第百九十九節 買い物ね~……
その時、突然に昏衣斗さんが手を叩いて大きな声を上げた。
「あっ! いけない! そう言えば、加瀬朗さんに買い物頼まれてたんだ!」
「あっ……そうだった」
採光さんも目を丸くしている。
「何を買うんです?」
「主に食料ですが、かなりの大荷物になると思います」
「では、少し手伝いましょうか?」
私が提案すると、爽やかな笑みを浮かべた。
「それは助かります、宜しくお願い致します」
とりあえず、振り返って聞いてみる。
「遥子達はどうする?」
「面白そうだから一緒に行くわ。だけど、荷物は持たないわよ?」
おいおい、早くも宣言しやがったよ……
採光さんと昏衣斗さんに付いて行くと、ずいぶんと賑やかな場所に着いた。
道を埋め尽くすほどに人が行き交っていて、店が沢山並んでいる。
一見すると商店街のように思えるが、良く見ると組み立て式の屋根と台で構成されている。
これは、露店街と言った方が良いだろう。
少し太い道の左右を埋め尽くすように並んだ店に置いてある商品は食べ物だけではなく
衣服やアクセサリーを置いてある所もある。
ふと採光さんは露店街の入り口で立ち止まって、こちらに振り向いた。
「それでは、ここで仕入れをします。かなり人が居るので、見失わないように気をつけて下さい」
確かに、これだけ人が居ると素直にハグレそうだ。
私も振り返って、皆に言った。
「遥子達は、色々と見るんだろ? ここで待ち合わせにしないか?」
「そうね、そうした方が良さそうよね」
先が見渡せないほどの人込みを見ながら、呟くように言った遥子の言葉に続ける。
「私は採光さん達と一緒に行くが、見たい物があれば遥子に付いて行った方が良いぞ?」
すると、安が苦笑いを浮かべながら言った。
「あっしは別に見る物は無いんで、旦那と一緒に行きやすよ」
それに伊代が続けた。
「わ……私も一緒に行く……」
私は笑みを浮かべながら言った。
「二人とも、助かるよ。それじゃ、遥子も適当に戻ってきてくれ」
「うん、わかった」
そう言うと、魔法三人組は嬉しそうに人込みの中に紛れて行く。
「では、私達も行きましょう」
採光さんの合図に頷いて、私達も人の波に入って行った。
まず立ち止まったのは、八百屋のようだ。
台の上には野菜らしき物が色々と置いてあるが、どれも私が見慣れている物とは
微妙に形が違うので少し考えてしまう。
色と雰囲気で、多分それがそうなのだろうと判断できるレベルだ。
「これは、まいど!」
店主らしき元気良さそうな人が、採光さん達に威勢良く声を掛ける。
「今日は、何がお勧め?」
昏衣斗さんが野菜を見ながら言うと、店主は自信満々の表情で言った。
「今日は、この丸ネギがイイよ!」
玉じゃなくて丸かよ……
「あとは、このヌラが美味いよ!」
何か、なまってるし……
そのニラらしき葉っぱを見つめて、昏衣斗さんは難しい表情を浮かべる。
「う~ん……今回は長旅だからな~。少し長く持ちそうなのって無い?」
「それなら、この軟弱イモがイイよ!」
いや、すぐにダメになりそうなんですが……
昏衣斗さんは、おもむろに指差す。
「それじゃ、ネギとイモをその箱で。ヌラはそのザル5つ貰って行くよ。後で取りに来るから、纏めて置いてね」
「まいどあり!」
歩きながら、昏衣斗さんに聞いてみる。
「ここは、ジカント・メルハコ使ってないんです?」
「えぇ、ここで売っているのは地元の物ですからね。サイバエ産はどれも値段が高いので、とても手が出ませんよ」
なるほど、高いんだ。
「でも、味ならサイバエ産に負けてません。足が早い物の管理さえ気をつけていれば、こっちの方がよほどお得です」
確かに、物は考えようだよな。
私は納得して、素直に頷いた。
八百屋を後にして、次に立ち止まったの所には沢山のビンが並んでいる。
「これは、どうも~。いつも、お世話になっております」
丁寧にお辞儀してくるのは、メガネをかけた女性だ。
昏衣斗さんは、慣れた様子でそれに答える。
「いつもの調味料を、また頂けるかな?」
「はい。では、いつものようにお纏めしておきます」
「うん、宜しく」
どうやら、そのビンは調味料だったようだ。
プラスティック容器を見慣れていると、意外に解らないものだ。
また少し歩いて行くと、二人が立ち止まる。
その丈夫そうな台の上には、麻袋が山のように積んである。
「おう! 元気だったかい?」
ガタイの良いオッサンが声を掛けてくると、昏衣斗さんが不敵な笑みを浮かべて答える。
「トッツァンこそ元気か? もう老いぼれなんだから無理すんじゃねぇぜ?」
「おいおい、年寄り扱いするなよ。まだまだ若いもんにゃ負けねぇぜ?」
鍛えられた力コブを見せ付けてくると、呆れたように笑いながら答えた。
「だな! その調子なら、殺しても死にそうにねぇや!」
そう言った瞬間に、オッサンはその太い腕を昏衣斗さんの首に撒きつけて来た。
「昔から口の減らねぇ奴だ!」
「待った、待った! 死んじゃうから! ぐぇ~……」
ひとしきり笑い終えた頃に、オッサンが言ってきた。
「今日も、いつものでイイのか?」
それに昏衣斗さんは首を振りながら答える。
「いや……今回は長くなりそうだから、いつもの倍貰えるかな?」
すると、オッサンは私達を流し見てから言った。
「ん~……まぁ、それだけ頭数が居りゃ持っていけるか!」
大きな麻袋が、6つ詰まれた……
さて、どう言う配分にするのだろうか?
すると、昏衣斗さんが腰に下げていたバックからロープらしき物を取り出した。
それを慣れた様子で2つづつ撒きつけている。
採光さんが、私に声をかけてきた。
「私達はアレを使って、2つづつ背負います。残りの2つをお願いしたいのですが、宜しいですか?」
「ちょっと待ってください、まずは持たせて頂けますか?」
「あっ、どうぞ」
とりあえず袋を1つ持ち上げてみる。
20キロちょっとはあるだろうか?
軽くはないが、持てないほどではない。
型が崩れないほどパンパンに詰まっているので、持つ事自体に無理は無い。
しかし、これを2つとなるとやはりロープか何かが必要だな。
私が袋を持って頷いていると、何やら踏ん張る声が聞こえた。
「ふんっ! ぬおっ!」
視線を向けると、何やら伊代が頑張っている。
「おいおい、それなりに重いぞ? 大丈夫か?」
私が問うと、それを一気に背負って伊代は笑みを浮かべた。
「何のこれしき! 剣士たるもの、この程度では……あ~!」
ダメじゃん……
ヨレヨレと倒れてきた伊代を支える。
「さすがにキツイだろ。他にも荷物があるから、そっちをお願いするよ」
伊代が必死に背負っていた袋を取ろうとすると、安がヒョイと背負った。
「これは、あっしが持つでやす」
「大丈夫か?」
おもわず聞くと、慣れた様子で担ぎながら答えた。
「このくらいなら良く担いでやした。大丈夫でやすよ」
「なるほど、それなら安心だな」
安に頷いて、採光さんに視線を移した。
「大丈夫です、では行きましょう」
私も、麻袋を肩に担いだ。