第二百二十九節 潜入ね~……その2
やがて自然消滅するように大宴会がお開きになったので、
私達は船に戻って眠る事にした。
採光さんが見当たらないので寝室へ行ってみると、見事に熟睡していた。
加瀬朗さんは倒れるようにベッドに飛び込むと、ほんの数秒でイビキをかき始めた。
慌てて採光さんの様子を見るが、起きてはいないらしい。
今ので起きないってのは凄いな。よほど眠かったのだろう。
ここで下手に起して、また眠れなくなったら大変なので
そのままにして皆で就寝の準備をする。
「それじゃ、おやすみ~」
遥子達が奥へ行くのを見届けて、私達もベッドに入った。
そして次の朝……
鬼のように酒をあおっていた加瀬朗さんが一番心配だったが、
何事も無かったかのように復活している。
「おう! そろそろ準備始めっか~!」
「りょうかい~!」
採光さんもすっかり元気を取り戻しているので、一安心だ。
それにしても、加瀬朗さんは元気だな~……
やはり、山男のようなゴツイ容姿は伊達ではないようだ。
私も甲板に出て準備を手伝っていると、亜牙朗が来た。
「お、そろそろ行くんだな? 気をつけろよな」
「あぁ、ありがとう」
軽く手を上げて挨拶すると、深く頷いて戻って行った。
やがて船は出発して、沖へと出て行く。
さて、私も準備するか……
キャビンに戻って、テーブルの上で望遠鏡の木箱を開ける。
ひとまず船の揺れがあるから、最大倍率は厳しいだろうな~。
とりあえず、中間辺りで見てみるか。
望遠鏡に接眼レンズをセットしていると、遥子が覗き込んできた。
「ねぇ、それ何?」
「あぁ、亜牙朗に貰った望遠鏡だよ。これは良く出来てるぞ」
遥子に手渡すと、それを手にした瞬間に驚いた。
「わっ! おもっ! なんか凄いわね」
そう言いながら望遠鏡を覗くと、不思議そうな表情を浮かべた。
「何も見えないわよ?」
「そりゃそうさ。虫眼鏡じゃないんだから、さすがにそんな近くは見えないよ。試しに外へ向けて覗いてみたらどうだ?」
キャビンの入り口から見えている島に向けると、また驚いた。
「わっ! 凄い大きく見える! でも、なんか激しく酔いそう……」
嫌そうな顔で渡してきたので、私も覗き込んで見る。
「そうだな、手ブレと船の揺れがあるから慣れていないと酔うかもしれないな」
遥子に答えながらピントを調整する。
ざっとみて、大体20~30倍って所か?
まぁ、そうは言っても手持ちで見るにはかなり辛い事は確かだ。
これだけの倍率で見えればひとまずは十分だろう。
あとは、どこまで近くまで行けるかだな。
やがてニュービンボーデス島が見えてくると、採光さんが竿を出してきて
仕掛けも付けずに何本も立て掛けた。
「これだけ立てておけば、相手にも竿が見えるでしょう。あまり接近しなければ、大丈夫だと思います」
そう私に言ってから、キャビンの奥に声を掛ける。
「なぁ、昏衣斗! 適当に、飲み物と食い物を持って来ておいてくれ!」
「あいよ!」
そして、採光さんは組み立て式のテーブルを甲板に出してきた。
なるほど、確かにレジャーに見せておけば変に勘繰られないだろう。
「良くやるんですか?」
そんな問いに、採光さんはふと笑みを浮かべた。
「いや、たまにですよ。でも、様子を伺うにはこれが一番です」
私は素直に納得して頷いた。
かなり近づいてきた所で、加瀬朗さんが大きな声を上げた。
「そろそろ止めるぞ! 兄ちゃん、どうだ?」
試しに望遠鏡を覗いてみると、なかなかイイ感じでドッグの中が見える。
「はい、この辺りで良く見えます!」
「おっし! 採光! 碇を下ろしてくれ!」
皆で甲板に集まって、なぜか乾杯をする。
「おっ! これ美味いじゃねぇか!」
「こっちも美味しいわよ! 昏衣斗さん凄いわね」
「でしょ~!」
どうやら、皆して本気で楽しんでいるようだ。
私はその間に、マストに隠れるように張り付く。
そして望遠鏡を、そのマストにピッタリ横付けして覗き込んだ。
きっと向こうからも誰かが見ているはずだ。
こうしていれば目立たない上に、手ブレも押さえられる。
さて、まずは監視を探すか……
ドッグの上の方に合わせてユックリ動かしながら見て行くと、
小さな窓のような物が見えた。
そこを良く見ると、望遠鏡が飛び出すように設置してある。
そして、その先は確かにこちらへ向いている。
やはり監視されているな。
だが相手はひたすらに見続けている訳ではなく、時折他の誰かと話しているようだ。
ならば、さほど警戒はされていないという事だな。
そのままドッグの方に下げて行くと、かなり立派な船が何隻もドッグ内に入っている。
その周りにもかなり泊まっているな~。
ざっと数えて15隻か……かなり厄介な相手だ。
ん? あれは何だ?
ドッグの奥の方に、黒い帆の付いた毛色の違う船が2隻ある。
あれって、どう見ても海賊船仕様だよな……
おや? 船の間に誰かいる……
何やら、妙に偉そうな服を着てるよな~。
だが、この倍率では細かい判別はキツイか。
ならば仕方が無い。
私はキャビンに戻って、接眼レンズを取り替えた。
そしてマストの影に戻ると、遥子が声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「あぁ……ドッグの奥に誰か居るんだが、もっと良く見たくてね。ちょっと難しいが、最大倍率で見てみようと思う」
そう答えながら、慎重に覗き込んでみる。
うっ……これは、本当にキツイな……
手が少しブレる度に、レンズの中の目標物がヒュンヒュン飛び交っている。
この見え方なら、きっと50倍以上あるな。
もはや手持ちの限界は遥かに超えているが、この倍率ならば顔までバッチリ見えるはず。
しかし船の揺れだけでも相当に上下に揺れて、メッチャ見難い。
はっきり言って酔いそうだ……
だが、この動きに自分から合わせてみたらどうだ?
試しに船の揺れに合わせて望遠鏡を若干上下してみると、かなり像が安定してきた。
これなら何とかなりそうだ。
そして、船の間にピントを合わせて覗きこんでみる。
ん? あれは……
「へぇ~……なるほどね~。そう来たか……」
私が静かに呟くと、遥子は何か気付いたようだ。
「え? それってさ、もしかして?」
「あぁ……その、もしかしてだ」
私は、これまでの事を脳内に巡らせてから深く頷いた。
そう言う事だったのね~……
これで全ては、一本の線に繋がった。
もはや、わざわざあそこに潜入する必要など無い。
私は遥子に視線を向けて笑みを浮かべた。
「今回は、派手に行くぞ」
遥子も不敵な笑みを浮かべて静かに頷いた。