第二百八十一節 オバ帝国ですね~……
そして次の日……
私達は、夜明け前にオバ帝国に向けて出発した。
今回はリーさんが用意した馬車に乗せてもらっている。
とりあえずそれほど長旅でも無いし、それぞれ必要最低限の荷物を持ってきた。
その中でも、2本の斧が一番重いのだが……
リーさんの馬車は幌が無いタイプなので雨が降ったらアウトだが、
ここではそんなに振らないそうなので問題は無いだろう。
それにしても、ずっと歩いてきた道を馬車で戻って行くのは何か不思議な気分だ。
まぁ、オバ帝国までは大した距離ではない。
ほんの小一時間もあれば、着いてしまう筈だ。
運転台で馬車を走らせている、リーさんに聞いてみた。
「オバ帝国で泊まる宿って、知り合いの所なんですか?」
私の問いに、リーさんは笑みを見せて答える。
「えぇ。宿を経営しているのは、志荷髪博士と言う方です。我々の間ではハカセと呼ばれてますけどね」
また、強烈な名前ですこと……
私が笑みを浮かべていると、リーさんが続けた。
「もうかなりの年配なんですけどね、何故か我々とは腐れ縁なんですよ。かなり付き合いは長いですしね。信頼できる人物だから、安心して頂いて大丈夫です。それに、かなりの博学なので疑問があったら何でも聞いてみると良いかもしれません。もしや、何か知っているかもしれませんよ?」
ほう……それは心強いな。
それは一体どんな人なのか、とても興味が湧いてしまっていた。
やがてオバ帝国との国境に近づくと、右に聳える山の中腹辺りに
木々の隙間から洋風の家が見えた。
「リーさん、もしかしてアレが噂の幽霊屋敷ですか?」
私が指差すと、リーさんもそちらに視線を向ける。
「えぇ、アレがそうです。ここから見ると普通の家なんですけどね~」
「確かに……」
国境でリーさんがミドリノ・オバ傘下管理局の人に許可証を見せて
立派な門を通過して行くと、蓮が溜め息をつきながら言った。
「こんなに、すんなり通れるんですね……」
私は、そんな蓮に笑みを浮かべながら言った。
「そう言えば3人とも、ずっと通れなかったんだよな」
すると蓮は怒ったように言った。
「はいっ! 本当に、酷かったんですよ! 危ないから横断しちゃダメよって理由になってませんよね?」
それに遥子が、思いっきり噴出した。
その様子を不思議そうに見ている蓮に、遥子が答える。
「あ、ごめんね。何でもないわ」
必死に笑いを堪えている遥子に、私は問いかけてみた。
「大丈夫か?」
「ダメ! ちょっとハマッタ」
笑いが止まらないようなので、私は不思議そうにしている蓮達に言った。
「私達の世界では、緑のオバサンってのが居てな。きっと、それを思いだしたんだよ」
すると、安が不思議そうに聞いて来た。
「それは何者でやす? 肌が緑とか?」
「おいおい、それは人間じゃないだろ」
「でやすよね~」
それを聞いて、遥子は膝を叩いて更にケラケラと笑っている。
「み……緑色のオバサンって……」
これは、しばらく収まりそうに無いな……
そんな話をしているうちに、オバター城が見えてきた。
まだ相当に距離があると思うのだが、ハッキリとその建物が解る。
以前は向こうの道を素通りしただけなので何ともいえないが、かなりデカイ城なのだろう。
それにしても、妙に人が多いな。それも貴族風の人がやたらと行き交っている。
貴族にはあまり良い思いをしていないので、あまり関わりたくは無いのが本音だが……
「何か、あったんですかね~?」
私が問いかけてみると、リーさんも不思議そうに答える。
「そうですね、普段はこんなに人は居ないはずなんですが……ちょっと聞いてみますよ」
そう言って馬車を止めると、道を歩いている割と普通っぽい人に声を掛けた。
「すみません、何かあったんですか?」
「えぇ、今は城で勇者の披露パーティーが行われているんですよ。それで、お偉いさんがわんさか集まってますからね~。もう大変な騒ぎですよ」
呆れた様子で話すと、そのまま通行人は去って行った。
「勇者?」
おもわず皆で顔を見合せてしまう。ふと遥子が言った。
「誰が?」
「さぁ?」
私は肩をすくめて答えるしか出来なかった。
さすがにオバ帝国の首都だけあって、街中は相当に賑やかだ。
立派な建物が数多く建っていて、ゴシック調の町並みがひたすらに続いている。
道も綺麗な石畳になっていて、馬車の往来もかなり多い。
その流れに合わせるように馬車をゆっくり走らせて行くと、
知り合いが営んでいると言う宿が見えてきた。
それが近づいてくると、かなり立派な建物なのだがどこか不気味な雰囲気が漂っている。
きっと吸血鬼の城だとか言われたら、そのまま信じてしまうかもしれない。
まさか、ここも幽霊屋敷なんて言わないよな……
宿の敷地に入って行くと、黒いローブを纏った数人に囲まれた。
かなり怪しいんですが、大丈夫か?
