第二百六十九節 手合わせですね~……
私達は遥か彼方で、ほぼドリフト状態で突き進む馬車を只見つめている。
「あんなに速かったんだ~……」
私が呟くと、遥子も同じように呟く。
「みたいね……あれ、本当に馬なの?」
「多分……な……」
やがて馬車が戻ってくると、リーさんのテンションが半端じゃない。
「イィ~ヤッハ~! 最高ですよ~! あ~っはははは!」
さては、壊れたか?
ほぼスピンターン状態で馬車を止めると、激しい砂埃が辺りに舞い踊る。
やがて、二人が静かに降りてきた。
そしてリーさんが、私を見て優しい笑みを浮かべた。
「いや、本当に素晴らしいですね。良くぞ、ここまで育ててくれました」
あら……素に戻ってるし。
「これまで貴方が十分に制御してくれた事で、足に無理を掛ける事無く最高の状態に仕上がっています。これならば、レースで優勝を狙えるレベルと言っても過言では無いでしょう」
優勝って言われても……
どうリアクションして良いか困っていると、大さんが続けた。
「うむ、これは本当に素晴らしい。これだけの力があるなら……」
しばらくの間を置いて、大さんは私を見た。
「すまないが、しばらく君の馬を貸してはくれないだろうか?」
ん?
「それは、どう言う事です?」
おもわず首を傾げると、大さんは一度頷いて話を続けた。
「以前に話したと思うが、今年のレースは来週に開催される。出場は4頭まで許されているのだが、今年はサイクロン号に着いて来られる実力を持った馬が居ないのだよ。実力に差があれば、当然低い力に合わせなければ真っ直ぐに走る事さえ難しい。しかし君が育てた馬達とサイクロン号が組めば、例え3頭であっても十分に実力を発揮できるだろう。どうか、お願い出来ないだろうか?」
何やら凄い話になってるが、まぁ問題は無いだろう。
では、これに便乗して私も聞いてみるか。
「それに関しては、大さんのお好きなようにして頂いて構いません。そして、それに伴って私も一つお聞きしたい事があるのですが宜しいですか?」
その問いに、腕を組んで真剣な表情を向けてくる。
「うむ、何かな?」
私は、大さんに向き直って話を続けた。
「実は、ライダー流と呼ばれる剣術があると聞いて来ました。魔王を倒すには、その剣術の習得が必須との事です。お願いします、私達に剣術を教えてください!」
私が力を込めて訴えると、大さんはふと笑みを浮かべた。
「うむ……ようやく、そこまで掴んできたか!」
何やら、妙に嬉しそうだ。
「だが、1つ間違っている。我々の剣は、雷陀亜流剣術だ」
ん? 何が違うのだろうか?
良く解らないが、ずっと気になっていた事を続けて聞いてみる。
「ところで何故あの時に、この事を教えてくれなかったんですか?」
その問いに、大さんは不敵な笑みを浮かべて静かに話し始めた。
「全ての理にはね~、最良の時って奴があるんだよね~。今こそ機は熟したと言う事なんだね~。いや~はっはっは」
なるほど……
ふと、大さんの表情から笑顔が消える。
「だが、その前に君達の腕前を見たい。まずは、彼と手合わせをしてもらえるかな?」
リーさんに手を差し向けている。
私は少し考えてから答えた。
「あの……私達は、実践の中で剣を学んでいます。多分、全く手加減が出来ないと思うんですが……」
伺いを立てるように言ってみると、大さんは深く頷いた。
「うむ、それならば心配ない。彼は雷陀亜流、免許皆伝の腕前だ。どうか、安心して打ち込んでくれたまえ」
私は疑問を覚えながらも、素直に答える。
「はぁ……それならば構いませんが……」
本当に大丈夫だろうか?
「では、頼んだぞ」
大さんが視線を横に向けると、リーさんは静かに頷いた。
リーさんの準備が整った所で私と安と伊代で並ぶと、静かにリーさんが私達の前に立つ。
こうして、剣を携えているのを見るのは初めてだ。
ここから見る限り、私の剣に似た日本刀に近いタイプのように見える。
はたして雷陀亜流とは、どんな剣術なのだろうか?
