第二節 ここ、どこ?
「もし……大丈夫ですか?」
ん?
助かったのか?
うぉ、頭痛て~……
思わず頭を手で抑えながら、静かに目を開けてみた。
おぉ……美少女だ……目の前に美少女がいる。それも人気子役並みにカワイイじゃないか。
いや……これは人気子役なんてもんじゃないぞ?
パッチリした目に、綺麗な黒髪のストレート。
鼻筋が通っていて、小さく品のある唇。
そして整った輪郭が、全体のバランスを引き締めている。
だが、良く見ればそれだけではない……
年齢に似合わぬ気品がオーラのように漂っている。
いったい、この子はどうなってるんだ?
だが、こんな美の究極に一般ピープルが巡り会えるはずも無い。
だったら、これは夢なのか? やはり死んでしまったのか?
確かに、あの高さから落ちたのだ。死んでいて当然である。
そうすると、ここはあの世?
ならば、誰も咎める者は居なかろう。
もう、形振り構っている場合ではない。
これは千載一遇のチャンスである。
せめて、お友達にならなければ!
偉大なる光源氏よ! 親愛なるナボコフよ! 今こそ我に力を与えたまえ!
おもわず、前に身を乗り出して美少女の両手を握り締める。
「そこな美しいお嬢さん、ぜひ私と仲良くなって下さ……」
後頭部に衝撃が走った。
「いいかげんにしなさいよ、この変態!」
どこかで聞いた声だ、妙に懐かしい……
「ってお前、何で居るんだよ!」
「こっちが聞きたいわよ! 気が付いたらここなのよ! 説明しなさいよ!」
そう言われても、私に解る訳も無い。
ふと遠くに視線を向ければ、広がる草原に果てしない山々。
ずいぶん向こうに街らしき雰囲気の人工物が見えるが、
こんな喉かな景色を見たのはいつの事だろう?
今では相当の田舎に行かなければお目にかかれないような、
懐かしい風景が目の前に広がっていた。
しばし首を左右に振り、ゆっくりと周囲を確認する。
「何も、わからん!」
また後頭部に衝撃が走った。
美少女が声を上げた。
「あ、頭にお怪我をされております。私の家に治療できる物があります。どうぞ付いていらしてください」
おもわず私の後頭部に手を当てると、確かに血が付いていた。
まぁ、今の所は他に何の当ても無い。私達は大人しく付いて行った。
その道中、三人で話しながら歩いていた。
美少女の名前は、前唐教子と言うそうだ。
おいおい! 日本人かよ……
だが、その後の言葉に驚いた。
「私は、教師をしております」
「はい? 教師?」
この美少女は、何を言っているのだろう?
何か血迷った?
もしかして、おままごと? それとも妄想癖?
何だか良く判らないが、この場で変に否定しても仕方ない。
私達も、教子に自己紹介をした。
私の名前は、今野勇太
そして私の後を追いかけて飛び込んだこの女性は、幼馴染の笈掛遥子
二人とも同じ学校に通う、ごく普通の高校生だ。
かなりの腐れ縁と言って、語弊は無いだろう。
まぁ何となく付き合っているような雰囲気になってデートしたりしているが、
実はお互いにこれといった相手が居ないだけの話である。
遥子の外見は教子をそのまま大きくしたような超綺麗どころなので
黙っていれば間違いなくモテるのだが、
その稀に見る性格のキツさが災いしているようで皆は恐れをなして逃げ出して行く。
誰かに告白されたと思ったら、次の日にはもう別れているのがもはや定説になっている。
まぁ、そんな事情は話しても仕方が無いので、
当たり障り無い程度で紹介を終わらせたのは言うまでも無い。
何やら、街らしき雰囲気に見えていた場所に近づいた。
教子に案内されて辿り付いた先は、驚く事に美少女が溢れかえった街だ。
タイプは違えど、教子に勝るとも劣らない美少女達が数え切れないほどに居る。
なんだよ……ここ……
辺りを見渡しても、大人が異常に少ない。
それどころか、男子も見当たらない。
私にとっては嬉しい話ではあるが、ここまで美少女だらけだと不気味でもある。
さらに、ここまで大量に居ては
美少女のありがたみさえも激減してしまうのは不思議な現象だ。
ここは、一体どうなってるんだ?
