第二百十五節 彼女からの視線 遥子の場合、その7
「あっ、戻ってきましたよ~」
甲板に出ていた蓮が声を上げたので、皆でキャビンを出てみる。
「ん? 誰だ? アレ……」
採光さんが注意深く見ているので通りを見てみると、
向こうから昏衣斗さんと安と伊代が歩いて来ているのが見えたわ。
ん? アレは誰?
金髪のショートの子供が後ろから付いてくる。
どう見ても、あれは勇太じゃ無いわよね……
いったい、どうなってるの?
不思議に思いながら見ていると、船に上がってきた昏衣斗さんが
採光さんを見つめて申し訳なさそうに言った。
「兄貴、すまねぇ……ちょっと、厄介事だ」
それに採光さんは、呆れたように眉を上げている。
あたしは、ふとその子を見る。
それにしても、本当に小さい子ね……
幼稚園生くらいかしら?
金髪のせいか、男の子なのか女の子なのか良く判らないわね……
そんな事を考えていると、昏衣斗さんが船を見渡して大きな声を上げた。
「加瀬朗さん、居ますか~?」
「おうっ! ここだ! どうした?」
キャビンの反対の方に居たみたい。
皆でそっちへ行くと、加瀬朗さんは全身を使って体重を乗せながら
太いロープを巻きつけていた。
昏衣斗さんが、また声を上げた。
「あの! すみません! 一人増えちゃいました~!」
その言葉で、ふと加瀬朗さんの動きが止まる。
「あぁ? どう言うこった?」
そう言いながら、あたし達の方を見ると同時に驚きの声を上げた。
「おぉ? 何だ? その子供は~?!」
目を丸くしてその子を見ている加瀬朗さんに、昏衣斗さんは口ごもりながら言った。
「それが、その~……」
困ったように頭を掻いていると、加瀬朗さんはふと笑みを浮かべた。
「な~んか、事情がありそうだな……まぁ、中でユックリ話そうや!」
そう言いながらキャビンを指差したので、皆で中に入って行った。
テーブルを囲んで椅子に座ると、加瀬朗さんはニヤニヤしながら言った。
「で? まさか、さらって来た訳じゃねぇよな?」
「いやいや! そうじゃないんです!」
やたらに慌てる昏衣斗さんに、あたし達は笑ってしまった。
でも話を聞いていくと、笑えなくなってきたわ。
どうやら安が、勝手にかくまっちゃったみたい……
訳ありの子供って、場合によっては相当に厄介よね。
とりあえず、安に聞いてみた。
「で? その子を、どうするつもりなのかしら?」
「それが、全く決まってやせん……」
それじゃダメじゃない……
あたしは、大きく溜め息をついてまた聞いてみたわ。
「それで勇太は、この事を知ってるの?」
「いや……知らないでやす」
もっとダメじゃない!
でも、その子が追われていたってのは確かなのよね。
まぁ、助けちゃう気持ちは解らなくも無いけど……
とにかく、これは勇太も交えて話さないとダメよね。
もう一度、聞いてみたわ。
「で、勇太は?」
「これから追いかけるでやす」
「はぁ? 一人でどっか行っちゃったの?」
あたしの問いに、安は首を振って答えた。
「いや旦那は王をかくまってるって噂の、何とかエンジンって所に調べに行ってるでやす」
何それ……どっかの車屋さん?
「それじゃ、すぐに行かないとダメじゃないの?」
「いや、でも……」
安は、その子を心配そうに見ている。
あぁ、もう! じれったい!
「連れて来ちゃったもんは、しょうがないでしょ! 後は何とかするわよ! あんた達は、とっとと行きなさい!」
「がってんでやす~」
あたしがテーブルを叩くと、安と伊代は慌てるようにキャビンを出て行った。
まったく、もう……
皆、勝手なんだから!
あたしは、ふと加瀬朗さんを見た。
「あの……勝手に連れて来ちゃったみたいで、ごめんなさい」
深く頭を下げると、加瀬朗さんは慌てたように答えた。
「なんだよ! 姉ちゃんヤメテくれや! 昏衣斗も納得して連れて来たんだろうからよ」
あたしが遠慮気味に頭を上げると、昏衣斗さんが続ける。
「もう、こうなったら乗りかかった船です! 大丈夫ですよ!」
「おい! おめぇが言うなよ! そりゃ、俺の台詞だろうが!」
「あ……すみません」
そんな二人の会話に笑みを浮かべると、加瀬朗さんがふと笑みを浮かべてあたしを見た。
「まぁ、なんだ。追われている子供を助けるなんざ、なかなか粋じゃねぇか。その手の話は嫌いじゃないぜ~」
優しい笑顔で親指を立てている加瀬朗さんに言った。
「ありがとうございます」