第二百七十四節 手伝いですね~……
稽古を終えて、皆で奥ヘ着替えに向かう途中で大さんが言った。
「これから手伝いに行くなら、剣や鎧は邪魔になるだろう。もし良ければ、私達の武具を保管している場所を使うか?」
「もし宜しければ、お願いします」
続けるように私が答えると、大さんは静かに頷いて答えた。
「では、先に着替えを済ませてしまおうか」
とりあえず伊代を先に着替えさせてから、私達も身軽な状態に着替えた。
そして鎧や剣を皆で持つと、大さんが道着が置いてある奥の壁をいじっている。
何をするのだろうか?
不思議に思ってみていると、その壁が動いて細い通路が現れた。
「おぉ!」
おもわず私達が声を上げると、大さんは笑みを浮かべて振り向いた。
「では、付いてきてくれ」
私は素直に頷いて、大さんの後ろを付いて行く。
通路はかなり暗いが、どこからか光が漏れていて足場が確認出来る程度には見える。
「隠し扉とは、凄いですね」
私が呟くように言うと、大さんは一度頷いて答えた。
「うむ……さすがに流派が存在しないからには、数多くの武具を公にして置く事も出来なくてな。これも苦肉の策だよ」
「なるほど。でも、道場の方は大丈夫なんですか?」
そんな問いに、笑みを浮かべた。
「あぁ、向こうは木刀しか置いていないから然程問題ではない。それに不定期だが、近くの子供達向けに剣の指導教室を開いていてね。ひとまずは、道場の存続理由にはなっているのだよ。まぁ、これも言い訳の部類なんだがな」
「そうだったんですか~」
私が納得していると、ふと大さんが振り向いた。
「そうだ! 近々その教室があるんだが、君達も手伝ってはくれないか?」
「え? 私達がです?」
「あぁ、君達なら十分に指導できる。実は、かなりの子供が集まるのでね、二人で個別に指導するには、圧倒的に数が足りないのだよ」
「はぁ……別に構いませんが……」
「うむ、頼んだぞ!」
そんな話をしているうちに、細い道は行き止まりになっていた。
大さんがまた壁をいじると、木が軋む音を立てて扉が開いた。
その向こうは何故か妙に明るく、暗い所に慣れた目には眩しく感じた。
おもわず手を翳しながら中を覗いてみると、私達は驚いた。
「おぉ……これは凄い」
部屋はかなり広く、様々な武具が綺麗に飾ってあった。
その様子は、まるでどこかの城にある美術館のようだ。
「これは雷陀亜書家に代々伝わる品々だ。どうだ、立派なもんだろう」
「えぇ、本当に凄いですね」
それ等を見渡してみると、鎧だけでも色や形が様々だ。
甲冑のような物があれば、日本の鎧みたいなのもある。
何か一貫性が無いが、これだけ揃うと圧巻としか言いようが無い。
「では、その辺りが空いているので適当に使ってくれ」
大さんの指差した方を見ると、右の方にスペースがあった。
私達は鎧や剣をそこに置く。
その時、ふと思った。
「あの、大さん。ちょっと宜しいですか?」
「ん? 何だ?」
不思議そうに聞いてきたので、私は続ける。
「この剣だけは帯刀しておきたいんですが、宜しいでしょうか?」
その問いに、大さんは不敵に笑みを浮かべた。
「うむ、なるほどな。その気持ちは良く解るぞ。まぁ、邪魔にならないのなら持っていて構わない」
「ありがとうございます」
私は大さんに深く礼をした。
とりあえず大きな荷物を置いて、皆でその部屋を後にする。
大さんは隠し扉を閉めながら言った。
「では、これから手伝いに行くのだろう?」
「はい、行かないと遥子達に怒られちゃいますので……」
頭を掻きながら言うと、大さんは優しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、君も大変だな。まぁ、後はリーの指示に従ってくれたまえ」
「はい、ありがとうございます」
私達が厩舎へと向かうと、遥子達が見えてきた。
何やら黄色のエプロン姿で頭に赤いカラフルなバンダナを巻いて、
3人で一生懸命にデカイフォークで干草を掻き分けている。
「おまたせ~」
私達が手を上げながら近づいて行くと、デカイフォークを草に突き刺しながら答えた。
「エプロンとバンダナを預かってるわ。あそこよ」
そう言って厩舎の隅にある棚を指差した。
「そうか、すぐに準備するよ」
私は棚の中に綺麗に畳まれたエプロンとバンダナを手にする。
どうやら物は同じようだ。
とりあえず一組づつ分けて、それを着てみた。
う~ん……何だか、私が一番似合っていないような気がするんだが……
まぁイイか。
「それで、何したらイイんだ?」
遥子に聞いてみると、目の前で山になっている干草をおもむろに指差した。
「これを全部、小分けにするんですって」
「なるほど……結構な量だな。それじゃ、やっちゃうか」
私もデカイフォークを手にして、干草を掻き分け始めた。
作業しながら遥子に聞いてみる。
「そう言えば、リーさんはどこに行ったんだ?」
「あぁ……なんかね、新しい干草を買いに行くとか言って馬車で行っちゃったわよ」
「そうか……」
目の前に山になっている干草を見るだけでも相当な作業量だと思うのだが、
後から、また増えるのかな~。
しばらく作業を続けていると、リーさんが馬車ごと厩舎に入ってきた。
なんだ? 馬が多いぞ? えっと……6頭?
