第二百七十三節 稽古開始ですね~……
そして、第一回目の稽古が開始された……
「違う! そうじゃない!」
大さんの低音で迫力のあるボイスが響く。
「こう構えて、こう!」
その動きを参考に、私はまた剣を振る。
「こう構えて、こう! ですか?」
「うむ、そうだ!」
そうして、大さんの激しい特訓はひたすらに続いていった。
大さんは私に形を練習するように告げると、安と伊代の方へ行く。
そして安にも形を教えたと思うと、すぐに伊代の指導を始めている。
どうやら、それぞれ違うメニューでの練習みたいだ。
確かに、私達の使う剣はバラバラだ。
同じ練習で良い訳が無い。
だが実際は、全ての人を綺麗に並べて同じスタイルで剣を振らせる指導者があまりに多い。
いや、むしろそれが当たり前と思っている人がどれだけ居る事か。
形にハメルとは良く言うが、実際は決められた形に完全にハマル人は
限りなく少ないものだ。
剣術は、皆で揃って踊るダンスではない。
若干の癖やズレがあっても、それを確実に見極め尚且つ許容しながら人に合わせて
最適に修正できる確かな目を指導者が持っていなければ個人の才能など伸びるはずが無い。
それに比べて大さんは、私達の違いをシッカリ見極めて練習方法を決めていると言う事だ。
この辺りは、さすがとしか言いようが無い。
しばらくすると、リーさんが大さんに言った。
「それでは、こちらはお任せします。お嬢さん達に手伝って貰う事を覚えて頂こうかと思いまして」
「うむ、そうか。わかった。こちらは任せてくれ」
大さんの言葉に頷いて、リーさんは遥子達に声を掛ける。
「では、着替えてきますので少々お待ち下さい」
やがて戻ってきたリーさんと、遥子達は厩舎へ行くようだ。
私は剣を振りながら声を掛けた。
「私達も後で行くよ」
「うん、それまでに色々教えてもらっておくわ」
そう言うと軽く手を上げて厩舎の方へ歩いて行った。
私が素振りを続けていると、ふと大さんが聞いてきた。
「安君に剣術を教えたのは、君だと聞いたが?」
突然に聞かれたので驚いたが、私は素振りを続けながら答えた。
「いえ、教えたのはヒントだけですよ。基本的には、小太刀二刀流を軽く教えただけです。それからは独自にオリジナルの動きも取り入れているようですので、今では全くの別物ですよ」
私の言葉に、数度頷きながら安に視線を向けた。
「そうか……だが、その方向性は間違っていなかったようだな。小太刀の長さは、彼の才能を見事に引き出している。まだ短時間だが、すでに成長が見えてきているよ」
それは、良かった。
全てが覚え直しでは、本人としてもたまった物ではない。
私が笑みを浮かべて頷くと、大さんは伊代に視線を送って続けた。
「安君の才能も凄いが、伊代君は本当に素晴らしい剣士だな。元々の素質も目を見張る物があるが、それ以上に相当な鍛錬を積んでいるようだ。その辺りの剣士では、とても相手にならないだろうな」
「えぇ、一度手合わせした事がありますが凄い腕でした。安心して背中を預けられます」
私が続けるように答えると、大さんは笑みを浮かべて頷いた。
「うむ、そうだろうな。私としても、とても教え甲斐があるよ」