったら斜め前に見える部屋に行って下さい」
「どうも~」
何だよ、簡単に入っちゃったよ……
これって、あまりに警備が甘すぎないか?
私達が顔を見合わせていると、リーさんが言った。
「以前に、ここへ卵を届けた事があるんです。入るのは楽勝ですよ」
なるほど……
階段を上がると、斜め右に見える部屋に張り紙がしてあった。
『勇者ご一行様、控え室』
いや、それはどうかと……
これって、もし襲撃されたらアウトってパターンだろ。
部屋をノックすると、中から夕菜さんの声がした。
「は~い」
またノドカだし……
景気良く扉が開くと、夕菜さんは驚いた。
「え? えぇ~?! いったい、どうしたんですか~?」
その様子を見た二人も、驚きながらこちらに歩いて来る。
そして翁さんが、眼を丸くしながら言った。
「これは……いったい、どうやってここまで来たのですか……」
いや、簡単に来られましたが……
遥子が持ってきた袋を見せながら言った。
「これを、貴方に買ってきたの」
「え? あたしにですか?」
夕菜さんは自分を指差して驚いているが、遥子はそれを気にすること無く続けた。
「ちょっとやってみるから、中に入ってイイかしら?」
「あ……はい」
そんな返事を聞く間も無く部屋の中に入ると、袋の中を漁り始めた。
遥子は買ってきた生地を夕菜の上半身と下半身に撒いている。
その生地の端を軽く結んで頷いた。
「うん、これでイイわね。鏡を見て御覧なさいよ」
恐る恐る鏡を覗き込むと、夕菜さんは目を見開いて驚いた。
「わぁ、凄い! これなら恥ずかしくないです~!」
少し薄着な感じは否めないが、確かにアレならシャツとミニスカートに見えるな。
鏡の前でクルクルと回りながら自分の姿を嬉しそうに見ている夕菜さんを
笑みを浮かべながら眺めている二人に私はに声を掛けた。
「実は、幾代さんと翁さんにもあるんだ。コレなんだが……」
残りの袋を見せると、幾代さんが驚く。
「え? 私達にもですか?」
「それは、それは……」
翁さんも、何か恐縮しているようだ。
まずは翁さんにローブを渡してから、幾代さんに買ってきた黒染め液を出す。
「それは何ですか?」
「これは鎧の色を黒くする液体だ。何か要らない布に染み込まして擦ってみるとイイよ」
不思議そうな表情を浮かべながらも、要らない布に染み込ませて
ギンギラの鎧を擦り始める。
すると徐々に光っていた部分が黒くなり始めた。
「おぉ! これは凄いですね。いったい何の液体なんですか?」
「まぁ、簡単に言うと錆止め液だな」
「なるほど……」
それに納得しながら、幾代さんはとても嬉しそうに鎧を磨いていた。
とりあえず用意した物の説明が一通り済んだので、私は言った。
「それじゃ、そろそろ私達は退散するよ。下手に騒ぎを起こしたくないしな」
「え? まさか、わざわざコレを届ける為に城へ侵入を?」
「あぁ、そうだが?」
素直に答えると、しばらく固まってから答えた。
「はぁ……そうでしたか。いや、何と申して良いやら。本当にありがとうございます……」
そう言った後に、3人は顔を見合わせてから伺いを立てるように聞いてきた。
「ところで……あの……」
「ん? 何だ?」
翁さんは、会議室で話した内容を聞かせてくれた。
そこで話した人と言うのは、網目様と言うカカア殿下の部下らしい。
話によれば私達に付いて来ようとして旅に出る許可を願い出た所、
トカゲンと言う魔物の討伐に行かされる羽目になったとか……
そこで、何とか私達を探し出そうと相談していた所だったらしい。
「ところで、いかがなものでしょうか?」
翁さんが伺いを立ててくるので、素直に答えた。
「断る!」
「えぇ~!」
揃って仰け反りながら驚く3人に、私は冷たい視線を投げながら続ける。
「そもそも、決めた事を守らなかったのは君達だ。それは、自業自得だろう? 頑張れ!」
「いやっ! 確かに、それは大変申し訳ないとは思っておりますが……さすがに、こればっかりは我々だけではどうにもならないかと」
慌てる翁さんに、半ば呆れたように言った。
「まぁ、仕方ないだろう。私達は知らん!」
「いや、そう言わずにどうか……」
私がそれに答えずにいると、ふと遥子が言った。
「それで、何? どうやっても勝てないの?」
その問いに、翁さんは暗い表情で答える。
「えぇ……一年前に出発した討伐隊は、このオバ帝国でもかなり名の通った兵達でした。それが成す術も無く全滅したと言う事は、とても我々には到底勝てる見込みなど……」
遥子は、しばらく考えて私を見た。
「ねぇ、手を貸してあげるしかないんじゃないの?」
「はぁ? この、言う事聞かない奴等にか?」
私が彼等を指差すと、割り込むように両手を出して翁さんが言った。
「いや、お怒りはごもっとも。それに関しては本当に申し訳ございません」
そのまま深く頭を下げている3人に、私は大きく溜め息を付いた。
「で? その北の洞窟……遠いのか?」