その時、遥子が冷たい視線で言ってきた。
「それで、何で私達はこんな所に居るわけ?」
その視線があまりに痛いが、現状では何も答えようが無い。
「わからん……全く、わからん……」
それに諦めたような溜め息をつく。
「それじゃ、どうにもならないじゃない」
少しでも冷静になれるように、心を落ち着かせる。
「うむ、解っている。この状況は確かに尋常では無い。だが、今やれる事は少ないのも確か。ここは出来るだけ多くの情報を収集するべきだろう」
「それは、そうね……」
私達は、教子に案内されるままに家の中へ入っていった。
外から見た限りは地味な木造住宅と思ったが、部屋の中は妙に洒落ている。
その雰囲気はイギリス風とでも言ったら良いだろうか?
見事に、ゴシック調の家具で統一されている。
普通に考えれば、この手の物は相当に値が張るはずだが……
「では、どうぞ」
教子がソファーに手の平を向ける。
私達は軽く会釈をしながらそこに腰をかけると、教子は棚から木の箱を取ってテーブルに置いた。
それをおもむろに空けると、中に色々入っている。
どうやら治療の為の物らしい。
「では、ちょっと後ろを見せて頂けますか?」
私が振り向くように姿勢を変えると、教子は慣れた手付きで治療を始めてくれた。
何やら遥子の冷たい視線が気になる……
気まずい雰囲気になると困るので、その体勢のまま質問をしてみた。
「とりあえず、ここがどこなのか教えて欲しいんだけど……」
「え?」
しばらく教子の手が止まっていたが、
「あぁ、この国の事ですね?」
何かを理解したらしくまた手が動き始める。
そして色々と話してくれた。
ここは、美少女ばかりの国。
その名も、ヨウジョ国。
そのまんま過ぎて、もはや何も言う事が無い……
ここの人々は、我々のような大人の姿に成長しない種族だ。
私が数人見かけた大人の姿をした人間は、どうも違う種族だそうだ。
そして教子は、本当に教師だったようだ。
知らなかったとは言え、失礼な事を考えてしまった……
ちなみに他の国との交流は基本的に少ないそうだが、
ここはその中でも最果てに位置する。
この町を訪れる他の種族は限りなく少ないと教えてくれた。
怪我の治療を済ませた後に、お茶を用意してくれたので
それを頂きながら私達の事情を話した。
初めは話の内容を理解できなかったようでキョトンとしていたが、
ここの事情が全くわからない旨を伝えると理解しやすいようにとても丁寧に教えてくれた。
さすが教師だけの事はある。
すぐに問題になりそうと言えば、生活に直接関わる身近な事柄だろう。
どんな話が出てくるのだろうか? と興味津々に聞いていたのだが、
話を聞いていくと不思議なくらいに違和感が無い。
何故か知らないが、私達の常識がかなり通用するようだ。
文字がほとんど一緒ならば、貨幣価値もほぼ同じある。
そして何故か、エンの単位だった。
他の国は、ドルとかユーロになっているらしい。
気持ちが悪いくらいの一致である。
まさかと思って現金を見せてもらうと、さすがに同じではなかったが妙に懐かしい。
それは、まるでオモチャである。
どう見ても、子供銀行の紙幣と硬貨なのだ。
全く、ありがたみが無い……
おもわず二人で笑ってしまった。
教子が不思議そうな顔をしているので財布から現金を出して見せると、
「かっこいい!」と感動されてしまった。
まぁ、ここでは使えないのだが……
しかし、そうなると教子が日本人のような名前も頷ける。
ここは、感覚的に日本と考えても間違いでは無いだろうと言う結論にも至った。
こうなると、今の所は目立って苦労を伴いそうな事柄は無さそうだ。
私達は、ひとまず胸を撫で下ろした。