心配になって見ていると、その内の一人が低い声を上げた。
「リー様、お久しぶりです。本日は、お泊りですか?」
「はい、お願いします」
「では、馬車をお預かり致します」
宿の中に入ってみると、広いロビーには高そうな装飾品が沢山置いてあるが
昼間だと言うのに妙に薄暗い。
すでに燭台にはロウソクが灯っていて、超不気味だ。
だが、人の姿が見当たらないのは不思議だ。
私が辺りを見渡していると、上の方から声が聞こえた。
「おやおや、リー様ではありませんか。どうなされましたかな?」
その声の方を見ると、大きくアーチを描いた階段の上に人が居た。
白いスーツに裏地が赤い黒いマントを着て、少し短めの杖を持っている。
ここからでは良く見えないが、白髪混じりの頭髪からして相当に年配の人のようだ。
「一晩お世話になります、宜しくお願い致します」
リーさんが答えると、その人は階段を降りてきた。
近づいてくると、ようやくその人の表情が解った。
こりゃ、年配なんてもんじゃない。どう見てもお爺さんじゃないか……
だがその視線は相当に鋭く、何か近寄りがたい雰囲気だ。
一・九で分けられた髪型が特徴的だが、何か病的に痩せていてやけに肌が青白い。
その妙な青白さが、より不気味さを増していて凄く怖いです……
その人はリーさんの前まで来ると、ゆっくりと私達に視線を向けた。
「そちらの方々は?」
「えぇ、彼等に牧場を手伝って頂いているんですよ」
するとそのお爺さんは、ふと優しい笑みを浮かべたがそれさえも怖く見える。
「そうでしたか、私は志荷髪博士です。どうぞ宜しく。リーさん達にはハカセと呼ばれていますので、気軽に呼んで頂いて構いませんよ。まぁ、今日はゆっくりして行って下さい」
そしてリーさんに視線を戻して続けた。
「いつものように、部屋はお好きな所をお使い下さい。それでは、失礼」
とても紳士的に頭を下げると、そのまま奥へと歩いて行った。
リーさんが歩いて行くので私達も付いて行くと、扉を開けて部屋に入っていく。
「多分、この部屋が一番良いと思います」
言われるままに中を覗いてみると、かなり広い部屋の真ん中に
大きなテーブルセットが置いてある。
そのまま部屋に入って行くと、右に寝室が二つあるようだ。
部屋の中にはそれぞれ5個ベッドが置いてあるので、これはとても都合が良い。
「ここは使い勝手が良さそうですね」
私が言うと、リーさんは笑みを浮かべて答えた。
「でしょ? 前に良く、この部屋を使っていたんですよ」
なるほど。
ちょっと気になった事を、リーさんに聞いてみた。
「ところで、お好きに使って下さいってどう言う事なんです?」
その問いにリーさんは、呆れたような表情を浮かべて答えた。
「あぁ……ここって客が入ってるの見たこと無いんですよ。いったい、どうやって経営してるんですかね~?」
なんだよ、それ……
私が不思議に思ってると、リーさんは続けた。
「では、これから私は早速情報を集めてきます。皆さんも行く所あるんですよね?」
「はい。この辺りに武器屋があると聞いてます」
するとリーさんは、遠くを指差すように言った。
「あぁ、それでしたらこの宿の裏手ですよ。すぐ解ります。では、行って来ます。多分夕方には戻りますので、ここで待ち合わせましょう」
「はい、わかりました」
私達は部屋に荷物を置いてから、軽く挨拶を交わしてリーさんと別れた。