第二百十節 着きましたね~……その2
埠頭の右の方へ進んで行くと、商船よりサイズが小さい船が並んでいるのが見える。
きっと、あそこに行くのだろう。
巧みな操作で船の隙間を縫うようにすり抜けながら減速を始める。
そして丁度一隻分の隙間へと入って行った。
採光さんと昏衣斗さんが渡し板をかけると、すばやくロープを岸壁に固定した。
「おう! 採光! ちょっと行って来てくれ!」
加瀬朗さんの言葉に頷いて、採光さんは走って行く。
どこに行ったのかと不思議に思っていると、昏衣斗さんが言った。
「今、停泊許可を取りに行きました。もう少ししたら軽く物資を調達に行くので、大雑把にご案内いたします。少し、ご一緒しましょう」
「ありがとうございます、助かります」
私が頭を下げると、昏衣斗さんは慌てて首を振る。
「いえいえ、ついでですから大丈夫ですよ。えっと……聞き込みでしたっけ? ちょっと興味があるんです」
その答えに、つい笑ってしまう。
「では、お願いします」
「はい、頑張りましょう!」
私達はお互いに、笑みを浮かべて頷きあった。
ひとまず聞き込みに行くならば、身軽な方が良い。
まず鎧は必要ないだろう。
変に怪しまれては、聞ける話も引き出せなくなる。
私は、安と伊代に声を掛ける。
「とりあえず、剣だけあれば良いと思う。鎧は置いて行った方が無難だな。あっ、そうそう。念の為に、訳避け自動は持って行こう」
それに二人は、素直に頷いた。
私達が支度を終えて甲板に立っていると、採光さんが戻って来た。
手に紙を持っているのが見える。あれが停泊許可かな?
採光さんは妙に難しそうな表情で甲板に上がって来たので、聞いてみた。
「何かありましたか?」
すると、深く頷いてからそれに答えた。
「えぇ……ひとまず許可が取れましたが、なんか変な感じですよ。何を警戒しているのか知りませんが、妙にピリピリしています。少し、気をつけた方が良いかもしれません」
私は、それに素直に頷いた。
しばらくすると、昏衣斗さんが支度を終えたようでキャビンから出てきた。
「お待たせしました、イイですよ」
ふと安と伊代に視線を移す。
「では、行くとするか」
船を下りて埠頭を歩いて行くと、ヤシのような高い木が
数多く生えているのが見えてきた。
まぁ木の種類は他にもあるようだが、砂と緑の調和はまさに南国のイメージだ。
埠頭はかなり人工的なので南の島へ来たと言うイメージが無かったが、
あのヤシのような木を見るとようやく実感できる。
実際に、気温もそれなりに高いようだ。
かなり薄着で来たのだが、直射日光を浴びていると少し汗ばんでくる。
だが湿気が無いようで、日陰に居ればそれなりに涼しいのは助かる。
道は、どれもかなり直線的だ。
時折、意識して作ったような曲がった道があるが、それ以外は前方が良く見渡せる。
だが、いくら歩いても景色が変らないので長い距離を歩くのは意外に辛そうだ。
昏衣斗さんに付いて大きな通りを歩いて行くと、
まばらに建っていた家が徐々に多くなってきた。
その家の形は様々で、木造もあればレンガ造りもある。
屋根の色も白やオレンジなど好き勝手に塗られているようで、
全体のバランスとしては微妙だが見ていて飽きない。
しばらく直線道路を歩いて行くと、家が多く立ち並んでいる方へと曲がった。
だいぶ人も多くなってきて、街らしい雰囲気が出来てた。
ん? あれは何だ?
そこには、街の人々とは明らかに違う雰囲気を醸し出している一団が居た。
何やらシミターのような丸み帯びた剣を携えて
紺に金縁が付いた軍服のようなものを着た人達だ。
それを横目に、昏衣斗さんが小声で呟いた。
「あれは海軍ですね……あんまり関わりにならない方がイイですよ」
確かに、その通りだ。
下手に関わると、相当に厄介だろう。
私も静かに頷いて、何事も無かったように通り過ぎようとする。
だが向こうは見逃してくれそうにないようだ。
数人が、私達に近づいてきた。
少し振り向いて、安に目配せする。
やがて海軍の連中は、私達の前に立ち塞がった。
「おい、ちょっと待て! お前等、見ねぇ顔だな! いったい何者だ!」
昏衣斗さんが素直に答えようとしたので、肩を押さえる。
そして私は、昏衣斗さんに並んで両手を半端に上げた。
「ナンデスカ~? ミナミノシマサイコウデシネ~? シゼンニメグマレマ~ス」
それに昏衣斗さんは一瞬、は? と驚いた表情で私を見た。
しかし、それに構うことなく安が続ける。
「フジ~ヤマ~スシ~サイコウネ~」
それに奴等は、ホッとしたような表情を浮かべた。
「なんだよ! 観光客かよ! 脅かすんじゃねぇよ! 見て回るのは構わなねぇが、問題だけは起すんじゃねぇぞ?」
そう告げると、奴等は埠頭の方へと歩いて行った。
そのまま私達も歩いて行くと、昏衣斗さんが不思議そうに聞いてきた。
「あの……さっきのは何の技ですか?」
「いえ、技ではありませんよ。以前オニャン公国に行った時、騎士達から観光客の特徴を聞きましてね。それを真似しただけです」
それに昏衣斗さんは、妙に感心していた。
やがて、ずいぶんと賑やかな場所に辿り着いた。
けっこう広い道の両側には色々な店が並んでいて、人の往来も多い。
だが店は密集している訳では無く、かなり歯抜けな感じでどこかノドカだ。
きっと、ここが商店街なのだろう。
人の流れに合わせて進んで行くと、ふと昏衣斗さんが立ち止まる。
横に視線を移すと野菜や果物が並んでいる。
しかし、果実の方が圧倒的に多いので八百屋と言うより果物屋だ。
まぁ、果物でも料理次第でずいぶん変るからな~……
その時、昏衣斗さんが振り向いた。
「まずは、この八百屋で買い物をしましょう」
八百屋なんだ……
すると、肌が黒いオバちゃんがヒョコヒョコと近寄ってきた。
側まで来ると、妙に小さい人だ。
背は安くらいか?
「なんだい! ずいぶん久しぶりじゃないか! 元気だったかい?」
「あれ? 覚えててくれたの?」
不思議そうに答える昏衣斗さんに、不敵な笑みを浮かべながらオバちゃんが言った。
「何言ってんのさ! アンタみたいなセコイ男はそうそう忘れないさね!」
セコイって……いったい何したんだ?
「いや、あれは絶対高いって! 値切るのは当然だよ」
そう答えた昏衣斗さんを、オバちゃんは指差して睨みながら言った。
「おや! 言ってくれるね~。悪いが、今回はマケられないよ!」
すると昏衣斗さんは、置いてある商品を流し見て頷いた。
「うん、安い。今日は、値切る必要なんて無いみたいだよ」
それにオバちゃんは、呆れたように大きく息を付いた。
「まったく……見る目があるってのも困ったもんだよ! こっちゃ、やり難くてしょうがないね!」