第二百六十三節 限定メニューね~……
荷物を馬車に積んでから店の前に戻ると、間もなく綿理間将も戻ってきた。
「あっ! もしかして待った?」
「いえ、私達も今来た所です」
そう答えると、安心したような笑みを浮かべる。
「そうなんだ、それは良かった。じゃ、入ろうか」
私達は、素直に頷いた。
テラテラマッチョに案内されて大きめなテーブル席に着くと、
真っ白いテーブルクロスの上に置かれた紙の文字が目に飛び込んできた。
そこには『地獄の業火焼き』とデカデカ書かれている。
きっと、これが限定メニューなのだろう。
しかし凄い名前だな……いったい、どんな料理なんだ?
画像でもあれば解りやすいのだが、字だけなのでイマイチイメージが伝わってこない。
とりあえず、その下に書かれた文を読んでみた。
『肉です! 焼きます! 食べます! 地獄の業火を、貴方に!』
おいっ! 全然、説明になって無いんですけど! むしろ不吉だし!
テラテラマッチョが、メモとペンを手に聞いてくる。
「ご注文は、いかがなさいますか?」
それに綿理間将が、置かれた紙を指差して答えた。
「この限定メニューをお願いします」
「かしこまりました」
深く頭を下げてから、テラテラマッチョはその場を去る。
試しに聞いてみた。
「他の物は、頼まなくて良かったんです?」
「うん。ここには書いてないみたいだけど、なんか話によると一式付いてるらしいんだよね。まぁ、足りなかったら追加すればイイしね」
「なるほど……」
しばらくするとテラテラマッチョが列を成してやってきて、
飲み物や前菜が次々と置かれていく。
やがて、二人掛かりで石の箱のようなものを持ってきた。
それがテーブルの真ん中にドンと置かれる。
少し中腰で中を覗いてみると、真っ赤な炭火の上に網が乗せてあるようだ。
そして、生肉が乗せられた大皿がいくつか置かれた。
その様子に、私と遥子はお互いに笑みを浮かべて苦笑する。
これは、どう見ても只の焼肉だよな……
肉を見てみるとどうやら下味が付けてあるらしく、小皿に別のタレがある所からして
もはや疑いようの無い超スタンダードな焼肉スタイルである。
全ての準備が整うと、テラテラマッチョが言った。
「それでは、お好きな様にお召し上がりください」
そう告げると、そのまま去って行ってしまう。
いやいや、ちょっと待て! 好きな様には無いだろ! レクチャー無しかよ……
その言葉に、皆はかなり戸惑っている。
きっと何をして良いのか解らないのだろう。
ふと横を見ると、綿理間将が生肉をそのまま食べようとしていた。
「ちょっと待った~!」
私と遥子が同時に立ち上がって、口に入れる寸前でそれを制止した。
ある意味、恐ろしい店だな……
「あたし、やろうか?」と遥子が言って来たが、炭火に手を翳してみると
かなり熱が強いのでちょっと遥子には辛いだろう。
「いや、かなり熱いみたいだから私がやるよ」
それに頷いて、遥子は席に座り直した。
とりあえずその場を私が仕切るが、困った事に箸も無ければトングも無い。
これで、どうしろと……
仕方が無いのでフォークとスプーンをトングのように使って肉を網に置くが、
何しろ短いのでたまらなく熱い。
はっきり言って、火傷しそうだ。
だが中心はあまりに火が強いので、使い物にならないのは確か。
少し置いておくだけでも、肉が真っ黒になってしまうだろう。
とりあえず手を翳しながら火の弱そうな所を狙って、肉を置いて行った。
ある程度火が通った所で肉を返してみる。
うん……これなら大丈夫そうだ。
食べられる状態になった所で、皆の皿に肉を乗せていく。
「熱いから気をつけるんだぞ」
私の言葉に頷いて、皆はハフハフ言いながら食べ始めた。
「うん! 美味い!」
綿理間将が叫ぶように言うと、皆も驚きながら言った。
「美味いでやす!」
「本当に、おいしい~!」
「うん、これは凄いな……」
私も、焼いている隙を伺って食べてみる。
なるほど……まぁ、下味に何か足りない気がするが十分焼肉にはなってるな。
遥子を見ると、やはり納得は行ってない表情だがひとまずは頷いていた。
皿の肉が無くなると、タイミング良くテラテラマッチョが追加を持ってくる。
「あれ? これって、食べ放題なんです?」
それにマッチョは笑みを浮かべて答えた。
「えぇ、今日は特別にご奉仕させて頂いております。ドンドン食べてください」
「そうなんですか、ありがとうございます」
テラテラマッチョが去るのを確認して、皆に言った。
「よし! ガンガンペースを上げるぞ! しっかり付いてくるんだぞ!」
それに皆は、満面の笑みを浮かべて頷いた。
そして、二時間後……
もしや胃袋がブラックホールになっているのではないかと思わせる恐るべき皆の勢いも、
ようやく落ちてきた。
ペースを上げてからはひたすら焼きっぱなしだったので、隙を見て私も肉を頬張る。
その時、マッチョが追加を持ってきたので声を掛けた。
「これで最後になると思いますので、追加の方はこれで結構です」
「あっ、これはご丁寧にありがとうございます」
そう言ってマッチョは深く頭を下げた。
炭火も最初に比べるとだいぶ弱くなってきているが、まだまだ中心部は
十分な火力を保っている。どうやら、相当に良い炭を使っているようだ。
そこにコダワルなら、もう少し違う所にも気を使って欲しいと心底思ってしまった。
やがて皿の肉がなくなる頃、皆は満面の笑みを浮かべて腹を抱えている。
「こんなに肉を食べたのは初めてだよ~。美味しかった~」
綿理間将の言葉に続けるように、安が言った。
「本当でやす、大満足でやす~」
そんな様子を見ながら、私と遥子は微妙な笑みを浮かべてしまう。
この手の食べ方に慣れている私達としては別にコレと言った感動は無いのだが、
綿理間将と他の皆にしてみれば相当に珍しい食事方法らしくとてもご満悦の様子だ。
まぁ、普通に美味かったから良しとしよう。
最後に出てきたお茶のような飲み物を皆で頂きながら、穏やかに時が過ぎて行く。
時間に追われない食べ放題は、本当に良い物だ。
以前に友人と行った食べ放題は、可能な限りガンガン口に放り込んで
最後は皆して時計と睨めっこ状態だったからな~。
とても食事をしている雰囲気で無かったのは間違いない。
まぁコレと言った話はしないのだが、食後の静かな一時は本当に大切だと思う。
外国の人が食事に長い時間を掛ける理由が、何となく理解出来たような気がした。
ちなみに他の貴族達はどうやって食べているのだろうと帰りがけに覗いてみたのだが、
それはもう見るに耐えない酷い物だった。
生肉に食らい付く者や、僅かに火に翳しただけで食べてしまう者。
シッカリ焼いていると思えば真っ黒になってもひたすらに肉を見つめている者など、
どうにもならないほど食べ方を理解していないようだった。
そもそも誰だよ、これやろうと思ったのは!
この調子だと調理している方も、全く危険度を理解していないに違いない。
下手すると、死人が出るぞ……
だがこの場で何か言っても貴族連中の事だ、どうせ聞く耳など持ちはしないだろう。
とにかく明日まではこのメニューを出すらしいので、誰も死なない事を祈るしかなかった。