幌は無いが、私達の倍以上あるのではないかと言うメチャ大きな馬車である。
その後ろには広い荷台から食み出すほどの、ロール状に巻かれた巨大な干草が
デンと積んである。
おいおい……アレどうやって積んだんだ?
それより、あんなの増えたらもう終わりが見えないぞ……
それを呆然と見ていると、リーさんは馬車を止めながら声を掛けてきた。
「お疲れ様です。すみませんがこの干草を倉庫に仕舞いますので、3人ほど手伝って頂けますか?」
倉庫行きか……とりあえず良かった。ってか3人で足りる?
とりあえず皆で顔を見合わせると、遥子が言った。
「やっぱ、そう言う時は剣組じゃないの?」
「剣組って、どんな名前だよ……」
私が笑みを浮かべて言うと、何かフテくされた様子で答えた。
「いや、他に思い浮かばなかったし……」
おいおい……
「まぁ、イイけど……それじゃ手伝ってくるよ」
私が軽く手を上げると、遥子は素直に頷いた。
リーさんの馬車と一緒に歩いて行くと、反対側の広い牧場地帯とは打って変わって
左右には前方が見通せないほど深く木々が生えている。
何か森の中を歩いているような錯覚に陥るが、これはこれで気持ちが良いものだ。
地面を少し慣らしただけの簡易的な道をしばらく歩いて行くと、
左側に大きな納屋が見えてきた。
その向こうからは、何か馬では無い生き物の声が聞こえてくる。
私はリーさんに聞いてみた。
「もしかして、他の動物も居るんですか?」
「えぇ、向こうに色々居ますよ。卵やミルクはもちろんですが、食用にもなりますからね。飼って置いて損はありません」
食用……ね……
ちょっと、想像したくないかも。
少なくとも、その作業だけは遠慮させてもらおう。
大きな納屋の前まで来ると、リーさんが言った。
「では、降ろす準備をしますのでちょっと待っててください」
それに頷くと、右へ手綱を引いて馬を旋回させる。
そして車庫入れのように上手に馬車を後退させて来た。
納屋の入り口に馬車の後部を突っ込む形で止めると、リーさんが運転台から立ち上がる。
「では、入れちゃいましょう。一緒に押してくれますか?」
「え? 動くんですか? コレ……」
私が巨大なロールを指差すと、リーさんは笑った。
「えぇ、ちょっと重いですけどね。大丈夫です!」
ちょっとって……
とりあえず皆で馬車に登って巨大なロールを押してみるが、ピクリともしない。
やっぱ、メッチャ重い気がするんですが……
その様子を見て、リーさんが言った。
「さすがに、それじゃ動きません。動かすには、少しコツがあるんですよ。切欠を掴む為に、皆で一斉に押します。私が声を掛けたら一気に力を掛けて押してください、それを何度か繰り返します」
なるほど、少しづつ勢いを付ける訳か。
「わかりました、お願いします」
私達がロールに両手を付けて構えるとリーさんが声を上げる。
「せ~の!」
それに合わせて一気に押すと、ジリっとロールが動いた。
力を抜くと同じ位置にロールが戻ってくる。
「せ~の!」
更に力を加えると、もう少し多く動いた。
それを数度繰り返すうちに、ロールは相当の幅で前後している。
それに合わせて馬車の木材が軋む音が徐々に大きくなっていく。
「次で動きます! 長く力を込めてください! せ~の!」
リーさんの声に合わせて一気に力を込めると、ググッとロールが動き始めた。
「このまま一気に行っちゃいましょう!」
そのまま継続して力を込めていると、ロールは徐々に加速を始めて
やがて馬車から落下するように落ちた。
「よし! 行った~!」
巨大なロールは、そのまま地響きを立ててバウンドしながら納屋の奥まで転がって行った。
ある意味、凄い迫力である。
リーさんは少し馬車を進めると、納屋の扉を閉めてしまった。
ん? そのまま仕舞うだけ?
不思議に思ったので聞いてみる。
「今のは、あれで終わりですか?」
その問いに振り向きながら答えた。
「えぇ。本当は、あのままでも十分に食べられる状態の筈なんですけどね。いつも買って来てから、こうしてしばらく放置するんですよ。そうすると少し発酵が進んで熟成されたように臭いが強くなるんですが、動物はその方が好きなんですかね~? 不思議と食い付きが良いんですよ」
「へぇ、そうなんですか~」
リーさんの話に妙に納得してしまった。