本来はこちらから手を出すのはご法度とも思えるが、相手の手の内を見るには
私達から仕掛けるしか無いだろう。
「まずは、いつもの戦法で様子を見る。だが、深追いはするなよ」
安と伊代が頷くのを確認して、私はリーさんに向かって大きく声を上げた。
「では、行きます!」
それにリーさんは、余裕の笑みを浮かべて頷いた。
まずは安を先頭に、皆でリーさんへ向かって行く。
先頭で構えに入った安の剣がリーさんへ襲い掛かると同時に、
信じられない光景が展開した。
リーさんは、意味が解らないほどの跳躍力で後ろへと飛び跳ねてしまったのだ。
安はそれを追って、更に加速する。
私達も、必死にその姿を追った。
またリーさんが後ろへ跳ねると、今度は急激に間を詰めてきた。
それに驚いた安が、瞬時に臨戦態勢に入る。
防御姿勢を取った安に一撃を与えると、リーさんはまた後ろへと飛び跳ねた。
これでは、埒が開かないぞ……
そう思ったのは私だけではなく、安もその場で立ち止まっている。
さて、どうする……
そう思ったのも束の間、今度はリーさんが攻撃を仕掛けてきた。
とにかく、リーさんのステップが凄い。
勢い良く後ろへ跳ねたかと思うと、驚くほどの勢いで間を詰めてくる。
だが、それだけではない。
鮮やか過ぎる剣裁きに、安と伊代はアッサリと押し返されている。
その隙を突いて私も全力で打ち込むが、何とか渡り合うだけで精一杯だ。
これでは、マトモにはやっていては勝てないな……
私が剣を弾いて大きく距離をとると、リーさんは不敵な笑みを浮かべている。
何か悔しいが、それだけの実力者である事は確かだ。
安と伊代に目配せをすると、二人は私のすぐ側に来た。
息を切らせながらも、呟くように安が言う。
「これじゃ勝てやせんぜ……」
それに伊代が続く。
「勇太さん……どうしますか?」
指示を仰ぐ二人に、私は頷いてから答えた。
「まずは、大トカゲの戦法で行こう。後は任せてくれ」
二人が頷くと同時に飛び込んできたリーさんに、安が飛び掛かるように回転連撃を放った。
それに驚いたリーさんが防御を固めると、安はスッと横へ逃げる。
その後ろには、伊代が放った稲妻が待ち構えていた。
意表を付かれた攻撃に驚いたリーさんは、鬼のようなステップで後ろへと飛び跳ねるが
焦りのせいか速度がかなり落ちている。
いける……
私は伊代を踏み台にして、リーさんへ向かって思い切り飛んだ。
その華麗なステップが地面に付く前に、私の横薙ぎが襲い掛かる。
さすがのリーさんも空中で受けたその一撃で完全にバランスを崩したが、
今にもしりもちを付きそうな体勢になりながらもまだ後ろへと回避を続けている。
だが、届く!
私は右手を返すように刃を上に向けて肩の辺りに剣を構え、
リーさんに向けた剣先の峰に左手の親指を添える。
全力の突きを放つ準備を整えて、私の足が地を捉えた瞬間に
リーさん目掛けて全速力で走った。
「もらった~!」
その渾身の突きを放とうとした瞬間、リーさんは私に手の平を向けて叫んだ。
「ちょっと待って! まっ! 参った!」
だが私は、この場で止まる事など到底出来そうにない。
回避しきれず、しりもちを突いて目を丸くしているリーさんを思い切り飛び越えて
スライドするように走って来た勢いを止めた……はずだった……
気が付けば、私の身体が止まっていない。
何故か、今にもリーさんに止めを刺そうとしている私が居た。
やばい……
その時、制御の効かなくなった私の右腕は何か物凄い力に掴まれて停止した。
「もういい! もういいんだ!」
それは、大さんの声だった。
私は大きく息を吐きながら、その場に崩れるように膝を付く。
危なかった……
もう少しで、リーさんを突き刺してしまう所だった。
余裕が無かったとは言え、なんと言う事を……
激しい後悔の念に囚われていると、大さんが正面から私の両肩を掴んだ。
「すまなかった……私は、君達の実力を見誤っていたようだ。実戦とは凄いものだな……気迫に押されるとは、まさにこの事だ。彼が、こうもアッサリとやられるとは思っていなかったよ。君は悪くない、この責任は私にある」
「いや……もう少しで私は」
私が言いかけた所で、大さんが手の平を向けて制止した。
「それは、条件反射だ。生き抜こうとする魂の叫びがそうさせている。真剣勝負では良く見られる事だよ。だが君は、今こうして己を冷静に見つめている。それこそが、正義の心。そして命を掛けた武人の剣を、この目でシッカリと見せて貰ったよ。これこそ、武士道! 君達こそ、雷陀亜流に相応しい本物の勇者だ! どうか、私が知る全てを伝えさせてくれ!」
大さんの真剣な眼差しに答えるように、私は静かに頷いた。